第158話 アリスと―――ます

 やがて日も暮れていく。

 私は夜空を見上げて叫んだ。


「凄い星の数―――!」


 地球で視る星空なんか目じゃない。

 もうバルジっていう、天の川銀河の星が一杯集まっている場所に入り始めたから、空が星に覆われている。

 この星系に来た時、宇宙でみたんじゃないかって言われるかもだけど、宇宙では見れなかったんだ。


 近くの恒星が眩しすぎて、星があんまり見えなかった。――あんまりにも眩しいから自動にしていた遮光フィルターが掛かったし。


 戦闘中はVRの偽物の星だし。

 だけど、今は頭上に零れ落ちそうな量の本物の星が浮かんでいる。いや、本当にこぼれ落ちてくる。夜空を沢山の流星や流れ星が、駆け抜けていく。


 星が無数の点と線になって、夜空のキャンパスに光の絵の具で絵画を描く。

 こんな光景、忘れられるわけなんかない。


 地面に敷いたシートの上で膝を抱えて空を見上げる私の隣に、アリスが座った。


「涼姫、口開いたままですよ」

「あ・・・・ホントだ・・・」


 もう全員、配信を終わらせている。

 だからアリスの呼び方が涼姫に戻っている。


「凄い夜空ですね」

「本当に銀色の河――ちがうかな、これはもう銀色の海だ」

「銀海ですか」


 私はふと、夜空に見つけた赤と青で出来たクローバーのような物を指差す。


「ねえ、あれって三裂星雲じゃない?」

「三裂星雲ってなんですか?」

「あ――射手座A*に近い星雲で、M20っていって。3つか4つに裂けたような見た目をしてるんだよ」

「M20ですか・・・・そういえば45層くらいで、M20に突入するみたいなコメントがありました」

「じゃあ、もう三裂星雲に随分近いところまで来てるんだ――」

「51層以降になれば、いよいよ星団帝国ですら到達できなかった層になります。50層――次のボスが星団帝国には攻略できませんでした」

「そんな風に言ってたね」

「スウさんとなら、行けますよね」

「頑張ってみる」

「あの――スウさん・・・助けてくれて有難うございました」

「急にどうしたの?」


 私は、アリスの突然な言葉に振り返る。


「アーカイブで見ましたけど、あんなに怒ったスウさんを初めてみましたよ。〝怖〟ってなりました」

「あ・・・あれは・・・・」

「プッツンした普段温厚な陰キャの怖いこと、ドン引きです」

「・・・・いや・・・ちがくて・・・・それにアリスを持ち上げたのは命理ちゃんだし、アリスは私を庇ったから撃墜されちゃって」

「スウさんも〖念動力〗で必死に止めてくれてたじゃないですか。なにより〖再生〗をして貰えなかったら・・・わたしは多分あの日――」


 アリスが震えて身を抱く。


 ・・・・うん。

 ――思い出したくない光景を思い出して、私もちょっと震えた。


「――それに操作できないショーグンが、ガスの渦に落ちていくあの光景は本当に恐ろしかったです。薄れゆく意識の中、無数の赤い渦が蠢く中に抵抗できずに落下していくんですよ・・・思い出しただけで、ほら――」


 アリスは、震える手を見ている。


「――あの光景は一生忘れられません。本当にトラウマになりました。――でも憶えてられるのも生きているからです。あの時は復活無しだったんですから。本当にありがとうございました・・・」

「こっちこそありがとうだよ――助けてくれてありがとう、生きててくれて本当にありがとう。私、アリスを失ったら・・・」


 アリスが抱きついてくる・・・女性にしては大きめの体が震えている。


「え、なに、アリス!?」


 鼻血出すよ? ハビタブるよ!?

 私が、うつむいたアリスのこめかみを見ていると、アリスの震えが収まっていくのが分かった。


「やっぱり、涼姫に触れていると震えが収まります――そういえばわたし、再会した時も涼姫の服を握ってましたね。あの時は服だけでしたが」

「・・・再会?」

「・・・・いえ」


 あの日、めんこいとか思ってごめん。


 私は、アリスを抱きしめ返した。

 するとアリスの震えがすっかりなくなった。


「涼姫は、ずっと私のヒーローです」

「大げさな――それに、私は――」

「私は?」

「アリスのヒーローじゃなくて、友達になりたいな」


 思わず口をついて出ていた。


 今告白するつもりなんて無かったのに。


 私は思わず口を押える。

 すると焦って多分、早鐘のように打っているはずの私の胸で、アリスが首を傾げるのがわかった。

 そして私の脳裏を巡る、友達だと思っていた子に「私達って友達だよね?」と尋ねたら「は?w」と返ってきた記憶。


 でも・・・私は〖サイコメトリーω〗に見せられた光景を思い出す。

 死ぬ寸前に「友達になって」なんて言われて、悲しそうに眉を下げていた、向こうのアリスの瞳を。

 だから、早めに告白すべきなのは分かってたんだ。

 だからこれで良いんだ、きっと。


 でもどうしよう、身体が勝手に震えてきた。吐きそう。クラクラする、倒れそう。


 アリスが不思議そうな目で私を見上げながら、口を開く。


 「何いってんだ? この人」みたいな目だ。

 「わたしと涼姫が、友達なわけ無いじゃないですか」とか言われたらどうしよう。

 アリスに云われた日には、今度こそ立ち直れない。


 どうしよう怖い、変な汗が吹き出してきた。

 

「・・・・もう友達じゃないですか?」

「え」

「え?」


 アリスが顔を挙げて、丸くした瞳で私の眼を覗き込んでくる。

 私は慌てて、目をそらしながら返す。


「だ、だって、私――まだ、友達になってくださいって告白してなかったし!」

「――――――友達になって下さいの告白? なんですか・・・その得体のしれない儀式」


 得体のしれない儀式って、なにそれ怖い。


「と、友達って・・・・『友だちになって下さい』って言わないとなれないんじゃないの・・・? だって友達と思ってたのに、違うって言われたりするし」


 私の眼を覗いていたアリスが、眉を下げて泣きそうな顔になって笑う。

 ま・・・・また、あんな顔をさせてしまった。


「ああ・・・この人は駄目だ」

「それはそうだけど、面と向かって言われたのは初めてだよ!?」

「わたしが居ないと駄目だ」

「え、あ、うん」

「ずっと一緒にいましょうね、涼姫」

「え、う、うん」

「涼姫・・・大好き」

「私も! アリスが大好き!」


 それは、向こうのアリスが言ったみたいな、悲しい告白にならなかった。

 幸せな告白だった。


 ―――友達ができました―――。

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