第83話 スウのやばさ1

 ◆◇Sight:三人称◇◆




「おや、受かりましたか」


 江東 桂利が沖小路 風凛と共にフェイテルリンク・レジェンディアにプレイヤー申請を行うと、江東はあっさり受理された。


「なぜ叩くのですか!? 沖小路専務」


 江東 桂利はスウチャンネル事務所でコーヒーを入れながら、思いつきのようにプレイヤー申請をしてみたのである。すると風凛も共に再登録を始めた。

 結果は、江東だけが受理された。


 ぽかぽか と江東の背中が沖小路 風凛に殴られる。


「わたしは何度やっても受からないのに、なんで桂利は受かるのよ」

「そう言われましても、専務の能力の問題では――あの、だんだんガチ目の殴り方になってるんですが――」


 ボクサーのような構えになって、一撃一撃に体重を込めて殴りだす、風凛。

 とはいえ、フィジカルも体重も無いお嬢様のパンチは、江東には猫に撫でられるようなものだったが。


「――とりあえず退社時間になったら、初心者クエストというのを受けてきますか」


 風凛が、コーヒーアロマに癒される顔をした江東を追い払うように手を振る。


「今日はもう上がって良いわよ。貴方が瞬く間に仕事を済ませちゃうので、仕事が足りないもの。――それに貴方の場合、フェイレジェに行くのは仕事の一貫だわ」

「確かに」

「ちょっと優秀な人を雇いすぎちゃったかしら。江東 桂利はウチにはオーバースペックだわ。わたしには成れなかったプレイヤーになっちゃうし、人事を考え直すべきかもしれないわね」

「私情でクビとか、勘弁して下さいよ? ――それにこれから忙しくなっていくでしょうし」

「そうね、今の内にフェイレジェでの地固めしておいて貰えるかしら」

「お任せ下さい」


 こうして江東 桂利の軽いプレイヤー生活が始まるのだった。


 彼は識る事になる、一般的なプレイヤーがどの様に活動するのかを――そしてスウが初心者としての活動を全てすっ飛ばして上位に食い込んだのが、いかに異常なのかを。


 江東は6日後、やっと初心者クエストを終えて早速ストライダー登録を行った。


 笑顔を絶やさないストライダー協会の受付嬢の前で、顎に手を当てブツブツ呟く江東。


「初心者クエスト、難しすぎたぞ。というかバーサスフレームの起動とかメンテナンスとか、緊急事態の対処とか項目多すぎ――スウさんはこれを6時間でクリアしたってマジかよ。というかあの人、3年間も放置したままだったんだろ? VRとはいえバーサスフレームのチュートリアルも受けずに、なんで戦闘機操縦できてたんだ。やっぱ可怪しいわ、あの人。――逆にスウさんが怖がってたっていう、肉体の戦闘訓練はすごい簡単だったし」


 などと本人が預かり識らぬ場所で彼女に眉をひそめながら、江東は隣に浮かんだなんの装飾もない立方体のドローンに尋ねる。


「アドバルーン、これで本格的にフェイレジェで活動していいんだな?」

『ええ。ミスター・ケーリ、以上で活動に必要な手続きは全て終了したわ』

「さて弱ったぞ、何をしたら良いのか分からん」

『わたしも貴方が何をしたいのか検討もつかないわ。〝うぃき〟というのでも調べたら良いんじゃないかしら』

「サポートAIなのに、あっさり突き放すじゃないか。というかアンタ等WIKIの存在把握してんのな?」


 ケーリは、とりあえずスマホを取り出してWIKIを眺めようとする。

 そんな彼に、低めの男性の声が掛かった。


「おっ、アンタも今日初心者クエストが終わったのか?」

「――ん?」


 ケーリが見上げた先には、男性がいた。


 ケーリは「『野性的なイケメン』とでも云えば良いのだろうか?」と、彼を見て思った。

 片目に掛かった銀髪のウルフヘアに、黒いバイカーのジャケットを着崩し、白いシャツ。

 首から2枚のドッグタグをぶら下げている。


 大きめに開いたシャツの胸元から、色香でも漂ってきそうな男だった。


「なあ、これもなにかの縁だし一緒に行動しねぇか?」


 彼の頭上を見れば、確かに初心者を表す若葉マーク。

 話にも嘘はないようだ。


「しかし、断る」

「なんで!?」


 ケーリは眼の前の男を無視してスマホで情報を確認すると、「なるほどストライダー協会の依頼コンソール、またはウィンドウでどんな依頼があるか確認して、受付で受ければ良いのか。受付嬢も案内をしてくれる」と理解する。


「最初の金策は幾つかあるな。依頼をこなす。遺跡あさり。交易。デブリあさり――なるほど。特にバーサスフレームでやるデブリあさりと、生身でやる遺跡あさりは、互いに一攫千金を狙える。と」

「へぇ、そういう感じなんだ? じゃあ慣れないロボより、生身で遺跡あさりに行こうぜ」


 江東は、野性的な男にジト眼を向ける。


「アンタは、3秒で記憶を無くすのか? 一緒に行動するのは断っただろう」

「いや、だって断る理由ねぇじゃん?」


 野性的な男は身振り手振りを加えて訴えてくるが、江東はこれを一蹴する。


「俺はアンタをよく知らない。よく知らない人間は危険人物の可能性がある――そしてアンタは、危険人物の匂いがする。あと、身につけているものは本人の趣向を表すだろう。なら趣味嗜好が俺とアンタは真逆の人間だろうから、反りが合わないだろう」

「見た目で判断するなよー」

「俺は見た目で判断したのではない、趣向で判断したんだ」

「他人の趣味をとやかく」

「趣味が高尚だとか低俗だとか言ったのではない。趣味が合わないと言ったんだ」


 一蹴どころか、連続蹴りだった。


「なんでだよ、趣味が合わなくても仲良く出来るかもしれないじゃないか!」


 話が堂々巡りになりそうだったので、江東はそもそもを訊くことにした。


「そっちこそ、なんでそこまで俺に拘る」

「メガネ掛けてて、なんか頭良さそうだから、助けてくれそうだなって」

「――アンタが思いっきり、見た目で判断してるじゃないか」

「アレ? ホントだ! ―――ごめん!!」


 野性的な男は、頭を下げて謝罪してきた。


 江東は頭痛がしてきた。 


(この男、・・・素直に謝れるのは良いが・・・・なかなかに頭悪いな)


「自分にブーメランが刺さっていることにも気づかないとは」

「え、ブーメラン!?」


 野性的な男が、自分の頭をまさぐり始めた。


 江東は盛大なため息を吐く。

 狼にも視えていた眼の前の男が、頭の悪いハスキー犬に見えてきたのだ。


(あの髪型はウルフヘアではなく、ハスキーヘアだったか。まあ、悪いやつではないようだ)


「わかったよ、頭脳労働は俺が担当する。だから俺の指示に従えよ?」

「それは助かる!」


 江東は、自分より頭一つ分も大きな身長の男が、子どものように笑う姿をみて再びため息を吐くのだった。


「俺のIDは、ケーリ」

「俺の名前は、大上おおかみ戦子せんし!」


 戦子が空中に字を書いてみせると、江東はまた呆れた。


「本名だろ、それ。なんでアンタはIDじゃなくて、本名を言うんだ」

「えっ!? ――あっ、そっか、IDを言うべきなのか!」

「まあ、本当に始めたばかりの初心者という訳か――にしてもオオカミねぇ」


 江東にも優しさはあった。「ハスキーだろ、これ」とは言わない程度の。


「IDはフェンリル! オオカミに相応しいだろ!」

「そうだな」

「にしてもあんた、戦子って名前を女みたいとは言わないんだな? よく言われたんだが」

「なんでだ。蘇我 馬子、小野 妹子。両方男だ。元々、子は男に使われていた文字だ」

「蘇我 馬子? 小野 妹子? ――誰?」

「蘇我 馬子も、小野 妹子も昔の偉いやつだ。どっちもアンタと同じく、子が最後につく」

「なんだよ、俺って偉いやつと同じ種類の名前だったのかよ! 子が付く男なんてとか言うんじゃなくて、褒めてくれるなんて、ケーリって優しいな!」


 別にアンタを、褒めた訳では無いが。


(まあ素直だし、後ろ向きではないし、いいヤツみたいだ)


 ケーリは眼の前の男に、悪くない印象を持ち始めた。

 そんなケーリの脳裏に浮かぶ、二人の光景。涼姫とアリス。

 そうだな―――趣向が真逆でも、うまくいく事はあるか。そんな風にも思うのだった。


「だが行くのは〝宇宙でのデブリあさり〟だ。最初に生身で遺跡探索は、危険なので駄目だ」

「危ないって、なんでだ? 生身のほうが慣れてるじゃん? ――初心者クエストで体験したバーサスフレームの操縦は、メチャクチャ難しかったぞ? 慣れないバーサスフレームで行くデブリあさりの方が危険じゃないのか? あとデブリあさりって、つまりゴミ掃除だろ? 遺跡のほうが楽しそうだし」

「理由は3つ有る――理由1。生身で行く遺跡は転送装置が使えないので、死亡の可能性が跳ね上がる」

「死亡? ――フェイレジェって死なないんだろ?」


 これに関しては、ケーリはフェンリルにしっかりと説明した。

 学者でもパラドックスと呼ぶ物の説明なので、フェンリルに説明するのは少し手こずった。

 とはいえフェンリルも理解する頃には「わ、分かった。絶対死なない」と真剣に答えるようになっていた。


「理由2。俺達は、早めに宇宙に慣れたほうが良い」

「それは、人にもよるんじゃないか? ――俺はバーサスフレームより、銃とかの方が上手く使えると思うんだけどなあ」

「で、理由3。アンタは銃を持ってるのか?」

「あ・・・っ!」

「それを買うためにも、最初にデブリあさりを選ぶべきだろう」

「ケーリはマジで頭いいのな」

「いや流石に銃を持ってないのに気づかないのは――まあいい」

「とりあえずPTを組もうぜ、ケーリがリーダーでいいか?」

「そうだな」


 こうしてデブリ掃除にきた二人。


『う、上手く飛べねぇ!』


 フェンリルが、人型形態にしたバーサスフレームで浮かんでいるデブリにぶつかって弾かれながら手足をバタバタさせて言った。

 ちなみにフェンリルの機体は、AV-32アドベンチャーという、最初の機体選択で選べる中で、もっとも火力の高い機体。


『さすが無重力・・・・機体が全然止まらない』


 ケーリもバーサスフレームで腕を組んだままデブリに衝突して、どうしたものかと考え唸った。


 ケーリの機体は運営からのプレゼントで貰った、厚い鎧を着た騎士のような盾役機体ブリガンダインだ。


 フェンリルが、またもデブリに弾かれビリヤードかパチンコ玉のようになりながら騒ぐ。


『止まらねぇし、方向が定まらねぇよ!』

『無重力での機体操作に慣れるには、数ヶ月は掛かるらしい』

『これは確かに、デブリ集めとかで慣れたほうが良いな。でもこんな滑るのに、どうやって弾幕とか避けるんだ?』

『避けるんじゃない、止めるんだ』

『いや、避けてる人間の動画を見たんだよなあ』

『そういう人の真似はしてはいけない。あとあの人は、人間かどうか怪しい』


 フェンリルは、宇宙空間でなんとか停止して――とはいっても実は流されているのだが、本人的には停止したつもりで、辺りを見回す。


『にしても、凄い残骸だらけだな』

『ここは、ついこの間ヘルメスのボス戦があった場所だからな。デブリあさりのホットスポットだ。――ただ、今は初心者は皆1年半ぶりに開放された上層攻略に集まっているから、あまり人気がない』


 普段なら初心者が放おって置かない大規模戦場跡だけれど、始まって3年のフェイレジェで1年半倒せなかったボスが倒され開放された、新しい層の攻略に普通の初心者たちは集まっていた。

 ちなみにデブリあさりには2種類ある。

 1000年前の戦場を漁る方法と、ごく最近の戦場を漁る方法である。


 1000年前の戦場を漁ってロストテクノロジーを見つければ、かなり多くのクレジットと勲功ポイントを稼げるけれど、それは本当に幸運に恵まれる必要がある。

 対してごく最近の戦場を漁るのは、安定して収入が得られる。


『あー、さっき言ってた弾幕避けてた子が戦ってた場所だわ。――動画で見たんだけど、アレやべぇよな。ぐるぐる回りながら、ひょいひょい弾幕を避けて』

『フッフッフ。そうだろう』

『なんでケーリが自慢げなんだよ』

『いやまあ、俺はファンなんだよ。推しが褒められると嬉しいじゃないか』

『確かにヤシガニ。俺もあんな風にひょいひょい避けてみたいぜ』

『難しいな。あまり弾幕パターンがなかったとは言え、あの子はパターンを15分で覚えたからな。――まあ、勲功ポイント1位の助言もあったし、覚えるコツが有るのかもしれないが』

『・・・・そ、それでも15分とか、まじかよ。俺の頭じゃ無理だわ』

『楽しい事なら記憶力を発揮できる事が多いし、楽しんでみたら良いんじゃないか?』

『それある! ケーリといると、なんか色々出来そうな気がしてくるぜ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る