第2話
部屋に置かれた鏡の前に立ち、そこに映る自分の姿を眺める。
手入れされていないブラウンの髪、頬には少しそばかすがあり、着古した水色のワンピースを着ている娘が映っていた。痩せているせいか暗い雰囲気が漂っていた。
前世の私も美人ではなかったと思う。
いつも黒髪をひとつに束ねて、眼鏡をかけていた。
こちらでは、眼鏡をかけなくても見えることは嬉しい。
記憶を思い出してからは、前世の自分の姿と、今の自分の姿を、咄嗟に理解するのが難しくて、違和感を感じてしまう。
毎日会社と自宅の往復のみ。
残業で疲れていて。夜中ぼーっと帰っていたら、強い衝撃があった事までは覚えている。
ブレーキ音が聞こえたような気がする。
あの時、私は、車にはねられたのね。
そして…死んでしまったのね。
赤ちゃんの頃に、前世の記憶が戻らなくて良かったのかもしれない。
記憶を思い出す前の私は、おしとやかだったと思う。
多分週に1度。門の所にパンの入ったカゴが届けられている。毎日3食たべるには足りないけれど、少しづつ食べて過ごしてきた。
あのパンは一体誰が届けてくれているのだろう。
いつ届かなくなるかもしれないのに、今迄の私は、何の疑問も持たずに過ごしていたのだろうか。
服も2着しかない。
正確には分からないけれど、年に1度くらいだと思う。
決まって二着、服が届けられていた気がする。
まぁ、交互に着れば洗える枚数だけれど。
文句も言わずに過ごしていた私は、すごいな。
庭を耕して、畑とか作れるのかもしれないけれど、生憎、そんな知識は持っていなかった。
大人しく、ここから出ずに過ごしていた。
でも、記憶が戻ってからの私は違う。
試しに門から出ようと思う。
お金などないし、行くあてもないけれど、とにかくここを出てみたい。
一応社会人として働いていた記憶もあるし、この世界でもなんとかなりそうな気がする。
私はすぐに行動することに決めた。
カゴに残りのパンを詰めて、さっそく門から出ようとした時だった-
『あっ』
手が滑りカゴを落としてしまった
直後、ガシャンと金属音が響く。
『??』
何の音だろう。
足元から刃物が挟まるような音がした。
恐る恐る音のした方向を見ると、先程落としたパンが散乱していて、カゴが真っ二つに割れていた。
えっ………⁉︎
地面には、獣を捕獲するような罠が仕掛けられていた。もしも、あのまま一歩踏み出していたらと思うと、想像しただけでも足が竦んでしまった。
震える足を引きずりながらも、何とか家に戻ることができてほっとする。
怖くなり、その日はそのまま家から出る事は出来なかった。
保管していたパンがなくなったので、次にパンが届けられるまでは、井戸水を飲んで空腹をごまかして過ごした。
パンが届けられた時は心底安心した。このまま飢え死にするのではないかという不安があったので、本当に救われた。
でも、外に出ることを諦めるつもりはなかった。
次は、石を集めて地面に投げてみることにした。
石で罠の場所を確認して、避けながら進んでいくつもりだった。
罠は草で上手く隠していて、見ただけではどこに罠があるのか分からなかった。
そういえば、不思議なことに、次の日には以前の罠も元通りになっていた。
誰かが確認に来たのかもしれなくて、怖かった。でも、諦められなくて、もう一度脱出を試みようと思った。
罠はある程度の距離を進むと、仕掛けられていなかった。
ホッとして普通に歩こうとした時…
突然、ヒュッと目の前を横切る物が見えた。
おそるおそる何かが飛んだと思われる方を向くと、木に矢が刺さっていた。
「ヒィッ!」
思わず変な声が漏れる。
あまりの恐怖で固まって動けずにいると、突然口を塞がれ、袋のようなものをかぶせられたかと思うと、誰かに抱えられた。
こわい‼︎
もしかして誘拐?
どうしよう。叫ぼうとしても恐怖で声も出せなかった。
私は抱えられて、どこかへと運ばれているようだった。
身体に衝撃を感じたので、地面に降ろされたようだった。「きゃっ」と思わず叫び声が漏れる。これから何をされるのか、堪らなく怖くてガタガタと震えていた。
幸い小さな穴が空いていて、呼吸をする事はできた。
恐怖と不安から心臓が大きく跳ね上がるのを感じる。
どのくらい時間が経ったのだろう…
誰かの足音などは聞こえず、気配も感じられなかった。近くには誰もいないのかもしれない。
勇気を振り絞って、恐る恐る袋から這い出してみる。
袋は縛られていなかったようで、あっさりと出ることが出来た。
「ここは……?」
周囲を見回すと、見慣れた自分の家の庭に放置されていた。
あまりの恐怖から何も考えられずに、逃げるように家へと飛び込む。
家中の明かりを全部つけて、室内に誰もいないのを確かめる。
戸締まりも何度も何度も確認して、毛布にくるまって震えていた。
うつらうつらと眠りそうになる度に、何とか意識を取り戻す。風が吹いて戸口が揺れる音がするたびに、怯えてしまう。
暗闇が怖くて、明るくなる朝が待ち遠しかった。
ようやく朝になると、窓から外の様子をこっそりと窺った。
念入りに見渡してみたけれど、怪しい人物どころか、誰もいなかった。
一体何故あんな事が起こったのか分からない。
何事もなく時が過ぎるにつれて、もしかしたら、これは、ゲームの強制能力なのかもしれないと考えるようになった。
ヒロインが来るまで、私はここにいなければいけない存在なのだ。
だから、きっと、それまで死ぬこともないはず。
パンも届けてくれるのかもしれない。
と、現状を受け入れて、大人しく過ごすことにした。
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