14日目3 狼男

 もはや手を出すまでもないほど急ピッチで陣地工事が進む様子を『直接照準ダイレクトサイト』越しに眺めながら、俺は拠点のソファーに深く腰掛けてボンヤリとしている。


 うーむ。

 さすがは1万人以上の市民を擁する生存者コミュニティには本職が多数存在しているらしく、壮年の自衛官の指示通りに見事な土木建築能力を発揮しているな。


 …それにひきかえ、コッチはタレット装甲車APCを発進させるために大急ぎで拠点の鉄条網陣地にゲートを設置したのだが…まあ、重くて頑丈であることだけを優先してスライドゲートを設置したため、ハッキリ言って中学校の校門のようで不格好極まりない出来である。


 うん。いずれちゃんと再構成を検討しよう。

 というか実際『討伐ポイント交換タイム』で出来合いのゲートを検索したところ、「校門用ゲート」というそのまんまの名称で掲載されていたので、これは間違いなく校門なのだろう。


 まあ頑丈ならばとりあえず文句はないのだが。



「ご飯だよ~」



 お、もうそんな時間か。

 たしかに『直接照準ダイレクトサイト』に映る外の様子もすっかり日が傾いているし、この拠点生活における一日の愉しみのひとつ、お料理ギャルお手製晩飯のお時間である。



 本日のラインナップは…いやぁ、言葉もない。


 まずは、下拵したごしらえで一度焼き付けた牛すね肉ジャレ・ド・ブフ香味野菜ミルポワと共に赤ワインでアルコールが飛ぶまでじっくり煮込み、ブイヨンとデミグラスソースで仕上げて少量のバターを投入した本格ビーフシチュー。


 ナイフを入れた途端にホロリと崩れる肉の食感も見事ならば、口に入れるや肉繊維の間からワインとソースの旨味が染み出し…トマトとブイヨンの重厚感のあるまろやかさには玉ねぎやセロリの香ばしさも微かに主張して。

 なにより全てが絹のように滑らかな舌触りで感動的である。


 これとバターライスだけでも十分豪勢な晩飯として完成しているというのに、デミソースは並行して調理されたハンバーグにもたっぷりと投入されていて、こちらも玉ねぎをじっくり炒めて味を引き出した厚手の肉感にくわえて…かぶりつくとジュワっと染み出す肉汁がこれまた暴力的に美味い。


 しかもお料理ギャルの追撃はこれでもやまない。


 ダブル濃厚ソースの合間に箸をつける紫キャベツの酢漬けラペが、これまた漬物ギャルでもある乃愛のあの本領発揮で爽やかな酸味で益々ソースのコクを引き立ててくるし、オリーブオイルと塩だけでシンプルに味付けした温野菜のカリフラワーもほっとする味わいだ。


 極めつけは、わざわざ一度パルマ風パルミジャーノ雑炊リゾットを作ってから冷まし、一口大に丸めて中にモッツァレラチーズを仕込んで揚げたライスコロッケアランチーニという…いったい何食分の手間をかけるつもりなのかという副菜が、カリっとした衣の中から漏れ出す熱々のチーズとしっとりとしたライスの美味さで口中を占め、かつメインの赤ワイン・デミ勢に対抗して白ワイン・コンソメ陣営として静かながらも確固たる存在感を主張している。


 …いやはや、いやはや。


 どれもこれも見事なる味わいであるが、それ以上にこれほどの…家庭の食卓を超えたビストロ空間を俺と二人で過ごすために乃愛のあが腕を振るってくれること、それこそが最高のスパイスとなって全身に多幸感が広がるのだ。


 あー美味い(結論)


 おかげでワインを傾ける手も止まらんし、そのワインも始めは肉料理に合わせて力強いフルボディなルビー色のボルドー系が勢いよく消費され、段々とミディアムなキャンティの爽やかな香りとアランチーニを合わせる乙さに心が傾いて、最後にフルーティなボジョレーで締めるころには、グラスの向こうで俺とおしゃべりしている乃愛のあの笑顔が霞んで見えるほどに…うぃ~、すっかり出来上がっちまったぞぉ(ご満悦)



 …え、酒飲んでいい気分になってる場合かって?


 いいんだよ!

 和洋中なんでも作れるお料理ギャルが晩飯に洋食を出してくるときは、向こうも赤ワインをカパカパいきたい気分の時なんだから俺のせいじゃないんだよ。



誠一せーいちの工事、手伝ってもらえてよかったねぇ~。みんなでやるとやっぱ早いねぇ~」


 ほろ酔いギャルも上機嫌でニコニコ笑っている。


 うーん。

 ご機嫌ギャルの笑顔を肴に飲むボジョレーもまた…いや、そもそも手伝ってるのはこちらなんだけどな。


 なにしろ穂積星来の『星詠みアストロジー』によれば、明日の正午には新たな怪物モンスターの脅威が生存者コミュニティを襲うのだ。


 だから彼らには早いところ四方の防備を固めてもらいたかったので、有無を言わせず介入して前線を押し上げさせたのである。


 そうでもしないと、すでに一万人を大きく超えている生存者コミュニティを機能的な防衛ラインで守ることが…


「みんな一生懸命働いててえらいけど…お風呂はあるのかなぁ~? ねぇ~、誠一せーいちのスキルでお風呂は出してあげられない? お風呂に入れた方が絶対みんな元気出るってぇ~」


 …ふーむ。

 それにしても。


 俺は生存者たちの衛生環境に一理ある意見を述べるギャルをマジマジと見つめる。


「…なになに、アタシの顔になんか付いてる?」


 …乃愛のあのおかげで俺はこんなにも三度の飯が楽しみだ。

 乃愛のあのおかげで、こんなポストアポカリプス世界が本当に毎日色づいて、むしろ災害が発生する前の世捨て人のような人生よりも何倍も充実してしまっている。


 だからもし…もし俺が死んでも乃愛のあだけは、このお料理漬物マニアキャンプ巨乳ギャルだけは、地上の人類文明へ返してやりたい。


 いざ拠点陥落の危急となれば、ベッドスペース脇の壁に備えられたハッチから非常脱出の縦穴梯子を昇らせて、タレットAPCに乃愛のあを載せ脇目もふらせず最大速力で熊野市の生存者コミュニティに送り出そう。


 そして、俺は…この俺の半生と情熱を注ぎ込んだ拠点と運命を共にする。


 もう十分、プレッパーの妄執は報われたからな。

 今さらもう一度拠点をイチから、それも完璧たりえない応急拠点を構築するなど億劫でならない。

 だからパズルの最後の欠片ラストピースを埋めて、それで終わりとしたいのだ。


 …訳の分からんことを言っているように聴こえるだろうが、実際自分でも訳の分かるように説明することはできない。


 説明はできないが、プレッパーとはそういうものなんだ。

 要するに変人であると理解してもらいたい…え、それは最初から知ってる? やかましいわ!

 

 もちろん、俺の人生最高傑作であるこの拠点がそうやすやすと陥落するわけもないがな…!


 俺はワインが魅せる謎のルビー色の夢に酔いながら、葡萄の香気よりも濃く謎の情念を立ち昇らせる。


 ギラギラと怪しく光る双眸が見据えるのは、乃愛のあがワイングラスを上げ下げするたびに魅惑的に揺れる、たわわなる巨峰。


 …あの醜悪な怪物モンスターどもには、乃愛のあに指一本触れさせんぞ。


 そうだ。大変な思い違いをしていた。

 これこそが本当の最後の欠片ラストピースだろう。


 少なくとも、この東紀州全体の怪物モンスターどもは一匹残らず始末して、熊野権現のまもたもう神域の山々をことごとくタレット要塞と化し、もってここを人類の箱舟はこぶねとしてくれん。


 そう、それはまさに乃愛のあのための箱舟を…いかん、さすがに酔ってきたな。マジで何を言ってるんだ俺は。


 ともかく、それほどギャルのおっぱいは貴重かつ神聖なのである…(泥酔)



「…もう、夜まで待てないの? 誠一せーいちのケダモノ~!」



 …んえ? あんまりギラギラとおっぱいをにらみつけるもんだから、乃愛のあに勘違いさせてしまったな。


「はい、おーかみさん。今はごはんの時間ですよ? まだ満月の夜じゃありませんよ~? あーん」


 むぐむぐ…ギャルの手からあーんされて食う温野菜、最高や(ご満悦)





















 夜。


 何とは言わんが…もちろん最高や。



 心も身体も乃愛の柔らかさと暖かさに包まれて、この一時に生の実感が詰まっている。




 …特に身体の一部は柔らかさと暖かさだけでなく、とてもキツく…いや、何とは言わんがともかく最高や。




「あっ、おーかみさんスゴくしないで…」




 何とは言わんが…




「あっ、スゴい! おーかみさんのスゴいよぉ…!」




 うおお! 乃愛のあ乃愛のあぁ!

 アオオォォォォン!! (満月変身)







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