第4話

 赤毛の魔法使いさん達が護衛する商隊を見送ってから数日――森に向かった冒険者が帰ってこないことはザラにあるけど、あの三人は無事に護衛の仕事に戻れて良かった。商人としても出先で護衛を変えるのはリスクがあるし、門番としては覚えた顔が同じメンバーで出ていくことに安心する。


 この仕事の良いところは日がな一日を門の前に立っていればいいこと以外に、十日に一度は休みの日があることだ。他の門番や衛兵は昼と夜の勤務をずらして働いているから半休やほぼ一日分の休みみたいな日が五日に一度はあるけど、女の私は夜勤が無いからこれくらいで丁度いい。


 休みの日は酒を飲むか眠っているか、たまに騎士団や衛兵の訓練に顔を出すこともあるけど――起きたのは昼過ぎだったし、今日は少し街の外へ散歩に行こう。


 馴染みのお店でもらったハムとチーズを挟んだパンを食べながら門へ向かうとマットがいた。


「森へ行くんですか?」


「うん。散歩にね」


「散歩ですか……西の街道沿い、北側の森にある廃墟に賊が住み着いているという情報があるので気を付けてください」


「わかった。ありがと」


 王都と辺境を繋ぐ街道の途中には小さな村がいくつもあり、騎士団はいないが自警団がいて野盗や盗賊から村を守っている。場所によっては冒険者を雇って警備してもらっている村もあるようだけど、冒険者崩れの野盗や盗賊も珍しくないから慎重ではあるらしい。


 街道の近くにはそれなりに多くの廃墟が点在している。今みたいに辺境の街が発展していなかった頃、森を監視するために作られた建物が使われなくなって放置されているのがほとんどで、そういうところに浮浪者が住み着くことは多い。


 森の中には多かれ少なかれ魔物がいるけど、街道に使われている石畳みは魔物が嫌うニオイを発しているらしく少し奥に入らなければ出会うことは無い。


 だからこそ――森を少し入った廃墟近くの草原では、に出くわしやすい。


「のこのこ自分から会いに来てくれるとはなぁ」


「街の近くで襲って助けを呼ばれでもすれば面倒だからな。テメェに追放された借りを返してやるよ」


「自業自得を私のせいにされてもね」


「声掛けただけで追放されるなんて横暴だろうがっ! こっちは命懸けで辺境まで来てんだぞ!」


「それを不意打ちで骨まで折られた上にギルドカードには犯罪歴まで残しやがって――殺すだけじゃあ済まさねぇぞ」


 赤毛の魔法使いさんに絡んでいた二人に加えて四人……いや、私の後ろにもう一人いるから七人か。それぞれ見覚えがあるし、全員が何かをやらかして街を追放された人なんだろう。


「そもそも明らかな犯罪行為以外は、それを見つけた衛兵の裁量で罰を決めていいわけだから、むしろ骨折を治してから追放したことに感謝してもらいたいくらいなんだけど? それにたかが門番の一撃で骨折するくらいなんだから冒険者ランクはFだかEがいいとこでしょ。森の中で魔物に不意打ちされないとでも? 自分たちの弱さをこっちのせいにされてもな~」


「っ――おい! 掴まえろ!」


 後ろから脇に腕を通され羽交い絞めにされた。


「油断したなぁ? 身動きもとれねぇ、武器も持ってねぇ女なんざ相手でもねぇ。体は貧相だが女は女だ。ひん剥いて楽しませてもらおうか」


 品が無いのはわかり切っていたけど、本当に冒険者かどうかを疑ってしまう。


「はぁ……自分で言うのもなんだけど、相手の髪色ちゃんと見たほうがいいんじゃない?」


 上がった腕で羽交い絞めにしている男の髪の毛を掴み、重心を下げた勢いで背負い投げて地面に倒し、おまけで顔面に拳を落とせば歯を折った感覚があった。


「チッ、無能が。だとしても関係ねぇ。どうせ衛兵のお前は人を殺したことなんかねぇだろ?」


「どっちにしろ武器も持ってねぇんだ! 囲んでヤッちまえ!」


 喚く声を聞きながら、腰に差していたナイフを手に取って、膝で押さえ付けていた男の首を裂けば――六人が動きを止めた。


「勘違いさせて悪いけど、たしかに仕事中は出来る限り穏便に済ませることを前提にしてるから、どんな相手であれ殺さずにが基本だけど、今日の私は非番だからさ。森に散歩に来た幼気な少女が暴漢に襲われたって状況なら――殺されたって文句は言えないよね?」


「こっちはC級冒険者が六人もいるんだぞ! 殺せぇえええ!」


 手加減の必要も無い。自称C級の冒険者六人程度なら、護身用のナイフ一本で髪にも肌にも血飛沫を浴びることなく片が付く。


 本来ならこういう賊の対処はギルドから依頼を受けた冒険者が請け負うものだけど、この人達の狙いが私だったからわざわざ他の人の手を煩わせる必要も無い。骨を折った二人以外はすでに討伐依頼が出ているかもしれないけど、ここまで放置されていたのなら別にいいでしょ。これは討伐じゃなくて自己防衛だし。


 首を裂き――胸を突き――頭蓋を割る。


「ん~、服は無理だったか」


 人の血が付いた服は洗っても落ちない。仕事着とか革鎧とかは汚れが落ちる素材で加工してあるから大丈夫だけど、この服は捨てるしかないか。


「ど……どう、して……」


「あ、まだ生きてた?」胸を突いた一人が血溜りの中を這っている。「それはどっち? この人数を集めてどうして一人の女に負けたのか? それとも、どうして私がここに来たのか? 街からの追放ってさ、追い出してはい終わり、じゃあないんだよ。あなた達が別の街か村に行って冒険者を続けるも良し、引退して別の仕事に就くも良し、とりあえずうちの街から離れたところで暮らし始めれば監視が外れるんだけど、そうじゃないなら逐一こっちに報告が来るんだよねぇ」


「かん、し……?」


「気付かなかったでしょ? まぁ、鳥の目のスキルだから気配があるわけでもないし、気付けるわけもないんだけどね。で、どうして負けたのかは簡単だよ。あなた達が弱かっただけだから」


 地面を這う背中にナイフを振り下ろせば、ようやく動かなくなった。


 この場に死体を残しても日が暮れれば血の臭いで魔物が集まってくるだろうし、明日の朝にはきれいさっぱり無くなるだろう。この時代、一夜にして人が消えることなんて珍しくもない。


 街へ戻れば、出た時と変わらぬ姿でマットが立っていた。


「お帰りなさい。息抜きはできましたか?」


「うん。スッキリできたかな。これでしばらく散歩はしなくていいかもね」


 服を見て何があったかを察したマットはさて置き、鳥の目のスキルで何が起きていたのか見ていたオウル達には今度なにかを差し入れしよう。もしくはお酒を奢るんでもいいか。


 こう見えても辺境伯に雇われている衛兵の一人だ。普段は安全な仕事をして給料をもらっているわけだから、こういう日があってもいい。


 明日も朝から仕事だし、いつもの場所でご飯を食べてお酒を飲んで眠るとしよう。……ああ、その前に着替えか。楽な仕事で給料をもらってるとはいえ、薄給には違いないから服を買うのも護身用のナイフを買い替えるのも安くはないんだけど仕方が無い。


 まぁ、いろいろ買うのは次の給料が入ってからにしよう。お酒代は削れないし、ね。

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