第2話

「リンネ!また頼むよ!」

「リンネ、これどうすりゃいいんだ?」

「リンネくん、本当にいつもありがとうねぇ」

「「リンネ」」


冒険者ギルド。1週間ほど前、リンネが入会した。私が配達の仕事をするというと彼も何かしたいと言うので簡単そうな飲食の日雇いを指差した。リンネは素直に「じゃあ行ってくる」とクエストを受けて、報酬の10倍の額を持って帰ってきた。


「あー、リンネ。一応、何があったか聞いていいかな。」

「これがウエイター代、店長さんが困ってそうだったから計算して、詐欺に合いそうだったおばさんを助けて、誘拐犯捕らえたらその父親が貴族で.....」

「ストップ、もういいよ。情報が多過ぎて何もわかんなかった」


これって主人公補正?もういっそ最後の2つに関しては犯罪だし。うんうんと唸っていれば、心配そうにこちらを見てくるリンネ。いや、あなたは何も悪くない。なんだったらすごくいいことをしてる。ただ私の処理が追いついていないだけで。


「俺、なんか悪いことした?ごめん。今度はもっと上手にするから。」


しゅんと落ち込んだようなリンネに当時の私は思わず言ってしまった。


「もうあなたはそのまま突き進んで....」


そして冒頭に戻る。というわけである。正直私の稼ぎよりもリンネの稼ぎの方がうん10倍も上回っている。今ではリンネは街の人気者で民間のクエストはほとんどリンネが指名されている。その上にリンネは主人公補正なのかなんでもできてしまうものだから評価は右肩上がりの一途を辿っている。


「ネム!屋台のおっさんから野菜もらった!今日はこれでスープにしよう」

「まだお腹すいてないんだよね....」

「俺も食べるから、ネムも食べて!」


野菜や海の特産物を屋台の方からもらうたびに彼は私に料理を振る舞う。彼の料理のレパートリーは底知らず、全ての料理が美味しい。しかし私のお腹はこの世界の人とは違って10日に一度の食事ほどで事足りるのだ。彼はお土産を毎日持って帰ってくるわけだけど、それはつまり私の世界で言うと20分に一回晩御飯があるという感覚に近いのだ。


「今日はもうほんとうにお腹がいっぱいなの。」

「ネムって燃費が悪いんだな。1日3食は正しいってネムが教えてくれたのに、そこにネムはあてはまらない。なんでだ?」

「えーっと」


1日3食という言葉自体は間違いじゃない。ただ私からするとこの世界の時間はあまりに早い。だから3食も食べると単純にお腹が破裂する。ただその説明を彼にするにも私の語彙力は拙くて、毎回「私は違うから」と答えるしかないのだ。


「おーっとまた夫婦喧嘩か?」

「リンネくんも奥さんには一等優しいのね〜」

「見せ物は公共の舞台でって騎士に言われてたろ!ほらあがれあがれ!」


終いには、リンネの顔が広がり過ぎてその隣にいる私と夫婦だと勘違いをされているようだ。彼と話していると世話焼きな方達が野次を飛ばしてくるようになった。その上今日はこの国に来た時のダンスが見たいって民間の舞台にまで上げられる始末。


「ダンスか!ネム、ここならいいってあの桃頭も言ってたしな!」

「ウヅキさんだよ、リンネ」


そうして私は目が回るまで彼に踊らされる。でも、この和気藹々とした雰囲気は嫌いじゃなかった。リンネがいれば、どんな場所も楽しい場所になる。だからきっと彼は主人公なんだ。


◆◇◆◇


「しばらくこの国から離れた方がいい。あの男も連れてな」

「え?」


1人で配達していたとき、偶然すれ違ったウヅキさんが一言そういった。彼は何事もなかったようにそのまま通り過ぎていく。いつも通りに商人の街をパトロールする彼に民衆は道を開けた。


なんだろう、今の。聞き間違い?


「ネムちゃん、いいところに!あら、お仕事中だったのね。また後でいらっしゃい」

「え、あ、はい!」


そうだ仕事。私は少し軽めの箱を持ち直して配達の仕事に戻った。


◆◇◆◇


「最近、取り立てがひどくてな。騎士団も変わっちまったのかね」

「あんた、そんなこといったらダメよ。聞かれてたらどうするの」

「でもよぉ、このままだと商売もあがったりだぜ?」

「それは...そうだけど....。あっちはなんたって大きな武器すら振り回すんだから。頭と体が繋がってるだけありがたいと思うしかないよ。」


ひそひそ、こそこそ。声が聞こえる。


「えっと、何があったんですか?」

「ああ、ネムちゃん....」


話を聞けば、どうやら最近騎士団はいきなり国民の納税額を引き上げたらしい。その上、大きな声ではいえないが支払えなかった国民は金になるものを全て取り上げられているんだとか。


「それは興味深い。詳しく聞かせてもらおうか」

「ひっ」


視界の端で桃色の髪の毛が靡いている。今まで話していた商人のみんなが悲鳴を上げて散り散りになっていく。そしてこの場に残ったのは騎士団のウヅキさんと配達帰りの申し訳程度にお財布を持ったこの私だけ。だけどこのお金は私が一生懸命働いて手に入れたお金なんです。思わずギュッと目を瞑って財布を抱きしめる。


「離れろ、と言ったはずだが。もう時間はない。もうすぐ団長があの男を...」

「ネムちゃん!リンネが!!!」

「チッ、遅かったか」


リンネと仲良くしていた魚屋のおチビちゃんが走ってきた。ウヅキさんは小さく舌打ちをした。そしてこの間と同じくスタスタと勝手にどこかへと歩いていく。


「え?え??」


全く状況が読めない。とりあえず慌てているおチビちゃんと目線を合わせる。涙目のおチビちゃんは拙いながらもたった一文で状況を説明してくれた。


「リンネが、騎士のおにいちゃんたちに捕まっちゃったの!!!」


◆◇◆◇


「ウヅキさん、待って!ちゃんと聞かせてください。あの、なんで....!」


おチビちゃんを魚屋のおっちゃんのもとまで送った後、私はウヅキさんを探してそこら中を走り回った。そしてついに見つけたウヅキさんに思わず声を上げる。彼はどうやら今、見知らぬ褐色の男性と話していたようだ。


「ああウヅキさん、もう言わなくてもわかりますとも。難解な仕事ばかり僕に任せないでくださいますか?見るからに僕の手にあまりそうなお転婆具合なんですが」

「あの5姉妹を相手してるお前を信頼してのことだ。それに、ルリを助けたのはこの女性の夫だ。」

「....意地の悪い依頼の仕方ですね。相応の報酬をいただきますから」


まって、この褐色の男性、見覚えがある。確か原作では錦雲の国でリンネと一緒に旅をすることになる騎士団御用達の何でも屋、アルテオだ。でも、今はそんなことどうでもよくて。


「....きちんとご説明願えますか」

「場所を移そう。」


◆◇◆◇


案内されたのはアルテオさんの仮住まいのようだ。程よく広く、壁が分厚い。


「単刀直入に現在の彼、リンネの状況について説明しようか」


そうしてウヅキさんは騎士団にリンネが連行された経緯を説明し始めた。


現在の騎士団はデネボラを団長として回っており、錦雲の国の実質的トップは彼なんだそう。そんな彼は奴隷制度を使って稼ぎを得ているそうで、リンネがこの国に来てからは事前に誘拐を阻止されているため思うように稼げなくなったらしい。


そこでデネボラは唐突に国民の納税額をあげた。支払えない国民への対応も厳しくした。子供がいる家庭では子供に兵役の義務を与えて無理に親元から離れさせることにした。


兵役を嫌がる子供の姿はリンネにとって誘拐と同じに見えたことだろう。


「デネボラは公務執行妨害と傷害致死罪によってリンネを捕らえた」

「待ってください。傷害致死ってどういうことですか。リンネは人を殺すようなことは絶対にしない」


「どうでしょう。この世に純粋な善人なんていませんから」


後ろでずっと話を聞いていたアルテオが紙の束をこちらに見せてくる。長い爪の先が1つの写真を指さしてコツコツを音を鳴らした。


映像のように資料の中の写真は動く。その中でリンネは子供を連れていこうとする騎士を押しのけた。それで騎士はくたりと力を失って地面にひれ伏した。


そして彼はもうひとつの写真を指さす。その写真も同じように動き出す。


そこでは先程の騎士がくたりと横になっていた。遺族と思われる家族が泣き崩れている。その騎士は明らかに死んでいた。


「妹を救われた身でこんなことを言うのもとは思いますが、彼が抵抗したあとその騎士はお亡くなりになったそうですよ」

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