第3話 闇魔法
俺が生まれ育った家――エヴァンス家は、この国では名高い貴族だ。正式には侯爵位を持ち、代々、王家に仕える家系として知られている。
家族は四人。父の名前はダリウス。現在は王の側近として国の裏側を取り仕切る存在だ。母、リリアン。穏やかで優しいが、父と同じく光と闇の力を持つ。家のしきたりには従順で、父を支える影の存在でもある。妹のミリアは、家族の中で唯一無邪気さを保っている。まだ幼い彼女は光の力に適性があり、その才能が期待されている。
そして俺――カイル。光の適性がないとされ、失望の目で見られ続けてきた。だが、闇の適性が判明したことで、家族の中での扱いが大きく変わった。それは良い方向ではなく、さらなる重圧を俺に与えるものだった。 俺の適性が闇属性だと分かってからというもの、練習はすべて闇魔法に変わった。
俺の適性が闇属性だと分かってからというものの、訓練はすべて闇魔法に切り替えられた。
それまでの光属性の訓練では、何をしても失敗続きだった。魔力を集めることすらまともにできず、父からは幾度も罵倒された。しかし、闇魔法は違った。初めて触れた瞬間から、その冷たく静かな力が驚くほど自然に身体へと溶け込んだ。手のひらに集めた黒い魔力が形を変え、闇の球体「ナイトボール」となったとき、父の表情が驚きから満足げなものに変わったのを覚えている。
「ふむ、やはり我が血筋の者だな」
父はそう言い、厳しい訓練をさらに強化した。
闇の力は、他の属性と違って冷たい。そして、扱うたびに何か重いものが心に圧し掛かるような感覚があった。それでも、その重さを意識から切り離し、力を磨くしかなかった。父の指導は容赦なく、俺が少しでも手を抜けば、冷酷な罵声が飛んくる。だが、こんなの前世に比べたらマシだった。
そしてある日、父が俺を訓練場に呼び出した。彼の顔はいつも以上に険しかった。
「カイル、今日から洗脳魔法を教える」
「…洗脳魔法、ですか?」
息をのむ。これまでの闇魔法の中には、視界を奪う「ダークブラインド」や動きを封じる「シャドウバインド」といった技があった。しかし、「洗脳魔法」となると話は別だ。それは直接、人の心を支配する禁忌の術だと聞いていた。
「そうだ。我が家の者は、光と闇の力を極めねばならない。そして闇の力を持つ者には、他者を支配し、屈服させる術が求められる。」
父の声には一切の感情がなかった。その無機質な言葉に込められていたのは、純粋な使命感だけだった。
「…どうして、そんな力が必要なのですか」
思わず尋ねてしまった俺に、父は冷たい目を向けた。
「王に仕えるためだ。我が家は代々、光と闇の両属性を受け継ぎ、王に尽くしてきた。光の力を持つ者は王の聖騎士となり、闇の力を持つ者は裏から王を支える。それが我が家の宿命だ。」
「…宿命、ですか。」
「そうだ。お前もいずれはその役割を果たすために鍛え上げられる必要がある。今はそれを理解するだけでいい」
父の鋭い視線が俺の心を抉る。返事をしないわけにはいかなかった。
「…分かりました」
その日、訓練場には一人の使用人が立っていた。無表情で、機械のような動き。何も感じさせないその様子が、逆に恐ろしく思えた。
「この者に洗脳魔法をかけろ。」
「…使用人に、ですか?」
「この者はすでに私が洗脳済みだ。お前にはさらにその上から魔法をかけてもらう。」
洗脳済み――その言葉の意味が頭に重く響いた。……だからこの屋敷の人はみんな機械みたいだったのか。
その事実にぞっとする。すでに父の手で心を屈服させられた人間に、さらに闇の力を注ぎ込む。その結果、何が起こるのか、想像するだけで気が遠くなりそうだった。
「お前の力を試すには、これが最適だ。」
父の言葉に、俺は震えながら手を伸ばした。掌に黒い魔力が集まり、冷たく静かな気配を帯びる。それをそっと使用人の心に流し込むと、冷たい抵抗が指先から伝わってきた。
「…どうだ?」
「…感じます。奥底に、何か強い抵抗が…」
「それが人の心だ。それを力で押しつぶし、屈服させるのが洗脳魔法だ。」
父の指示に従い、俺はさらに魔力を注ぎ込んだ。その瞬間、使用人の目がわずかに揺れ、再び無表情に戻った。
「成功だ」
父は満足げに頷いたが、俺の胸には言い知れぬ罪悪感が広がっていた。俺は本当にこれでいいのだろうか――そんな疑問を抱えながらも、父の前ではただ従うしかなかった。けれど、この洗脳魔法だけはもう使いたくないな。
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