第94話 私の番が来ます
スナークの敵意むき出しのインタビューから、画面は慌ててスウのフライト姿に戻る。
しかしこのスタッフの慌てぶりが、むしろスウのピンチを浮き彫りにさせてしまった。
観客や、視聴者は思ってしまったのだ。「スタッフが慌てている、スナークの言葉を認めている」・・・・と。
――だが次の刹那、会場の観客はスウの飛行を見てざわついた。
マイルズが楽しそうに笑う。
スワローテイルが、ずっと横向きで降下しだしたのだ。
主翼を重力に対して縦にして、降下している。
『スウ、考えたな――流石、やる』
『ピヨ』
モニターを観ていたスナークも気づいて歯ぎしりをした。
「くっ、――その手があったか・・・」
コハクがマイルズに尋ねる。
『マイルズさん、スウさんは一体何をしているんですか!?』
『見ての通り、90度横転して――主翼を縦にしたまま飛んでいる』
『それのどこが〝やる〟なんですか?』
『あの難しさと凄さが、分からんか? ――お前も、少しくらいは戦闘機に乗っているのではないのか?』
『す、すみません。私の機体は、まん丸な球体でして』
『では解説しようか。――一般視聴者もいるしな。飛行機を横向きに倒したまま飛ばすというのは、なかなかに繊細で面倒な操作が必要だ。本来飛行機は、横向きに飛ぶように出来ていない。飛行機には向きを変えるための〝舵〟が沢山あるが、それらを本来とは違う効果で使い、次から次へとタイミングよく切り替えて制御する必要がある』
『・・・なるほどです。でも、スウさんはどうしてわざわざそんな難しい事をしているんですか――普通に飛んでは駄目なのですか?』
『向かい風の中を飛んでいるスウはああしないと、スナークに勝てないからだ』
『横向きに飛べば、勝てるんですか?』
『可能性は出てくる。なぜなら飛行機は主翼で揚力を得ている。これが基本中の基本だ。主翼の仕組みこそ、飛行機の基礎を支えていると言っていい』
『それは、そうですね。普通の飛行機は主翼がないと飛べませんね、私の機体は下にロケット噴射して飛んでいますけれども』
『そう、翼を頼りに飛ぶ飛行機は主翼が無いと揚力を得られん。ところがスウの機体の主翼は今、縦を向いている』
『ピヨ』
ここで、コハクは気づく。主翼が縦になるとどうなるかを。
『――あ!! 主翼が縦を向いちゃったら、主翼から揚力が得られない!?』
『そうだ。――そして揚力を得られないというのをスウは逆手に取った。――つまり、あえて主翼の揚力を捨てることで、降下速度を上げているんだ。降下するときに浮き上がろうとする力――揚力は邪魔だからな』
『な、なるほどです!! ――すごい、スウ選手がグングンと記録を伸ばしていきます。スナーク選手の記録に追いついていく!! しかし、スウさんの降下コースなんだかおかしくないですか? 曲がってます。他の選手の皆さんは、F1のようにアウトからインへという感じで直線のコースで最短を降下していましたのに』
『そうだな――なるほど・・・最短ではなく最速か』
『えっ、最短は最速じゃないですか!?』
『いいや違う。最短より早いルートはある。最速降下曲線だ――重力による効果も加味した最速で降下できるルートだな。数学のサイクロイド曲線と、同じ形を示す』
『あーっ! サイクロイド曲線なら、高校の数学の授業で習いました!!』
『ほう高校でか。とにかく確かにスナークは最短を飛んだ。――間違いなく、寸分の狂い無く――だが、スウは、その最短を打ち破る方法を用意していた訳だ。さらにこの惑星の空気圧や重力は地球より強い』
『空気圧も、最速降下曲線に関係するんですか?』
『ああ、しかも飛行機は直線で飛ぶとき空気抵抗が最大になる。――地球でも最速降下曲線でかなりの効果が得られる、この惑星だと
『なんとスウ選手は、揚力を消す飛び方とサイクロイド曲線を利用していたのです! スウ選手、タイムを縮めていく――おっと背面飛行まで披露し始めた!! 背泳ぎみたいに飛んでいます!!』
『アップダウンに、さらにカーブが追加され始たからだな。飛行機の翼は上下の形状の違いで揚力を得ている――つまり翼を逆さにすると、揚力を得るのが難しい。だから背面飛行も降下に有利になる。――左右にまっすぐなコースで落下するなら主翼を縦にして飛ぶのは特に有利だが、左右にカーブを描きながら落下するなら主翼を縦にしていると状態だとカーブするときに、ブレーキが掛かりすぎる』
『そうなんですか!! ――マイルズさんの言う通り、スウ選手はゆるやかなカーブを背面飛行で――ヘアピンカーブは主翼を縦にして、思いっきり空気を利用して小さく曲がっています! ―――凄まじい空気の膜がスワローテイルを覆う。主翼は折れないのか!?』
『安心しろ、地球の戦闘機でも最近の戦闘機はあのくらい出来る』
『まじですか・・・――おっとここで、スウ選手がスナーク選手を追い抜いて、0.2秒の差を付けた!!』
『大気圧の強い惑星で向かい風の中、よくやる――だが、この先アップダウンがなくなる。そして最後は直線だ――アップダウン区画で大きくタイムに差をつけないと、スウは勝てないぞ』
『スウ選手――スナーク選手に対して0.3秒早く、アップダウン区画を抜けた!! ここからはカーブ区画の後、直線区画で、あとはゴールです。――向かい風のスウ選手はひたすらスナーク選手迫られるシーンになります。全ての機体は同じ速度に調節されています――追い抜かれたら、スウ選手には抜きかえせない!!』
『強い大気圧の向かい風が、非常に厳しいな。どうする、スウ』
『ピヨ』
リイムがさっきから大物解説者風に相槌しているが、何も考えずマイルズに相槌を打っているだけである。
『さあ、スナーク選手のホログラムがスウ選手に迫る、迫る。0.2秒差、0.1秒差。追い風を受けていたスナーク選手のホログラムが、向かい風を受けるスウ選手に迫ってくる――いよいよ最後のカーブを抜ける!! ―――あ』
観客たちからも「あ」っという声が挙がった。
『ぬ、抜かれてしまった。スウ選手抜かれてしまったぁぁぁぁぁぁ!!』
観客たちからため息が漏れる。
その息には「スナークの言葉通り、スウも所詮幸運だけの人物だったのか」と言う落胆が籠もっていた。
『スウ選手、万事休すかぁぁぁぁぁぁ!! ここからはどの選手も、リミッター解除で駆け抜けるのですが――直線では同じ速度しか出せないので、向かい風のスウ選手には追い抜けない!!』
スウが、リミッターを外し加速し始める。――だが追いつけない。同じ加速力ではスナークを直線で追い抜けない。
コハクは笑顔を崩さないまま、しかし苦々しい気持ちになり、表情は苦笑いになった。
(・・・・まっずいなあ。スウさんに勝ってほしいけど――もう、勝てないよねぇ・・・・なんて言い訳しよう。向かい風じゃなかったら勝ってたとか言っても、スナークに「幸運が味方しないと、スウは大した事ない」って言われちゃったしなあ・・・)
コハクが、スウが2位になった言い訳を考える中。巨大モニターを眺めながら、祈る一人の人物。
(お願いスウさん――勝って!!)
アリスだった。彼女の願いが届いたのかは、分からない。
だが、アリスが祈った瞬間―――会場の人間は目を見張った。
スウが更に、加速したのだ。
『ス、スウ選手、最後の翼までパージしたぁぁぁ――えええ!? いいんですかあれ!? 飛べないんじゃ。スワローテイル、今、揚力なしですよ!?』
マイルズがスウのフライトを観ながら机に肘を付くと、口元の前で手を組んだ。
スナークが、モニターを見つめながらサングラスを外して、舌打ちした。
「――ちっ、そんな方法を出してくるとは!!」
口元が隠れたマイルズは、静かに笑う。
『―――くっくっく、これでこそスウだ。――まさかリフティングボディまで使ってくるとはな』
『ピヨヨヨ!』
『リ、リフティングボディ? なんですかそれは、マイルズさん』
『ああ、恐らく40層ボスの攻略で必要になるものだ』
『ボス戦ですか。私、ボス戦に参加したことが一度しか無くて、あまり詳しくないんですよね』
『そうか、なら解説しよう。主翼というのは、飛行機を浮かせてくれるのは当然だが』
『はい』
『ところが、翼という物は飛行機を後ろへ押す抵抗力も生むんだ。これは高速になればなるほど強くなって邪魔になる。だから高速で飛ぶ機体ほど翼が小さく、鋭角になる。やがては胴体の揚力だけで飛ぶようになる』
『胴体に、揚力を持たせるんですか・・・!?』
『そう。それがリフティングボディだ。フェイテルリンクの戦闘機は様々な環境を想定されているため、ほとんどがリフティングボディ設計なんだ』
『な、なるほどです! あ――しかも、おそらく空気圧の強い惑星なら後ろへ押す抵抗力も強いのですね? そして向かい風の抵抗力も、翼を外すことで最小限にしたと!』
『その通り、そういう事だ』
コハクが画面に眼を戻すと、さらに加速していくスワローテイル。
『凄い凄い、主翼の抵抗を無くしたスワローテイルがぐんぐん加速していく!! ――お、追い着いた――いや、追い抜いた! スウ選手が、スナーク選手のホログラムを追い抜いた――そのまま―――ゴォォォォォォル!! ――』
コハクがマイクを握って、膝を立てた足を机に乗せ叫ぶ。
『――スウ選手はやはり、幸運だけで最強などと呼ばれている訳ではなかった!! 彼女はその機転と努力で登ってきたのだ! 確かな実力を以て皆さんの前にいます!! ―――スウは、やはり最強だったぁぁぁぁぁぁ!!』
『ピヨーーー!!』
コハクがスナークの言葉を逆手に取って、「スウは幸運や偶然で最強などと呼ばれているのではないと証明された」と叫んだ。この言葉に湧き上がる観客たち。
「やっぱスウはスゲェ!!」
「アンラッキーなんか覆しちまう!!」
「ヤツこそ最強ぞ!!」
レースを終え、アリスの元へ戻ってきたスウに、アリスが抱きついてくる。
「ス、スウさん凄いです!! 勝ってくれたんですね! ――これで姉に大義名分を与える事もなくなりました!!」
「えへへ。ちょっと頑張っちゃった」
ハースーハースーと息をしているスウを、アリスは気にせず続ける。
「でも、わたし謝らないと――いくらスウさんでも向かい風の中、最短ルートを通った姉を追い抜くなんて無理だと思ってしまいました」
「あっ、謝る!? なんで!? ――ま、まあ勝ててよかったよ」
「やっぱり飛行機に乗せたらスウさんの右に出るプレイヤーはいませんねっ!!」
「どかなー。マイルズとか柏木さんとかいるしなあ」
首を傾げるスウの前に、スナークが現れた。
「あ、ス、スナークさん―――か、勝ちましたよ! ――私、勝ちましたよね!?」
何故か若干自信なさげに、慌てて背後の電光掲示板を見ようとするスウに、スナークの声が先行した。
「ああ、お前の勝ちだ」
「じゃあ、アリスは私のものですね!?」
「わ、私のものなんて・・・スウさん・・・・そんな」
なにか嬉しそうなアリスだったが、それはともかく。
「今日の所はな・・・・だが貴様、PvP大会に出るんだろう」
「えっとまあ・・・出ますけれども」
「ならば本当の決着は、そこで着けてやる。戦いでこそ、お前が本当に頼りになるかが知れるだろう」
いや、もう決着付いたじゃんと思うアリスであった。
しかし、その思いは無視されて、スナークはとっとと姿を消した。
「ほんと往生際の悪い姉です!」
「まあ、それだけアリスが好きなんだろうけど――渡さないから・・・アリスは絶対渡さない」
「スウさん、そんなに決意しなくても、わたしはスウさんのですよ!」
言ってスウを砂浜に押し倒すアリスだった。
しかしここは、重力制御の効いていない場所で、1.5Gの体重がスウにのしかかる。
㊙情報だが、体重52kgのアリス。
それが、この惑星では76kg――女性の中でも特に貧弱なスウには、なかなかの肉圧である。さらにスウ自身の体重も上がっているし、大気圧が強いなら空気も重い、物理的に。これはかなりの負荷になる。
「お゛、おも゛い」
「だ、誰が重いですか!!」
アリスはモデルであり、元々太りやすい体質なので、日々努力を重ねている。
だから「重い」という言葉は、アリスに対しては禁句中の禁句であった。
勢いよく立ち上がりそっぽを向いたアリスを、スウが宥めるのには半日を要したという。
かくして、
1位スウ。
2位スナーク。
3位さくら。
という形で、大会は大成功を収めた。
表彰式が終わり会場の片付けが行われる中、コハクが自分のチャンネルを見ると、登録者数が一気に2倍の52万人になっていた。
「う・・・うそ・・・・なにこれ」
さらに、
リあン、35万。
星の空、33万。
マッドオックス 24万。
さくら 55万。
全員驚愕の表情で、自分のチャンネルの登録者数を見たという。
「もう、完全に配信者として暮らしていけそう!」
リあンは大喜び。
「こりゃもう、スウに足向けて寝れないわ」
そんな風に星ノ空が、髪色を抜いて衣装はトリコロールカラーという派手な見た目に似合わず、古風な事を言った。
「そうだな、俺は本当に幸運だ。幸運にまみれてるのはスウではなく俺だったな」
マッドオックスは、腕を組んで望むような眼差しでスウを観た。
「スウさんありがとうございます。僕は、ケーリさんにも感謝しなきゃ――でもなんで僕が一番伸びてるんだろう? 女の子の水着を着るとか、ドン引きされそうな事したのに」
さくらは相変わらず、鈍感系男の娘。
そしてコハクも、アリスにそっぽ向かれて妻のご機嫌を取ろうとしている駄目な旦那みたいになっているスウを観ながら、感謝を口にした。
「本当にありがとう、スウさん」
ちなみに沖小路運輸の評判も株価もますます上がり、江東と風凛はほくそ笑んだという。
~~~
というわけで今日、50万文字超えました!
〝祝〟!
フェイテルリンク・レジェンデイアは、まだまだ続きます!
50層にも到達してないですから!
頑張っていきますので、これからも宜しくお願いします!
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次は100万文字DA!
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