第5話

 朝の空気が冷たくなってきた季節――この時期になると森の中の魔物が増えて辺境を訪れる冒険者も増えてくる。


「ハクサ、乗り合いだ」


 外壁上のオウルからの報告に目を凝らせば、一際大きな馬車が目に入った。


 辺境を訪れる方法は大きく分けて三つ。一つは徒歩で村々を渡り歩くことだが、王都からでは距離があるし、余程の旅好きか暇人でなければその手は使わない。二つ目は護衛の依頼と共に来ること。辺境を訪れるのは何も商人だけでなく吟遊詩人や旅芸人もいるし、意外と護衛依頼は多いらしい。最後が乗り合い馬車。多くの人が金を出し合い村々を通って辺境へ向かう方法だが、一定数の人とお金が集まらないと馬車は出ないから不定期にはなるけど、一番安全で確実な方法だ。


 とはいえ、門番という立場からすれば最も面倒なのが乗合馬車なのは誰に聞いても間違いない。一つの馬車に二十人から三十人乗っていて、それを一人ずつ確認するのに手間が掛かる。まぁ、それが仕事なんだけど。


 門の前で停まった馬車から降りてきた御者には見覚えがある。


「お疲れ様です。王都からの乗り合い馬車、二十四人です」


「積み荷はありますか?」


「鉱石が一樽分ほど」


「わかりました。それはあとで確認します。じゃあ、一人一人身分の確認を」


 辺境を訪れる人の中には出稼ぎ労働者や、移住者もいる。こういう乗り合い馬車では移住者や労働者から身分の確認をして、冒険者は後ろに回るのが慣習になっている。


「労働希望者で当てがない人は職業案内所へ。移住希望者は誰であっても役所へ向かってください」そう言うと、身分証明の済んだ人達は門を潜っていった。「じゃあ、次は冒険者の方の身分証明を」


 残った冒険者は十人で、全員が初めて見る顔だ。


 まず一組目は女戦士と男の魔術師の二人組。互いにC級で犯罪歴は無し。外套はそれなりに綺麗だけど中の革鎧はボロボロだからちゃんと戦ってる人達だとわかる。


「……双子ですか?」


「いや、あたしのほうが一つ上のお姉ちゃんでこっちが弟」


「なるほど。問題ありません」


「あ、ちなみにどこかに良い装備屋か鍛冶屋はありませんか?」


「それなら北側の外壁沿いにある鍛冶屋がおすすめかな。少しお金が掛かるけど作ったり直したりならそこが一番良い。既製品を買うなら西の大通りに品揃えの良い武器屋があるからそっちでも」


「北側と西の大通りですね。参考にします」


 姉弟――兄弟や近親者で組んで冒険者をやるのは珍しくない。信頼できる他人より、血を分けた身内のほうが背中を預けられると言われている。


 二組目は戦士と斥候と弓使いの三人組。どれもE級の十五歳。成人になったばかりで、身に纏う装備は汚れ一つなく新品同様。大方、どこかの貴族の次男か三男が冒険者登録した後、家族の支援を受けて修行と称して辺境に来たのだろう。命知らずと言いたいところだけど、門番には過ぎた言葉かな。


「滞在場所の当てはありますか?」


「父上の別宅がある」


「三人とも?」


「そうだ。二人にも俺の家に泊まってもらう」


「わかりました。問題ありません」


 支援があって泊まる場所があるなら大丈夫だと思うけど、冒険者には身分も何も関係ないから苦労しそうだ。とはいえ、ギルドもE級に無理な依頼を受けさせることはしないだろうし、そこまでの心配はいらないだろう。


 三組目を――と思った矢先に、真っ赤なフルプレートアーマーの男が目の前にやってきた。


「やぁやぁ! キミが噂に聞く辺境の麗しき門番だろう!? その実力はA級冒険者にも匹敵すると聞く! そんなキミに勇者である俺のパーティーに加わる栄誉を与えよう!」


「いえ、結構です。ギルドカードを」


 そう言って手を差し出せば、仲間の三人から男のギルドカードも一緒に渡された。


 戦士が二人と魔法使いと弓使いの四人組。勇者を自称する戦士以外は女の冒険者で、全員がA級。犯罪歴は無し。


「待て待て! どうして断る!? 勇者だぞ!? 門番なんぞより圧倒的に価値のある立場なんだぞ!?」


「興味が無い」


「そんなはずがない! 勇者で! A級冒険者で! この顔だぞ!? 惚れない女なぞいないはずがない!」


 珍しい白髪なのも相俟って、商人や冒険者が王都で私の話をするせいでスカウトに来る輩がたまにいる。


「あなたのことはどうでもいいんだけど……じゃあ、そっちの三人はあなたに惚れてパーティーを組んでるの?」


「いいや、あたしは立ち入り制限のある迷宮に入るためだ。勇者なら許可される場所がいくつかあるからな」と女戦士が、


「私はお金ですね。A級になるとギルドから特別手当が出るので」と弓使いが、


「お、幼馴染なので」と魔法使いが。


「ってことは、私は迷宮にも興味が無いし、お金も門番の給料で十分だし、幼馴染でも知り合いでもない。当然、あなたにも興味が無いので。では確認は済んだので、どうぞ」


 そう言えば放心中の男を幼馴染の魔法使いが腕を引いて門を潜っていった。これで諦めてくれればいいんだけど……大抵の場合は面倒事に発展する。


 四組目、というか最後の一人。深々とフードを被ってよく見えないけど、顔に包帯を巻いている。傷の療養で辺境を訪れる者もいるし、王都より辺境のほうが治療費が安いとも聞く。C級の戦士で犯罪歴も無い。ギルドカードに問題は無いけど……臭う。


「一つ質問しても?」


「……ああ」


「どうして人を斬った剣を持ってる?」


「人? ……魔物の間違いだろ」


「それはない。冒険者なら知らないはずはないでしょ? 魔物の血は刃に残らない。逆に人を斬った剣は縁起が悪いからすぐに処分し新しい剣に持ち替える。魔剣なら未だしも普通の剣じゃあ人の血脂で使い物にならなくなるしね」


「……ああ、そうだ。忘れていた。ここに来る途中で野盗に襲われたんだった。それを斬った時のものだろう」


「なら、それを他の冒険者にも確認するけど? 御者さんでもいいし。なにより冒険者なら野盗を殺したら金になるかどうかを確かめるために首を持ってくるはず。それに、白髪わたしの鼻を甘く見過ぎ。乗り合い馬車を野盗が襲って、あなた一人で対処した? それを誰一人として証言していないし――もう無理でしょ?」


 ギルドカードに犯罪歴が無いってことは犯罪を起こして逃走中か誰かに追われているか。どちらにしても問い合わせればすぐにわかる。


「……仕方がない。面倒だがお前一人を殺せば逃げる時間稼ぎくらいにはなるだろっ!」


 抜いた剣で躊躇いなく首を狙ってきたけど、防いだ腕から血の一滴も流れることは無い。


「だから言ったでしょ? 人を斬った剣は鈍くなる。まぁ、手入れをしておけば薄皮一枚くらいは斬れただろうけどね」剣を弾いて男がよろけた瞬間に、足を引っかけて押し倒した。「はい、おしまい」


 俯せにして体を踏みつけにすれば、オウルからの連絡を受けた衛兵がやってきた。


「そいつが人斬りか?」


「そう。証拠はその剣。あとはそっちに任せるから」


「わかった。引き継ごう」


 剣と男を回収した衛兵は収容所へ向かっていった。仮にあの男が指名手配されていなかったとしても、人を斬った証拠の剣があれば問題ない。辺境にはいないけど、王都には武器の記憶だったか血の記憶だったかを読めるスキルの人がいて、裁判では最も重要視されているらしい。まぁ、私の手から離れた人のことなんてどうでもいいけどね。


「さて、じゃあ最後に――鉱石の確認をします」


 一樽分の鉱石。たまに誘爆するような鉱石が混じっていることもあるし、底のほうに取引禁止物が隠されていることもある。


「……問題ないですね。御者さんは次の王都行の人数が揃うまでの滞在ですよね?」


「そのつもりです」


「わかりました。おそらくですが、近々王都へ向かう人が増えると思うのでそんなに時間は掛からないかと」


「ほう、それは良いことを聞きました! 馬を早めに休ませることにします。では」


 森の中に魔物が増えるってことは、冒険者も増えるが王都へと戻る人が増える時期でもある。街は高い壁に囲まれているし魔物に襲われる可能性が低いとはいえ、安全面では王都のほうが圧倒的に上だから避難するのも当然だし否定するつもりもない。


 ……個人的には魔物の脅威がある辺境よりも、人が多い王都のほうが怖いとは思うけど、ね。

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