第84話 スウのやばさ2

 フェンリルが言いながら泳ぐように戦場跡の中心に向かう。すると、視えてくる廃棄された巨大な戦艦。


『なんか、あの真ん中の長いやつ――だんだんでっかくなってくんだけど。周りからくらべたら滅茶苦茶デカくないか?』

『あー、大規模クラン〝星間ノーツ〟の戦艦デュランダルだな。全長1キロはあるからな』

『1キロ!? ――ボスには、あんなデッケェ戦艦でもやられるのか』

『いや、アレは・・・・ボスにやられたというより事故というか――』


 誰もスウが壊したとは言わないが、ヘルメスをありえないほど加速させたのはスウなので微妙なところだ。


 フェンリルは戦艦デュランダルに興味を持って、近づこうとする。ケーリは保護者のように着いていく。


『なかなか到着しないな』

『デュランダルは、まだ20キロ先にあるぞ』

『20!? ――そんなに遠いのか!?』

『宇宙だと、物の遠近感が狂うよな――宇宙だと、このくらいの距離から狙撃するプレイヤーもいるらしい』

『まじかよ』

『トッププレイヤーなら、こんな遠距離から、豆粒みたいな動く敵を狙撃できるらしいぞ』

『・・・・当たるのかそれ』

『当てるらしい。まあ普通はできないけどな。――普通は1キロくらいから戦うらしいけど』

『なあ、あのデュランダルってのから色々拾ったら良いんじゃね? 壁とか、鉄くず位にはなるだろ?』

『そうだなあ・・・』

『どうした? ケーリ』

『いや、アレを持って帰って修理出来ないかと思って』

『無理だろ、あんなでっかいの! 全長1キロとか!』

『確かにアレを動かそうと思ったら、相当なエネルギーが必要だよな――』


 宇宙では一度加速すれば慣性は失われないし、空気の抵抗も地面の摩擦もない。

 しかし逆に言えば地面の反発力や、空気の反発も利用できないので、推進剤にこの役目を期待しないといけない。

 だから動かし始めに、地上より多くの推進剤や爆発力が必要になる。


『――星間ノーツも高くて必要なものだけ集めて、本体は諦めたらしいし。しかしアノ人たちに出資して貰えばワンチャン――よし』


 江東はスマホを取り出して、電話をかける。


『あ、沖小路専務ですか? 沖小路運輸に頼みたい仕事が有るんです――はい。壊れた戦艦なんですけど、航宙輸送艦か航宙タンカーでなんとか運搬出来ませんかね? ――やってみる? ありがとうございます。――上手く行くかもしれない』

『えっ、あれ持って帰れるのか?』

『多分行ける。――あとこのデブリって地球に持ち込んでも大丈夫なら、米軍にエンジン辺り売ってみたいな。できるか? アドバルーン』

『それをしたらBANよ。運ぶ荷物の中に、重要部品が乗っていたら地球に到着する前にバーサスフレームがハイレーンへ転送されて、パイロットは地球へ転送になるわ。もし何らかしらの抜け穴を見つけて持ち込んでも、回収部隊が出ることになるわ』

『――なるほど、米軍と銀河連合で戦闘になるのか』

『いいえ、恐らく戦闘にはならないわ。あなた達には回収部隊は認識できないもの。回収部隊が地球の軌道上まで行って、重要部品を転送させて終わりよ』

『―――それは、確かに地球人にはどうにもならないな。だが持ち込んで良い部品もあるんだろう?』

『その辺りは、米軍なら既に解析済みよ。ちなみに自衛隊も終えてるわ』

『さすが、抜け目ないな――しかし、解析を終えてない国もありそうだが』

『・・・・ちょっと私は、ミスター・ケーリに危険を感じ始めてるわ。あまり銀河連合に不利益になる事を重ねると、あなたへ不利に働くから気をつけて』

『ふむ、友好度みたいなものが有るのか?』

『・・・・』

『まあ友好度みたいなのが有るなら。小さな利益よりそっちを優先すべきだな。――だが既に解析済みの素材くらい構わんだろ? 戦艦運んだ料金くらいは儲けたいんだ』

『ほどほどにね』

『じゃあ、持ち込んで良い部品を都度訊くから教えてくれよな』

『まあそのくらいは・・・・ね』

『ケーリが、またなんか頭良さそうなことしてる』

『金にはうるさい方なんでね』


 その後、江東とフェンリルはデブリ回収を始めるが。


『まてまて! 止まらない、ぶつかる!!』


 人型のままデブリに激突して、シールドを壊してあらぬ方向へ流されるフェンリルの機体。姿勢を整えようとして暴れるが、勢いをつけすぎてバランスを崩す。


 諦めたフェンリルは、宇宙を流されながらシールドの自動回復を待つ。

 ちなみにシールドは回復役に回復してもらわなくとも自動回復するが、フル充填まで1分は掛かる。


 フェンリルが、暗い宇宙で唸った。


『宇宙で行動するの難しすぎるだろ・・・しかも人型なら、VRで動かせるからマシとか。戦闘機モードなんか、操縦するの無理だろ――そもそもなんで操縦桿を前に倒したら戦闘機が下に向いて、後ろに引いたら上に向くんだよ――逆だろ? なあケーリ、なんでなんだ?』

『それは俺にもわからない。昔の人に聴いてくれ』


 (スウ副社長辺りなら詳しいかもしれないけど)と、思う江東であった。


 ちなみにケーリがこの件をスウに聞くと、本当に答えは返ってきた。


 「ほら、上に飛ぶ時パイロットは後ろに押されるじゃないですか。この状態で操縦桿を前に押して上昇を維持するの大変だと思いませんか? あと、見上げる時って身体を後ろにそらすじゃないですか。だから操縦桿を後ろに引くと上に向かう方が、直感的なんですよね」


 という答えだった。ケーリは(やっぱ知ってたのかこの女子高生――)と、スウの性別と年齢を疑うに至った。


 しかし、本当に宇宙では操作が難しい。

 相対速度制御装置を使っても、まともにデブリに近づくことも出来ない。

 ケーリは思う(これをちゃんと操作して接近戦なんて、とんでもない。自分なら、いつになったら出来るんだ)と。


「――宇宙でも、戦闘するなら銃を使うべきだな」


 効率重視のケーリは、宇宙で戦闘するなら飛び道具を使おうと決心する。

 そして効率重視のケーリだからこそ思う。

 宇宙で接近戦をして、あまつさえトッププレイヤーなどと呼ばれている一式 アリスも十分異常だ。と。


「あの人、スウさんの事をいつも『化け物だ化け物だ』と言うけれど、貴女も十分化け物ですよ・・・」


 江東が困惑していると、フェンリルがデブリの一つを両手で掴んで嬉しそうに掲げた。


『とれた! とれたぞケーリ!』

『ああ、おめでとう』


 カブトムシでも捕まえたかのように掲げるフェンリルに、ケーリは思わず吹き出しそうになった。


『これ、幾らになるかな!?』

『スキャンしてみたらいい』

『スキャンか――できるかサモエド』


 どうやらフェンリルの機体のAIの名前は、サモエドと言うらしい。


『できるぞよ。しばしお待ちを――ふむ樹脂だな。5クレジットになるだろう』

『5クレジットって幾らだ?』

『50円であるな』

『・・・50円か』


 残念そうなフェンリルに、ケーリが諭す。


『金は1円から大事だぞ』

『それは分かるけどさ』

『まあ、せっかく初めて手に入れたんだ。記念品にでもしたらいいんじゃないか?』

『いいな、それ!』


 ケーリは周りを見回して考える。


『てか、先に辺りをスキャンしたほうが良さそうだな――出来るかアドバルーン』

『出来るわよ、ミスター・ケーリ』

『じゃあ、たのむ』

『了解よ――スキャン開始』

『色々表示されたな――どれが高いんだ?』

『基本的に精密機器は高いけれど、ほとんどは機体をロストした本人が持ち帰っているわね。ただ、勲功ポイントが余っている人間がロストしたものはそのまま放置されている事が多いから、良いものが有る可能性はあるわ』

『なるほど。じゃあ、あの機体はほとんど手つかずだな――』


 ケーリはスキャン反応が特に多い、F-22ラプターのような機体に目をつける。


『――ちょっと見に行ってみるか』


 それは、撃墜されたマイルズの機体であった。

 この機体を選んだ判断は大当たりで、かなりの収入になるとAIが言った。

 とはいえ、ワープで持ち運べるデブリの数は多くない。

 二人は一旦ハイレーンのストライダー協会に戻って、換金を終える。


「掘り出し物があって良かったな! 100万クレジットと15万勲功ポイントにもなった!」


 マイルズの機体は、ほぼ手つかずで放置されていたので非常に高額で買い取りされたのだ。

 一度に100万クレジットなど、普通の初心者が手に入れられるクレジットではない。

 フェンリルは、買い取りを行ってくれたストライダー協会のロビーで喜ぶ。そんな彼の視界で、ケーリがウィンドウを開いて、何やら買い物をし始めた。


「ケーリ、なにを買ってるんだ?」

「広域を照らし出すライトがほしいと思ってな。デブリを集める時、暗いし見えにくくて困るだろう?」

「なるほど。でも、これ高いぜ? 10万クレジット――100万円もする」

「先行投資ってやつだよ、金で金を買う」

「金で金って買えるのか?」

「金プラス人や物や時間ってのを混ぜて、錬成する必要があるけどな」

「ケーリって、錬金術師だったのか」

「正にな」

「お金の錬金術師!」

「褒めるなよ」


 ケーリは、フェンリルの褒め言葉にニヤリと自称ニヒルな笑顔を向けるのだった。

 こうしてヘルメス戦跡の宙域に戻った二人は、再びデブリ回収を開始する。

 するとフェンリルが感嘆の息をもらした。


『このライト、ホント便利だな。周囲が真昼みたいになって、簡単にお宝が見つけ出せる。さすがケーリ!』

『ふふっ、もっと褒めてくれていいぜ』

『おうよ! よっ、一人株主総会! よっ、ビタミン脳細胞! よっ、未来まで見通すハップル宇宙望遠鏡!』

『褒め方が独特だな。あと「一人株主総会」って出資者いなくね? ――駄目じゃねーか』


 知らない言葉を無理やり使おうとするな。と呆れるケーリ。

 やがて黙々とデブリを集め始めた二人、ふとフェンリルがバーサスフレームで大きな機関銃を手に取り言った。


『ケーリ、この機銃まだ使えるってよ! いいヤツだから俺のバーサスフレームに搭載してみる!』

『なるほど、そういう強化方法もあるのか』


 そこから更に数十分の活動をして、ケーリがフェンリルに言う。

 

『こんなもんにするかな。あんまり大量には持って帰れないし』

『また往復作業になるのか』

『まあ、まだ機体に慣れてないし、操縦してるだけで楽しいから苦にもならないけど――ん?』


 デブリ地帯に向かってくる一機のスワローテイル。

 スウの物ではない、緑色に塗装されている。


『スワローテイルとは、珍しいな。いや、最近はそうでもないのか? ――パイロットのIDはさくらか』

『あ、みなさんもここでデブリあさりを?』


 通信ウィンドウに現れたのは、中学生くらいの女の子だった。


『中学生――? ずいぶん若い女の子だな』


 ケーリが言うと、中学生くらいの女の子は笑って返す。


『中学生はそうなんですけど。僕、男ですよ』

『は!? ――男!?』


 通信相手は言うが、ケーリの眼にはどうしても女の子にしか視えなかった。


『でもIDもさくらって』

『あ、それよく言われるんですが、本名が笹倉ささくら路々じじ なんですよね。そこから取ってさくらです』

『・・・な、なるほど』


 ケーリは、自分も本名をもじっている手前なんとも言えなかった。


『IDが女の子っぽくてややこしいって言われるんですけど、ID変更手続きって面倒くさいじゃないですか。だからそのままにしてます。リスナーさんからもよく言われるんですけども』

『リスナー? 君、配信とかやってるのか・・・ノーガードすぎないか?』

『問題はないですけど――みなさん、いい人ですし』

『うむむ』


 ケーリは、この中学生がちょっと心配になった。そうして(配信者なら、スウチャンネルに所属させられないか、そうしたら何か有ったら力になれる。涼姫や風凛に相談してみるか――もちろんさくらといという中学生がいいなら、だが)とも考えるのだった。

 ちなみにアリスは名前だけの社長で、事務所運営に一切関わっていないので、事務所のことを相談しても無駄である。


『あの、よかったら僕もデブリあさりに参加させてもらっていいですか? 最近始めたばかりで――と言っても、3ヶ月位は経ってますけど。――本当に最初の頃、何回もスワローテイルをロストしちゃって、パーティーにも入れてもらえなかったし。勲功ポイントも、クレジットもカツカツで』

『参加するのは良いけど。――なんで扱いにくいって言われるスワローテイルを止めないんだ?』

『助かります。――えっと、スウさんって人に憧れてるんです』

『・・・・あの人も罪深いな』

『でも、最初の頃は飛行機乗りだとパーティーとか入れてもらえなかったんですが、スウさんのお陰で最近はパーティーに入れてもらえるんですよ』

『なるほど、評判に貢献してるのか』

『超有名配信者ですからね、コラボしたいなあ』

『コラボ・・・・なあ』


(実はスウさんに対してのコラボ依頼は、ものすごい量が来てるんだ。金払うからコラボしてくれって人までいる。正直一式 アリスの影響力超えちゃってるんだよ。けど、こんなことスウさんは知りたくないだろうし。一式 アリスは気にしないだろうけど――というか本人気づいてるけど。スウさんが気にしてしまいそうなんで、俺も沖小路専務も全部を黙っているんだけども)


『登録者数3万人程度の僕が、烏滸おこがましいんですけども』

『あの人は喜ぶと思うけどな』


(――キョドるだろうけど。あの人が初対面でもまともに話せるの、小学生くらいじゃないか?)

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