第167話 喜びます

◆◇◆◇◆



 アリスが、弾丸を受け止めるためこちらを向いてしまったフェイテルワンダーに背後から走り込み、襲いかかる。


「隙あり!!」


 しかし、フェイテルワンダーの鎖骨から肩甲骨あたりまでが、胴の上で水平に回転した。


「な、なんですかこのギミックは! 作った人間はどれだけ用心深いんですか!」


 アリスの攻撃を、フェイテルワンダーの盾が受け止める。


 さらにフェイテルワンダーの両脇から生えてくる、蛇頭な鞭を持った隠し腕2本。

 あれじゃ最早、人間の動きじゃない――阿修羅と戦ってるみたいな話じゃん! しかも変則的な動きをする鞭とか、さらに本来の腕が水平に回転するんだもん、酷すぎる。

 それでもアリスは、カッターの刃と、いつの間にか拾い直したカッターの胴体2本で凌ぎ続ける。


 さ、さすがFL16位の実力。


 2本で、剣、鞭2本に、盾すら加えたほとんど360度から来る変則的猛攻を凌いでる。すんごい防御技術。――でも、流石に厳しそう。

 私は叫ぶ。


「マリさん!」

「おう! アリスちゃんの援護に入るよ!」


 元の人型に戻ったオトレレが、フェイテルワンダーの狙撃を開始。

 って、フェイテルワンダーがマリさんの狙撃を避けた!


「アイツも、弾丸を躱すってわけかい!!」


❝なんだあの戦いは・・・・❞

❝全員やばすぎんご❞

❝プラモデルで戦ってるだけなのに、変態技のオンパレードすぎて❞


 私は、フェイテルワンダーの上空で逆さホバリングを開始。

 プラ弾の雨を降らせた。

 すると、フェイテルワンダーが隠し腕で銃を握った。

 あ、フェイテルワンダーには銃も有るの忘れてた!


 不意打ちとフェイテルワンダーの狙撃力で、十六夜テイルの胸部分のパーツが外された。


(ヤバ、胸は本命のコア!)


『ほう、焦っているな。そこが本命のコアか!』


 私は、十六夜テイルを背面飛行に移行させる。


『ぬっ――背面飛行をされては撃ち抜けぬ・・・――とはいえ、そちらも下手に攻撃できなくなったな。――長時間フェイテルワンダーの頭上でホバリングをしたら、撃ち抜いてくれるわ』


 確かに、ホバリング時にフェイテルワンダーの操縦者の腕で狙撃されると、いつまでも躱せないかもしれない。――とはいえ、攻撃できないわけじゃない。


 私が背面飛行で逃げていると、アリスが横薙ぎにカッターを振るう。それに対してフェイテルワンダーがグラディウスの突きを繰り出す。


 駄目だ――円の動きの扇子ハンマーに対して、直線の動きのグラディウスが先にステイルに到達する!

 すると、ステイルが左足の親指を軸に体を回転。右足を踏み込み、半身になっていく。


 全身の関節を使い、可動ポイントを増やすことで、カッターが加速した!


 アリスが、自分の操作したステイルの動きをみて「ハッ」とする表情を見せた。


「そうか――」


 彼女のつぶやきと同時、フェイテルワンダーの頭コアにカッターが叩き込まれた。


「―――ハズレですか!」 


 マリさんが、全力でグラディウスを突き出した姿勢で、僅かに硬直したフェイテルワンダーの胸パーツを狙って狙撃。

 しかし、肩が水平回転して盾が――。


「させません――!!」


 アリスのステイルが左腕を伸ばしたまま、カッターの刃をそのまま遠心力で投げつける。

 フェイテルワンダーの肩の水平回転が止まった!

 胸のパーツを、マリさんの狙撃が吹き飛ばす。


『やりおる!』


 さらにステイルは、左腕を引く勢いを利用して立て続けに右脇に抱えたカッターの胴体を突き出す。

 カッターの胴体が、フェイテルワンダーの腰パーツに命中。腰パーツを弾き飛ばした。

 だが、ステイルのカッターの胴体に、フェイテルワンダーの鞭が絡む。


『さあどうするカッターの刃は投げ、カッターの胴体は動かない。ステイルの操縦者――もう武器がないぞ』


 鞭が絡んだカッターの胴体を離したステイルが、そのまま右手を突き出す。

 ステイルが何かを投げた。――折られたカッターの刃だった。


『むお――っ!?』


 手裏剣の様に胸のコアに向かって迫るそれを、フェイテルワンダーはなんとか避けた。


「ずいぶん必死に躱しますね!? ―――つまり、胸のコアが本命ですか!!」


 アリスが吠えるように笑った。


『さ、さて、どうかな!?』


 エワンさんが焦ってる。


 ステイルが右腕を引きながら、勢いで下投げのように左手を突き出す。


 そこで、一つのコメントが流れた。


❝武器? あれ、そういえば十六夜テイルのドスはどこ?❞


 ドスじゃない、白鞘の刀だって。

 すると、ステイルの突き出していた左腕のパーツの隙間から〝アレ〟が飛び出した。


『汝――アリス、そうか!! 先程から左腕を伸ばしっぱなしで攻撃してきていたのは、遠心力を乗せるためだけではなく』


 そう、アリスの左腕のパーツの隙間から飛び出したのは、十六夜テイルの武器だった刀。


『パーツの間に武器を忍ばせるとは――!! 初心者とは思えぬ発想――だが』


 アリスの伸ばした刀を、フェイテルワンダーのグラディウスが弾こうとする。

 私は弾丸を連射しながら急降下。フェイテルワンダーが盾を隠し腕に持ち替えて、私の弾丸を弾く。


「隙あり!!」


 言ったマリさんの狙撃、腰のコアに命中。――止まらないフェイテルワンダー。

 マリさんが、叫ぶ。


「間違いない、胸が本命のコアだよ!! アリス君、その刀を突き立てればボク等の勝ちだ!!」

『だからどうした、ステイルの刀は届かぬ』

 

 フェイテルワンダーが、私を無視している。

 それはそうだろう。だってフェイテルワンダーの盾が、十六夜テイルの弾丸を全て受けているのだから。――十六夜テイルに向けて盾を構えているだけで、弾丸を弾けるのだから。


 エワンさんは、こう思っているはずだ――私がこのまま急上昇して、回避運動を取ると。

 それが普通。


 戦闘機は空から攻撃し終えたら、上昇する。それが一撃離脱戦法ダイブ&ズームと言う物だ。

 だけど、私はスウだ。――私が何万時間、翼を敵にぶつけて来たと思う。


「〈励起翼(偽)〉!!」


 私は上昇せず、そのままフェイテルワンダーの盾に体当たり。

 翼に備えた、猛烈な勢いで回転するプロペラがぶつかって、フェイテルワンダーの姿勢を崩す。


「開いた!!」


 アリスが叫んで、突き出た刀柄を握りしめた。

 そのまま刃を、コアに突き刺す。


 フェイテルワンダーが膝から崩れて、動かなくなった。


 表示される『You Win』。


「勝った!!」

「やりましたね!!」


 アリスが嬉しそうにぴょんぴょん跳びながら、私の手を握った。

 やわらかい。


「やったね!」

「やりましたな!」


 マリさんが、ハイタッチしてきた。

 みんなでハイタッチして喜び合う。


 エワンさんの愕然とした声がする。


『・・・・まさか、フェイテルワンダーが敗れるとは』


「いやあ・・・・勝つには勝ったけど―――強すぎないですか、あの機体と操縦者」


 エワンさんが、腕を組んで頷く。


『うむ。あの機体の操縦者は、本当に強いぞ』

「――どんな人だったんだろう」


 私が想像していると、エワンさんが滅びた街を振り返った。


『それにしても、最後に君たちに会えて本当に良かった、』


 エワンさんが私達を振り向きながら、デジタルの目を笑顔にした。


『君たちは、これからもイントロフレームを楽しんでくれるか?』

「もちろんです。プラモデルを作ってると、やっぱり動かしたい衝動にかられるんですよね!」

「わたしも、楽しかったですし!」

「うん、ぼくにとっては夢のような競技だよ」


 私達3人がエワンさんの言葉を肯定すると、エワンさんは満足げに頷いた。


『そうか、本当に良かった。――ならば、思い残すことはない』


 エワンさんが3つの目で、空を見上げる。

 その瞳が揺れた気がした。


 エワンさんの表情が―――なんだか、「役目を終えた」と言っているように視えた。

 「このまま一人で壊れるのを待とう」みたいな、そんな表情。

 でも本来、彼は沢山の人にイントロフレームの楽しさを伝えるのが役目なんだよね。

 本来沢山の人と交流するように作られた彼が、一人になって朽ち果てるのを待つなんて、あまりにも寂しい。


 私はエワンさんに近づいてから、尋ねる。

 

「・・・・あのエワンさん、さっき勝ったら望みをかなえてくれるって言いましたよね?」

『おっと、そうであったな。我に出来ることなら何でもしよう――さあ、望みを言うと良い』

「じゃあ、エワンさん。これからもイントロフレームの布教をして下さい」

『な、なに・・・・!?』

「だって私達、射手座A*を目指さないと駄目ですし。イントロフレームは楽しいですけど、学校もあるし時間がないんです」

『射手座A*には1100年経っても到達出来ていないのか!? ・・・・むむむ・・・しかし、それは』

「もちろん、嫌なら引き受けなくてもいいですけども・・・・。でも私じゃ、あんまりソルダートを広められないかもしれません」


 まあ、配信の力を使えば、かなり広められるかもしれないけど。そこは、それ。

 私は、彼の目を見て説得を続ける。


「ハイレーンに良い技士さんがいるんで、そこで修理を受けてくれませんか? 今ハイレーンにはイントロフレームを知らない人が沢山います。彼らにイントロフレームを教えてほしいんです――私の知り合いとかも、誰一人イントロフレームを知りませんし」

『なに・・・・? そんなにイントロフレームは廃れてしまっているのか?』

「と言うより私達は多分、別の場所から来てますので」

『――別の場所から?』

「はい。私達が生まれた場所にはイントロフレームは無いんです」

『そんな場所から!?』

「はい、多分ずっと昔の地球からです」

『過去から・・・・そんな事になっているのか? そうか――では汝は、我にまだ伝道師としてやるべき事が有るというのか?』

「はい!! だから皆に教えてあげて下さい。自由なプラモデルを作って、それで競い合う楽しさを!!」

『そ、そうか・・・・そうだったのか・・・。――そうか、我にはまだやる事があるのか・・・・我に役目をくれるのが、汝等の願いだとは』


 私達3人が、微笑んでエワンさんを観る。

 するとエワンさんが、私達それぞれを観て言う。


『新たなるソルダートプレイヤー達よ、かたじけない。我は今、幸甚こうじんに打ち震えておる。―――我はまだ眠るわけには行かぬようだ!!』

「です!! あっ、ちなみにイントロフレームの運搬は私に任せて下さい!!」

「わたしも手伝いますよ!!」

「ぼくも手伝うよ!」


 私は〈時空倉庫の鍵〉の中から新しい〈時空倉庫の鍵〉を取り出して、エワンさんにプレゼントする。


「これあげます。〈時空倉庫の鍵〉です」

『ほ、ほう・・・非常に高価な物を持っておるな』

「・・・・拾ったものですけどね――世の中が昔とだいぶ色々変わってるみたいなんで、その辺りも道すがらお話しますね。じゃあとりあえず、ハイレーンに行きましょうか」

『うむ、我にも現状を色々教えて欲しい』


 こうして、私達はイントロフレームでの対戦の仕方を知って、エワンさんはハイレーンでイントロフレームの布教活動をしてくれることになりました。


 あと、マリさんもイントロフレームを運びやすいように〈時空倉庫の鍵〉をプレゼントしようとすると、既に持ってた。

 うむむ、流石。


 さて、その後エワンさんをハイレーンに送るため、マリさんのスワローテイルのワンルームに戻ったんだけど。

 部屋の中が、なんだか香ばしくて甘い匂いに包まれていた。

 

「なんだろうこの香り」

「いい感じに焼けてそうだね」


 マリさんが、備え付けのキッチンのオーブンに向かう。


「うん、完璧」


 アリスがピンと来た顔になる。

 マリさんは、泰然自若と笑っている。

 エワンさんは、観察しているだけ。


「え、なになに?」


 私だけが、困惑していた。マリさんがオーブンの中から何かを取り出す――って、あれ。


「ケーキのスポンジ?」

「――スウちゃん、ぼくにも君の誕生日をお祝いさせてほしい」

「・・・えっ」


 停止する、私の脳信号。


「スウちゃん。お誕生日、おめでとう。ハッピーバースデー トゥ ユウ!」

「Happy Birthday To Youです!」

『ほう、スウ殿は今日が誕生日であるか――ハッピーバースデー トゥ ユーじゃぞ』


 コメントも沢山のハッピーバースデー トゥー ユーであふれる。


❝ハッピーバースデー トゥー ユー!❞

❝ハッピーバースデー トゥー ユー!!❞

❝Happy Birthday To You!❞


 乱れ舞う、ハッピーバースデー トゥー ユー。


「み、みなさん、有難うございます!!」


 私は頭を下げる。


(こんな風に沢山の人から誕生日を祝ってもらえる日が来るなんて、思いもしなかった)


「本当に、有難うございます」


 顔を挙げて、万感を込めてもう一度お礼。そしてちょっとだけ目の端を拭った。

 こうして私は生まれてこの方、1番にぎやかな誕生日を迎えたのだった。



 その後、剣道の出稽古で爽波に来ていたみずきに「なんでわたしも、誕生日会に呼んでくれなかったんだー!」と怒られた。

 ――かつてお誕生日会招待券を配って誰にも来て貰えなかった私には、これはちょっと効きすぎた。


 私が思わず目を潤ませ鼻をすすると、みずきは大慌て。


「ご、ごめん! そんな、つもりじゃなくて! ――そ、そうだ、これプレゼント!」


 みずきが〈時空倉庫の鍵〉から取り出したのは・・・・ハルバード?

 槍、斧、ピッケルが一体となった、中世ヨーロッパファンタジーの衛兵さんあたりが持ってそうな武器だ。

 しかもかなり柄が長い。


 女にしては高めな私の身長より、長い。


 あと、デカイ。


 しかもハルバード全体が鋼で出来ており、重そう。


「これあげるから許して! な?」

「ハルバード? なんでハルバード? ・・・ハルバードとか貰って喜ぶ女子が、どこの世界に・・・」

「ここにいる!」


 みずきが、無い胸を張った。


「なるほど」


 私はハルバードを受け取る。


 丸々鋼で出来た武器の重みが、ズッシリと私の腕に伝わった。


 誕生日プレゼントにハルバードを貰うという驚きの瞬間風速で、私のセンチメンタルは瞬く間に地平の彼方。


「とりあえず、来年の誕生会には絶対呼べよなー」


 私は嬉しすぎて「ふふっ」っと笑って、


「絶対来てね!」


 と返すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る