第93話 アリスのピンチが訪れます

 画面が切り替わり放送席――しかし、なぜかアリスの姿はなく、アリスのいた場所にリッカが座っていた。


『あの、急になぜリッカさんが?』

『分からない。アリスが急用だって、代わりに連れてこられて座らされた』

『えっと、解説とかはできますか?』

『飛行機のことは、全くわからない』


 リイムが机の中央で、安心するようにスヤスヤ。


『アリスさん――本当に急いでたんですね・・・あの、私もあまり飛行機に詳しくないので・・・・スタッフさん、詳しい方を見つけて来て下さい・・・』


 その頃、アリスの姿はスウの方へ向かっていた。


 スウは遠くで、視聴者に『輝き撃ち』を披露していた。


「視聴者の皆様!! これ再現したんです!」


 スウがスコップ盾を地面に突き刺し、その上に、砲身がスワローテイルの身の丈ほどもある〈162mmキャノン〉を乗せて、


「どかーん! どかーん!」


 と、戦車の砲弾なんか目じゃないサイズの弾丸を海の彼方に発射していた。


「――私、今輝いてるぅ!!」


 などと、輝くいい笑顔で(今なら陽キャを名乗れる?)とか思っていたら、


❝スウちゃん、輝き撃ちってさ・・・実は、あれ砲身は盾の上に乗せて無いんや。画角の都合上そう見えるだけで❞

❝それな・・・実は盾は手前にあって、砲身は乗ってない。目の錯覚❞


「・・・え」


 VRでスウと繋がっているスワローテイルが〈162mmキャノン〉を杖にしながら崩れ去る。


 スワローテイルはついには四つん這いで地面に手足を着いて、〈162mmキャノン〉のどデカいキャノンが転がった。そうして がん ごろぉん ごろぉん という派手な音が会場に響き渡った。


「・・・・『輝き撃ち』が存在しないなら――つまり、私が輝く方法も存在しない―――?」


 スウの「やっぱり私に、陽キャなんて無理だったんだぁ」等という、若干意味不明な絞り出すような悲痛な声に、視聴者たちが慌てだす。


❝いやっ、アニメーターさんも肯定してるから! 「もう乗せてるでいい」って言ってるから! 輝き撃ちは存在するから!❞

❝というか、一瞬だけ輝いても別に陽キャでは・・・❞

❝貴様、黙れぇ!!❞


 スワローテイルが顔を挙げる。


「あ、有るんですか!? 『輝き撃ち』! 私も輝いて良いんですか!?」


❝もちろん! スウたんも輝いて良いんだよ!❞


 スワローテイルが涙を拭う仕草をする。


「はい! 私、輝きます!」


 スウが嬉しそうに『輝き撃ち』を再開。

 盾にバカでかいキャノンを乗せて、


「どかーん! どかーん!」


 なんてやっていると「スウさーーーん」という声が地面から聞こえた。

 スワローテイルが首を巡らせると、アリスが地面に立っている。


「あ、危ないよアリス!! 近づいちゃ駄目だよ!!」


 〈162mmキャノン〉なんて規格外の大砲を撃っているところへ、生身の人間が近づいたら大怪我をしかねない。


 焦るスウを、顔色の悪いアリスが手招きしている。

 呼ばれているのだと気づいて、スウはスワローさんを膝立ちにして降りてきた。


 スウは、やはり顔色の悪いアリスを心配して尋ねる。


「―――アリス? どうしたの?」

「あの・・・・今祖母から電話があって、祖父がこの大会を見ていると」


 その言葉に、スウは若干慌てる。


「うぇ!? ――え、こんな個人主催――じゃないな。沖小路宇宙運輸協賛だった。でも日本のローカル大会見てるの!?」

「祖父は今までわたしの活動とか、全く視なかったんですが・・・スウさんが各国の要人を助けたニュースを見て、わたしがスウさんとよく一緒に活動をしているのを知ったらしくて」

「そういう事かあ・・・でも飛行機で飛ぶのがの苦手なアリスは、今日は解説だけなのに」

「それが祖母が言うのは――」


 アリスが言いかけた所で、高長身でサングラスの男性が現れた。


「訊いたぞアリス。お婆ちゃんから連絡があった」


 謂われたアリスが顔を歪め、スウは彼の姿を見て驚く。


「ス、スナークさん?」


 スウはスナークを、生で見るのは初めてだった。

 

 スウがスナークの配信を見ていたのはアリス目的ではあったけれど、ずっと見ていた配信者が目の前に現れて少しドギマギする。

 だけどふと、スウはスナークがお婆ちゃんと言ったことが引っかかった。

 そうして気づく、


(このタイミングで、アリスに「お婆ちゃんから訊いた」って。まさかスナークさんとアリスって兄妹!?)


 しかし、続いてアリスの口から出た言葉はさらに驚愕のものだった。


「・・・・姉さん」


 スウは、アリスの言葉にビックリして、アリスとスナークを見比べる。


「え、姉さん―――!? え、スナークさんって男性じゃないの?! ――え、というかアリスのお姉さん!?」

「そうなんです。・・・コイツはわたしの姉なんです。身長は高いですし、男性みたいな格好ばっかりしてますし・・・・喋り方も、声も男性みたいなので、みなさん男性だと思ってますが・・・あれでも女です」


 スナークはスウの驚き様など気にせず、ハスキーボイスでアリスに語りかける。


「お爺ちゃん曰く、『頼りになる姉と同じチームに入りなさい』だろ? アリス、お爺ちゃんの言う通り、星の騎士団に戻ってこい」


 そんな言葉にアリスは答えず俯いた。


 代わりにスウが、状況を確認する。


「・・・・え。ア、アリスのお爺さんは、アリスにクレイジーギークスよりスナークさんと同じ星の騎士団にいろって言ってるの?」

「スウさん・・・祖父は日本が嫌いで――姉は、生みの母方の祖母に育てられて――つまり、イギリス人の祖父母に育てられました」

「じゃ、じゃあやっぱりアリスのお爺さんは『日本人なんかより、れっきとしたイギリス人である姉と一緒にいろ』と言ってるわけ・・・・?」

「だと思います。FLは、結構危険ですし」


 スウはしばらく考え込む。


「わかった。じゃあ、私がお姉さんより頼りになるところ見せればいいんだよね?」


 その言葉に、アリスが目をしばたたかせてスウを見た。


「た、確かに、そういう事ですが・・・」


 ここでスナークが、やっとスウに気づいたように冷たい視線を送る。睨むような視線にスウは体を強張らせた。


 スナークは蔑むように尋ねる。


「へぇ――スウだっけ? 最近ポッと出てきただけのお前が、オレに勝てるって?」


 怯えるスウだけれど、こんな言葉を言われたら、答えは一つしかない。


「わ、私は勝ちますよ―――アリスの為なら」

「お前。運だけで有名になったくせに、なにか運を実力と勘違いしてるみたいだな――だが今日も幸運に恵まれる日とは、限らないだろう。――そもそも、オレの飛行を見てから口を開くことだ――勝つことは不可能だと絶望することになる」

「なんだかよく分かりませんが、わかりました。貴方の飛行を見てから口を開きます」

「忌々しい物言いだな」

「アリスは渡しません」


 スウは怯えながらも、目をそらさない。


 スウとスナークが睨み合っていると、スタッフが次の走者のスナークを呼びに来た。


「スナークさん、準備お願いします」


 スナークは、スウを鼻で嘲笑わらってからきびすを返した。


 歩み始めたスナークだったが、ふと立ち止まり、アリスの方を一瞬見て冷たい声を放つ。


「アリス、そいつが〝1位を取れなかったら〟お爺ちゃんに従って、星の騎士団に戻れ」

「・・・・」


 アリスは返事をしなかった。出来なかったのだ。


 かくしてスナークが飛んだ。――そのフライトに、会場は騒然となる。


『なんだこの飛び方は!! まるで機械の様にインからアウト、アウトからインへ、完璧なコース取りで飛んでいる!! ――ドリフトも完璧だ、コースのリングのスレスレを掠めて飛んでいく!!』


 スナークは、デルタエースのコックピットで不敵に嗤った。


「どうだ、スウ。オレの飛行に隙間はあるか? オレのライン取りには、文字通り―――お前が入り込むような隙間など、1ミリもない」


 巨大モニターで姉の飛び方を見て、アリスの顔色がますます青くなった。


「きょ、今日の姉は・・・本気です! ス、スウさんどうですか、勝てますか!?」


 だが、スナークの飛行を見てもスウは冷静なままだった。


「凄いよスナークさん。本当に隙間がない、アレ以上短いコース取りはない。彼女の通ったラインは全て最短だ」

「姉のコース取りは最短―――!? え、この大会は機体の速度は全部同じに揃えられてるんですよね!? これじゃどんなに最短を走っても、同着までしか無理!? ――あ! アイツ、『1位を取れよ』って言ってました!! 『でなければお爺ちゃんに従え』って!! ――『絶望する』って、そういう!! 物理的に、同着までしか無理だって言う意味だったんですか!?」


 慌てるアリスだが、スウは何かを考えるように静かにモニターを見続けていた。


『ゴォォォォォォル!! 凄まじい!! ――なんと暫定一位のさくら選手から30秒も記録を縮めてフィニッシュだ!! これは、これ以上タイムを縮められるなんて不可能ではないのか!? ――さあ、次の走者が大ラス。いよいよ出るぞ! 話題の怪物、大本命――スウだ!! 彼女はスナーク選手のタイムを追い抜く事ができるのか!? っと、――まってくださいここで緊急情報です。先程まで追い風だった風向きが、向かい風になりました!! こ、これはタイムに影響があるのではないでしょうか!? 厳しいのではないでしょうか――』


 ここでコハクが隣の人物に尋ねる。

 そこには、どこから連れてこられたのか、マイルズがいた。


 リイムは、自分のおやつとして置かれたカシュナッツをマイルズにあげようと、マイルズの肩に乗ってマイルズの頬にカシュナッツをぐりぐり押し付けている。

 このグリフォン、フリーダムである。


『解説のえっと――マイルズさん、総勲功ポイント1位の目から見てどう思われますか!!』


 マイルズが、カシュナッツを咀嚼して飲み込んでから答える。


『そうだな。この惑星は大気圧が強い、ならば向かい風は地球より大きな抵抗を生む――ただ、ジェットエンジンなら多く空気を取り込んで加速することも可能だ――しかし、バーサスフレームでもっとも早く飛べるのはロケットエンジンだ、向かい風はレースの邪魔にしかならない。さらにレースでは、飛ぶコースが決まっているので上空を飛んで空気の圧力を弱める事もできない。――となるとスウは恐らくいつもの複葉機状態を止めて、より高速で飛べる単翼状態で挑むだろうが――さて、どうする? スウ』


 アリスが、慌ててスウを見た。


「えっ!? 向かい風って、こんな時に!! ス、スウさん、どうしましょう――姉と同じラインを飛んでも同タイムを出せないんじゃ!?」

「スナークさんの飛行を見たから口を開かせてもらうよ――アリス、大丈夫。この惑星は空気圧と、重力が強い」

「え、でも空気圧が強いっていうことは、向かい風の影響が強くなるんじゃ・・・?」


 アリスは慌てる――だが、スウは変わらぬ自信に満ちた表情。

 スウが自分のスワローテイルに向かって歩み始める。

 アリスは、スウの勝利を願わずにはいられなかった。


『スウ選手が配置につきました――おっと、複葉機で現れましたよマイルズさん』

『なんだ、スウ――お前、一体何を考えている』

『これは、どうやらスウ選手は飛行形態で離陸するつもりです』

『そうか、なるほど。飛行形態で離陸すれば、変形を挟まない上に最初の空力的に、先に最高速に達せる――そして複葉機なら素早く離陸できるという理屈か』

『そういう事なんですね!! さすがスウ選手です、期待の新星――稀代の化け物!! さあ、いよいよスウ選手のフライト時間だー!!』


 スウのフライトが始まるとなって、リイムもモニターを真剣な表情で見つめた。


 海上――スウの視界に、カウントがホログラムで空中に表示される。


『3』

『2』

『1』

『GO』


「―――〝入れ〟」


 スウが呟いての目の光が消えるのと同時、スワローテイルが一気に加速、すぐさま離陸。

 海上に達すると、下部の翼をパージ、単葉機化する。


『翼をパージしました! バーサスフレームは翼を切り離せます! マイルズさんの予想通り、複葉機状態は飛び上がりやすくするためだけだった模様です! さあ、スウ選手、第1カーブにさし掛かる。ちなみにこのタイムアタックでは最高記録者のホログラムが、コースに映し出されます!』


 スウのスワローテイルのほど近くに映し出される、スナークのデルタエース。

 これを観た、スウ贔屓のコハクが喜色を浮かべた。


『ここまではスウ選手が、僅かにスナーク選手を追い抜いている!!』

『スウ、見事なライン取りだ。ドリフトも完璧、スナークと遜色ない――だが』

『ピヨ!』


 スナークのデルタ翼の機体が、スワローテイルを追い抜く。

 これを観たコハクが悲痛な声を挙げた。


『駄目だぁ、スウ選手のスワローテイル――向かい風の影響か、速度がでない!! スナーク選手に追い抜かれた――スナーク選手が0.1秒先に最初のコーナーを抜けた!! ――ここから追い風を受けていたスナーク選手のホログラムが、どんどん遠のいていく!!』


 そこからも暫くコーナーが続き、一時追い風になる事も有ったが、スウは基本的に向かい風の中を飛んだ。


『スウ選手、ここまででスナーク選手に1秒の差を付けられています!! ――ホログラムは遥か彼方です!!』


 たった1秒差――だが1秒間に数百メートルを飛ぶ戦闘機でのレース、距離の差は歴然だった。


 スウの眼には、遥か前方を飛ぶスナークの姿が映っていた。


 コハクがマイクを握りしめる。


『幾らスウ選手でも、スナーク選手にあそこまでの飛び方をされては無理なのか? し、しかし2位でも十分素晴らしいものです!!』


 スウの眼に映る、コースを表すリングの配置に変化が現れ始めた。


 先程まで、左右にジグザグに配置されていたリングが、徐々に上下のジグザグに変わる。


『ここからアップダウン区画に入ります!! リングが上下に配置され、その中を通る為に戦闘機が上下を繰り返す区画です!! おっと、ここでリポーターのリあン――じゃない? え、さくらくん? ――えっとさくらくんが、スナーク選手を見つけました』


『え、えっと、こちらリポーターの笹倉ささくら 路々じじじゃなかった――さくらです』


 画面に、レースクイーン姿のさくらが声とともに映し出された。


 思いっきりさくらが本名を言ってしまっているが、大丈夫である。さくらの本名を知らない視聴者はいない。だが何も起きない。

 「さくら保護者の会」はそれほど結束が固く、さくらを脅かすものには恐ろしい存在なのだ。


 ちなみにさくらにレースクイーンの衣装を着せてリポーターを押し付けたのは、もちろんリあンだ。

 彼女は自分の登録者数も大事だが、仲間も大事。

 ――仲間を玩具にする悪ノリも大事なのだ。


 しかし、さくら本人は恥ずかしそうにしているものの、彼を笑う者はいなかった。

 むしろ、見蕩みとれる者が続出してしまう。あとリあンも、稀代の名画を人々の前に発表した巨匠のようなポーズで構え「眼福」などとほざいている。


 さくらが長いまつげに垂れ目気味の眼を涙目にして、サングラスに男装の麗人にマイクを向ける。


『ざ、暫定一位のスナーク選手にインタビューしてみます! さてスナーク選手どうでしょうか、スウ選手のフライトが始まりましたが、彼女の飛行を見てどう思われますか?』


 さくらの質問に、スナークは嘲笑あざわらうかのように口の端を吊り上げた。


『スウは今日まで幸運にまみれて、〝最強プレイヤー〟などと呼ばれて来た。しかし見ろ。向かい風という僅かな不運。――追い風という、小さな幸運が味方しないだけで、どうだ。オレと大差がついて、勝てる様子すらまるではないではないか? ふははっ!! ――このレースを見ているスウのファン、及び、全観客、全視聴者に告ぐ――』


 ここでスナークは一旦言葉を切り、低い声で無機質に言った。


『――今から―――スウの化けの皮が剥がれる』

『こ、これは手厳しいです。インタビューは以上です!』


 さくらは敵意むき出しのスナークのコメントに、慌ててインタビューを終えた。

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