ランコの下で咲いた花
夢乃みつる
第1話 漂着先は
打ち寄せる波の音で目覚めた若者は、体中に痛みを感じながら体を起こすと、その波打ち際から少し離れた所に居ることを知った。
見れば引きずられたらしい跡が足元の近くまであった。
それと、見覚えのある細縄が巻き付けられた木材が近くに置いてあるのを知った。
〈助かったんだ〉
安堵したものの悪夢のような光景を思い出していた。
男は江戸から東廻の船に乗り込んで、
出港して間もなく船酔いし、犬吠埼沖合辺りでは早くも船床に伏していたのだが、夏の嵐に海は大荒れとなって、蝦夷の地がかすかに見える辺りで荒海に投げ出されたのであった。
気が付いた時には船の木片に必死にしがみ付いていた。
船酔いどころではなかった。
波に叩かれて意識が遠のくのを歯を食い縛って堪え、木片に巻き付いていた細縄で体を縛り付けた。
如何やらそのお陰で助かったようだ。
砂濱の上の引きずられた跡を見ると、誰かに波打ち際からここまで運ばれたことが窺えたが、その足跡から察するに一人のようだった。
〈誰だろうか、此処は何処なんだ〉
陸地であることだけは確かであった。
見渡す限りの海原と、後ろに見えるのは大木の生い茂る原生林が深く続いているだけで、人影は見えず、助けて呉れた人の姿すら見えなかったのである。
海水をしこたま飲んだようで、急に喉の渇きと空腹を覚えた。
途中で食べ物の差し入れがあった筈だが、船酔いの
手元には食い物など無かった。
その時砂濱に動くものを見つけると、側にあった石ころを取って、砂に逃げ込む目標物目がけて真上から落としたのである。
結構大きなカニであった。
潰れた甲羅を剥し、手足をもいで塩味の効いた獲物を口にした。
〈美味い…〉
こんな時ぐらいしか食することの無い食べ物であったが、空腹には些かの足しにはなったのである。
少し休んでから近辺の探索に出かけることにした。
一先ず獲物になるものはないかと、叢や木々の間を探して回った。
何処であろうと獣に対するには武器が必要だったのだが、木の枝ぐらいしかなかった。
然も落ちている枝は枯れている為、猛獣に対しては完璧な武器とは言えなかった。
其れでも無いよりはましと思い持ち帰ることにした。
若者は上陸地点に戻ると、今度は海岸線を砂濱に沿って歩き回った。
岩陰で一片の石を拾うと、手に持っている枝に当てて先っぽを削り出したのである。
拾った石の欠けた部分が刃のようになっていたので刃物代わりにしたのだった。
その時その岩の陰に刀の柄のようなものが見えた。
手にしてみると刃渡り二尺ばかりの脇差であった。
誰のもので何故此処に置いてあるのかは分からなかったが、天が与えて呉れたに違いないと、腰に当てがってみると初めてではないような落ち着きを感じたのである。
小刀ではあったが、武器を手にして安堵した。
それにしても一体何者に助けられたのであろうか、況してや自分が何処に居るのかも全く分からなかったのである。
若者はは刃渡り二尺の脇差を腰に差すと、今一度叢の中に分け入って行った。
細い川筋を幾つか発見するとその周辺に花弁や萼の無い花を付けた大木が沢山あった。
子供の頃何処かで見たことのある木に似ていたが名前は分からなかった。
その近辺を歩き回って落ちている枝を集めて持ち帰ったり、砂濱に近い所の叢を踏み倒して寝床を作ったり、砂濱に降りた辺りに竈を造ったりした。
幸にして海岸には漂着物が流れ着いていた。木製の食器類や数個の樽であった。
それらは川できれいに洗って使うことにした。 それはとも角として食べものを手に入れる必要があった。
若者は拾ってきた枝の中から固く細長い物を取り出すと、小柄を使って何やら加工を始めたのである。
形からして如何やら弓を造っているようだ。確かに末弭に本弭といった弦輪が掛けられる部分があり、
肝心の弦輪はというと、木片に巻き付いていた細縄が丈夫なのでこれを解して使うことにしたようだ。
寸法を採って
適度な強さで木の
矢羽根は鷹など
使い勝手は先ず先ずであった。
これ等で獲られる獲物と言えば、野兎やラッコ、鳥類であった。
鹿や熊などは命中しても倒すとこまでは行かなかった。
川辺に潜んで窺っていると、カムイチェプ(鮭)が数匹泳いで来た。
其れを狙って矢を放っと同時に川面に大きな羽を広げた鷹がその足の爪でカムイチェ(鮭)を掴んで天空に飛び上がったのだが、岸辺に落して飛び去ったのである。
恐らく鷹は天空から群れている鮭を狙っていたのであろう。
そうとは知らず若者が狙い定めて矢を放つと同時に滑空してきた鷹が着水したのだろう。恐らく鏃が鮭を掴んだ足の根元を掠めたらしく、獲物を掴んで飛び上がりはしたが、その衝撃で放してしまったに違いなかった。
若者はそれを拾うと、手製の網籠に入れて肩に担いで小屋に持ち帰った。
この時雨が降ってきた。
雨は滅多に降らなかったので、小屋に掛かる屋根は単なる戸板であった。
周りも同じである。
これ等は漂着物で、恐らく難破した船に使われていた物が流れ着いたものと思われるが、樹木の枝等を利用して、小屋のような囲いを作り、雨風を凌ぐことが出来たのである。
土間には穴を掘って火をくべて煮炊きも出来た。
こうして暫くは食い繋ぐことが出来る
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