第6話 大規模クランのマスターが驚きます

◆◇Sight:とある大規模クランのクランマスター◇◆





 僕の名前は、上坂 冬至。


 ストラトスIDはウェンター。


 フェイテルリンク・レジェンディアで、日本の4大クランと謂われる一つ〝星の騎士団〟のクランマスターをしている。


「マジなのかい・・・・・・このニュービー」


 先程〝イベントクエスト〟が発行されたので、それを受けるためハイレーンのストラトス協会に、クランメンバーの招集を掛けたんだけど。


 やってきた協会内は、戦闘宙域の様子を映したモニターを見る色んな国の人々で騒然となっていた。


 若葉マークを付けた初心者が〈錯乱アトラス〉を戦闘機一機で、次から次へと撃墜していたんだ。


 超絶と言える操縦テクニックで。


 モニターを観ていた強面のプレイヤーが、身を乗り出して叫ぶ。


「なんだよあのジグザグ飛行! 慣性無視してんのか!?」


 その仲間らしき人たちも、驚嘆している。


「ドリフトが尖すぎるのよ! ――だけど機体のロケット数は限られてるから、あんなに鋭く曲がれないはずなのに・・・・」


「フェイレジェに、慣性を簡単に消滅させる方法なんかないんだぞ?」


「しかも慣性で滑りたい方向に一瞬加速して、すぐさま敵に照準を向け直す――あれだけの数の弾幕を横滑りしながら躱して、常に照準は敵の方向を向いているなんて」


「軌道がそもそもエグすぎます!! ―――ロールロールロールって、ツイストですか!? ドリルみたいなツイストです!!」


「・・・・竜よ、光の竜が宇宙にとぐろを巻いてるわ・・・」


 さらに、海外の人も叫んでいた。


「I'll be tripp!!(俺は、絶対幻覚を見ているんだ!!)」


「He's amazing…I'm awe!(彼は凄まじい・・・畏敬の念を禁じえない!)」


 僕もモニターに視線を戻す。


 またも〈アトラス〉を一機、撃墜した。

 クランマークもないし、パーティーを組んでいる様子もない。


 ・・・ソロなのか。


 僕が驚駭していると、背後から女の子の声がした。


「マスター準備出来ました。みなさんもオーケーみたいですよ」

「ああ―――アリス君」


 振り向けば、ウチのクランメンバーのアリス君がいた。


 彼女はフェイテルリンク・レジェンディアでも有名なバーサスフレーム乗りのプレイヤーで、ウチのクラン最高戦力。


 赤、青、黄色の3つのマシンが合体して出来あがる〈神合機フラグメント〉のリーダーパイロットだ。

 しかも合体状態で無くとも、普通のパイロットを圧倒する腕前。


 特に、人型形態の時の剣捌きが凄まじい。


 噂では、人の心が読めるんじゃないかなんて話もある。

 そうだ、彼女ならこの映像の意味がわかるかもしれない。


「ねえ、アリス君。このモニターをどう思う?」

「とても大きいです」

「え? ――そうじゃなくて、映ってる内容」

「戦闘宙域に行かないんですか? みなさん、戦艦で待ってますよ」

「いいから、観てみて」


 アリス君は首をかしげ、訝しがりながらもモニターを見詰めだした。

 すると怪訝そうだった顔の瞳が、ゆっくりと瞠目していく。

 やがて凍りついたかと思うと、


「――は? いやいやいや―――っ!!」


 前にあった机に両腕を押し当てて、眼球を震わせた。


「この人、頭おかしいんですか!?」

「やっぱり、君から見ても異常なんだよね」


「頭悪すぎる軌道ですよ―――! こんなの、間違い探しを反射神経でやってのけているような話です! 一瞬で逃げ道を見つけて、そこに駆け込むような」

「それは、凄いな・・・・」


 間違い探しは暫く考えてやるものだ・・・感覚でこなすものではない。


「しかもですね、クラマス――あそこは宇宙空間ですよ?」

「うん?」


「宇宙空間って重力は掛かり方が変だし、空気の圧力もなくて凄く敏感なんですよ」

「あ、そうか」


「ほぼ抵抗0ですから、あんな事したら普通は止まれません」

「ど・・・どうやってるんだい、あのプレイヤーは」


「――多分スキルも駆使してると思うんですが、あの人は宇宙でのドリフトテクニックが凄すぎるんです。なによりも悍ましいのは」

「悍ましい?」


「あの人、エンジンを何回も切ってるんですよ。ロケットを止めるんじゃなくてエンジンを切ってます」

「え!? ――バカな・・・・そ、そんな事をしたら!!」


「確かに宇宙空間では、ロケットを常に噴かしたりしません。目的の速度まで達したらロケットは止めます。――でも、エンジンまでは止めないんです。エンジンを止めると、再起動するのに時間が掛かるから――だけどあの人はスワローテイルで火力を出せる数少ない武器〈臨界黒体放射〉を連発するためエンジンを冷却する為でしょう、何度も何度もエンジンを止めてるんです」


「そんな事したら、機体をコントロールできなくなるじゃないか!! ――そんなにイカれた事しているのかい、あのニュービーは!? というか、エンジンを止めると、そんなに冷えるのかい!?」


「黒体がありますからね、またたくまに冷えます。だけどそんな事は普通、できないんです。弾幕が絶対に来ないという確信でもない限り。下手したら借金まみれになりますよ――」

「だよね!? ――イカれ切ってる・・・・」


 キチ――いや、埒外そんな言葉が頭に浮かんだ。


 言っているアリス君は、モニターから全く目を離していない。


「―――そもそも、なんで宇宙であんな付かず離れずの高速戦闘できるんですか・・・」

「あれ? そういえば、宇宙を高速で飛び回るプレイヤーっていないよね? みんな足を止めて戦う。なんでなんだい?」


「宇宙では相対速度を合わせるのが難しいからです。一旦ズレると、敵に近づくのも難しいんです」

「そういえば操舵士が、相対速度制御装置って言うので頑張って合わせるって言ってた。相対速度制御装置が無いと敵と同じ速度に出来ないって」


「あの人、相対速度制御装置切ってますよ」

「――はぁ!?」


「きっと相対速度制御装置は遅いので邪魔だと切ってます。でないと、あんな高速で相対速度を合せられません。恐らく感覚だけで、目標のMoBに相対速度を一瞬で合わせる。それを滑る宇宙空間で、針の穴を通すような操作でやってのける。だからあんな付かず離れずの高速戦闘が展開できるんです。私は未だかつて、宇宙であれだけ付かず離れずのまま高速戦闘をする人を、見た事がありません―――」


 僕はアリス君の説明を訊き終えて改めて、モニターに目を戻す。


 確かに、一匹の敵を倒したと思ったら、瞬く間に別の敵に速度を合せて後ろを取っている。

 さらに相手に相対速度を外されても、またすぐ合わせられるようだ。気持ち悪いくらい相手の相対速度付近で加速を上下させている。


 あまりに巧い、とんでもない巧みさだ。あれを手動でやってるなんて、相対速度制御装置の補助があっても、あそこまで完璧に相対速度を合わせられるプレイヤーを知らない。


 僕が怪訝な表情をしていると、アリス君がまたも叫んだ。


 今までより、更に錯愕し始める。


「――まってください! 今別の敵に目標を切り替えた瞬間に誘導ミサイルを撃ちました!? ――なんであんな遠距離から誘導ミサイルが撃てるんですか!? 30センチくらいしか無いロックオン箇所なんか、あの距離からじゃ豆粒みたいなはずなのに! そもそも誘導ミサイルなんか装備してたら地雷扱いですよ!?――」


 アリス君が、慌てる声で続ける。


「――ちょちょちょ――どうして危険な方向に飛ぶんですか!? な、なんですかこの馬鹿そうな軌道・・・。――って、〈励起翼〉―――!? ま、まさか飛行形態で近接攻撃するつもりですか!?」


 まって、〈励起翼〉!? そんなのを本当に使うプレイヤー、しらないよ!?


 アリス君が、モニターに向かって叫ぶ。


「あんなの地雷武器どころか、ネタ武装ですよ!?」


 しかもアリス君の説明だと、宇宙は滑る上に相対速度を合わせるのが難しいらしい。そんな場所で使うのかい?

 地上で使うのなんか、目じゃないほど難しいんじゃ? ――地上ですら、〈励起翼〉を実戦で使う人は一人もいないのに。


 僕はアリスくんに尋ねる。


「れ、〈励起翼〉・・・・高速戦闘機の近接攻撃とか、ネタ――じゃなかったロマンだけど。地上の実戦で使っている人も見たこと無いよ? あのニュービーはロマンプレイヤーなのかい・・・・??」

「わ、分かりません。ムリムリムリ、ぶつかる、ぶつかる、ぶつかります! ―――見てるだけで胃がキリキリします!!」


「うわっ、〈アトラス〉を撫で斬りした!?」


「――なんでぶつからないんですか!? あの人、完全に人間卒業してませんか―――!? 確かに〈励起翼〉はとんでもない威力がありますし、火力の低いスワローテイルを使うなら欲しくなりますが――本当に〈励起翼〉を使いこなすとか、見た事も聴いた事も無いですよ! ・・・いくらバーサスフレームにはシールドが有ると言っても、飛行機でオフロードのスレスレを高速飛行するような所業を―――。しかも宇宙空間で、あんな高速でやったら、即衝突です」


「それも横向きにやってるんだよね――って、また倒した・・・!」

「〈錯アト〉が、あんなにあっさりって! ――クラマス知り合いなんですか!? あの戦闘機乗り、どんな変人が乗ってるんですか!!」


「いや、受付嬢さんがモニターのチャンネルをこれにしたらしくて、僕も見たら難易度〈錯乱〉なのにニュービーが映ってて危なっかしいなあって、心配しながら見てたんだけど・・・・」

「え、あの人ニュービーなんですか・・・!? ――ほ、本当じゃないですか!!」


「何者なんだろう・・・本当に」

「どんな化け物が乗ってるんでしょうか・・・・って、敵の小型機に追われてます!」


「後ろを取られてる、大丈夫なのかこれ」

「あの人、宇宙空間で後ろを追われながらのドッグファイトは出来るんでしょうか?」


「だめだ、撃たれるよあれ!」

「あれじゃ、振り切れない!!」


「滑るなら、反転すればいいんじゃないかい? それか逆噴射をすれば、後ろを取れるんじゃないのかい!?」

「振り返ると正面対決になります。地上でも危ないですが、宇宙でやったら危険極まりないです」


「な、なんで危険なんだい?」


「相手を倒しても爆破で加速されたデブリが、無数に飛んでくるんですよ。装甲の薄いスワローテイルじゃまず間違いなく相打ちになってしまいます。だからって、後ろ向きに飛んで戦ったら、今度は後ろから弾幕が来るわけですから弾幕の餌食です」


「――なるほど」


「逆噴射も駄目です。―――逆噴射って、一瞬で逆向きに加速出来るわけじゃないんです。 じわり っと速度が落ちて、一瞬止まって、 じわり っと逆に加速しだすんです。敵にとっては、いい的です。というか、もし一瞬で逆向きに飛び出したら、重力制御装置があっても中の人間は プチッ です」


「・・・・やっぱり、簡単な話ではないんだね」


 僕が納得していると、モニターを見ていたアリス君が息を呑んだ。


「い――いけない! あの人、照準に入ってる、撃たれ――って、嘘!?」


 アリス君が驚愕に目を見開く――だって、スワローテイルが後ろ向きに飛び始めたからだ。


「あのスワローテイル、後ろ向いたよアリス君!!」

「後ろ向きに飛びながら、弾幕を躱すつもりですか!?」


「――か、躱してる」

「嘘でしょぉ」


 僕もアリス君も唖然として、二の句が継げなかった。


 しかし次の瞬間、建物中で挙がった「え」という声がハモった。


「敵の後ろを取った!? ――どうやって!!」

「敵が撃った瞬間、宇宙で空中戦機動をしました!? ――あの速度と弾幕の中で!?」


「どうやって一瞬で敵小型機の後ろ取ったんだい――へっ、空中戦機動?! ――なんだいそれは?!」


「戦闘機の〝技〟みたいなものです。あの人がやった機動はバレルロールって言うんですが、バレル――つまり樽の中をなぞるように飛ぶ技です。自分の軌道を大回りにして、相手に追い抜かせて背後を取ったりします」



 アリスは続ける。


「あの一瞬で起きた事なんですが・・・・あの人は、スワローテイルで円の動きで前に進む量を減らしてすべての弾を躱しながら、相手に追い抜かせたんです」

「なんで躱せるんだ・・・」


「あんなの・・・・氷の路面をノーマルタイヤの車で猛スピードのまま反転しながら、無数に飛んでくるバレーボールを正確無比に躱わし、相手の背後に回るみたいな話ですよ」


「は!? ――に、人間業じゃない! 無名のニュービーが一体どこで学んだっていうんだ!?」


「というか、あの人のやってる事のほとんどが普通の人にはできません・・・・だからこそ、ほとんどの人は高速戦闘の必要ない人型で戦うんです。バリアで受け止めヒーラーがバリアを回復し、攻撃役が攻撃するなら、高速戦闘は必要ありませんから」


 そこまで言ってアリスくんが、悔しそうに拳を握った。


「――く、悔しい――もはや、わたしなんかとは次元が違う」

「アリス君ほどのプレイヤーですら、悔しいなんて言い出すのか」


「悔しいです。わたし、あの人のファンになっちゃいました!」

「え――そっち!? トッププレイヤーの君がファンになるほどなのかい!?」


「あの人、絶対にフェイテルリンク・レジェンディアの世界の常識変えちゃいますよ・・・・・・! 〝硬い機体が強い〟っていう常識を!!」


 アリス君の予言は的中する。


 スウというプレイヤーの戦闘映像は動画として拡散され、駭世を巻き起こすことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る