#05-6 末永く仲良くするとしよう


「速報! 速ほ〜〜う!!」


 読売よみうりたちが高らかに叫ぶ声が、ローセリアの拠点たる『渡河とかの街』に響き渡る。


「あの。……何事か、あったのですか?」

「なんだか、物々しいのよねぇ」

 に身を包み、修道頭巾ウィンプル目深まぶかにかぶった旅の二人の修道女が、一人の読売をつかまえ声をかけた。


「おや、巡礼の修道女さんかい? そうさ、何事も戯言ざれごともない、大事おおごとが起こったのさ! よ〜く聞きな――」


 問われた読売は、その言葉を待ってましたとばかり。

 読売の名の通り、周囲を行き交う人々に読み聞かせるように大きな声を上げ。手にした新聞紙を高々と掲げながら喧伝けんでんをはじめた。


「この地の領主様、ローセリア侯爵が、身罷みまかられたのさ! それもなんと卑劣な、暗殺者の凶刃に倒れられたってんだ! さぁさ、詳しく知りたきゃ、この号外新聞を買いな、買いなぁ〜!」

 

 読売の見事な売り言葉に、民衆が続々と群れをなし、場は急速に熱を帯び、たかぶっていく。

 手にしていた新聞が次々に売れていくことにほくほく顔の読売だったが、ふと気づく。

 熱狂をき付けた二人の修道女の姿が見当たらないことに。


(なんだ、あれは冷やかしだったのか?)

 思わず首を傾げてしまったのだが。


「おぉい、こっちにも一部くれ!」

「こっちもだ!」

「おっと、毎度ぉ!」

 その後も続々と押し寄せる人の波におされ、そんなことを考えるいとまも失われていく。


(……まぁいいさ、売りさばくきっかけにはなったんだから、感謝しとかないとな)

 そうして読売の頭から、奇妙な修道女の存在はすぐに忘れられていった。



「すまない、足労そくろうをかけたな」


 ここは『渡河の街』に建てられた修道院の奥深く。

「いえ、とんでもございません、カルラ様」

 告解室こっかいしつもうけられた長椅子に座する女傑じょけつが発したねぎらいから、この密会は始まったのです。


 本来、迷える子羊がすぐ訪ねることが出来るように、修道院の入口近くに設置されているのが懺悔の小部屋ビリフトゥカーメルと呼ばれる部屋ですが。

 けれどその修道院の奥底に、表向きのものとは別に用意された、告解室と呼ばれるもうひとつの懺悔の小部屋があることは、一部の人間にしか知られていません。


「カルラ様こそ。この度はお疲れ様でございます」

 わたしとマリーはそんな部屋で。

 修道頭巾を外して、カルラ様の座る長椅子に向かい合う席に座っています。


「ふふ。……ま、お疲れになるのはこれからなのだがね」

 組んでいた脚を解き、カルラ様は長く息を吐き出されました。


「頑張ってくださいませ。……新領主様」

「くく……っ。マリー女史に言われては、わたくしも泣き言を吐く訳にはいかなくなるな」

 喉の奥を震わせるようにわらう彼女の、鋭く細められた瞳。

 その奥から漏れ出た爛々と輝く光は、新領主様の、強い決意の光なのでしょう。


「……街では、この噂で持ち切りでしたよ」

 その光に導かれるようにわたしが声をおかけすると。

 なんとも愉快そうにニヤリと笑い、前のめりになって続きを促してこられます。


「誰が領主様を殺したのか、何の為に、何があって、と。いずれも推測の域を出ないものでしたけれど」

 ひとつ確かなことは、わたしたちの“胡散臭くも必要な手筈“は確実に効果を発揮していた、という所でしょうか。

 

「また、シェリル様に対する意見、カルラ様に対する意見共に、毀誉褒貶きよほうへん、様々ではありましたけれど。おおむね、好意的な意見が多かったように思われます」


「まぁ、あの母のことだからな。忌々いまいましいが、そういったちまたの評価まで計算して“遺産“を蓄えたに違いないさ。……私としては、むしろいくらか“借金“があった方がやすいのだがね」


 カルラ様が嘆息気味に吐息を漏らすと、マリーが外連味けれんみを込めた笑いを浮かべまして。

「腕の見せどころですわね」

「まったく。先が思いやられるよ」


 結局は溜息をきながら。

 しかしどこか面映おもはゆい顔をうかべるカルラ様でした。

「ま」

 とはいえ、その瞳はずぅっと細められたままで。

「母という亡霊がいなくなったことで、日陰者がようやく表舞台に引きずり出されたんだ。やれる限りやるしかない」


 決意表明のように力強く声を張り上げると、すぐお隣……二人がけの長椅子に、カルラ様とともに腰掛けられていた御方に向けて。

 まるで悪友に、いたずらの相談をするような口調で語りかけられるのです。



 そしてそんな相談を受けたお相手はといいますと。

「……ふん。こういう時だけ家名で呼ぶのは、卑怯だと思わないのかい、カルラ?」

 こちらもなかなか味のあるお顔で返されるのです。


「あら。猊下げいかが卑怯だなどと口になされるなんて。……我が地方の新領主様は、さぞ知恵者でいらっしゃるのですね」

「くっくっ、成程、私は遠回しに褒められていたのか。素直じゃないな、枢機卿すうききょう猊下」

「……どうせなら、“猊下呼び“する程度には、敬意を払ってもらえると有難いんだがねぇ……」


 マリーとカルラ様の口撃を受け、苦戦しながらもあしらっておられるのは、現枢機卿の一人にして、共和国のみならず、帝国や西王国といった周辺諸国までその権威を轟かせる、ルクスルーブラム家の二男、ラウレンス・ヨハン・ファン・ルクスルーブラム様。

 わたしも随分とお会いしておりませんでしたが、カルラ様との仲の良さはご健在のようです。


 ……マリーとも(しかもこんな軽口が叩ける程度に)親しい仲だったとは、存じ上げませんでしたが……。


「敬意など。……勿論あるさ。我が国の、いやさ他国でさえもその中枢ちゅうすう、奥の奥まで入り込めるその権力ちからを、これから存分に借りなくてはならないのだからな」

「ちっ……可笑おかしいな。この案件、ボクの手柄として、それを手土産に美女を口説く予定だったのに」


 カルラ様の視線を受けて、ラウレンス様は目を逸らしたように見せて、別に視線を流します。

 流れた先は、わたしの隣にいる女性。


「あら。猊下のアプローチを受けて断る女性がいらっしゃるなんて……世も末ですわね」

「ああまったく。連れない女性も居たもんさ。……ま、その方が男というのは燃えるものなんだがね」

「まぁ! 殿方というものはがたいものですわ」

 

 ん? ……んん?

 見つめ合い、やり取りし合う二人。

 ……え、この二人って、そういう関係なんですか?!


「あー、そういうのは、他所でやってもらえるか?」

 思わず声を上げそうになったところで、その前に入ったカルラ様からの(呆れたような)制止の声に、その場の皆が押し黙ります。

 

 ……く、詳しく詰問したかったのですけれど……。

 今はそれどころでは無い、んですよね、はい……。


「ともかくだ」

 咳払いをおひとつ、なされまして。

「私はこれから、ローセリアの守護者ビスハーミアとして、身を隠すことは許されない立場になる。……だがそれは結果として、ローセリアを挙げて、私の権限において手を打てるようになった、という事――」


 その力強い瞳と声を伺いますと。

「――このローセリアに巣食う闇たち。……先日の奴隷商人の件で発覚した新たな『脅威』を、をしてきた奴らを。私の手でしてやれるという事だ」


 カルラ様もまた、己の母親の命さえチップにして、政治の駒として使い潰すこと、(そこに如何に深い愛が込められていたとしても)それをいとわない御方なのだと、改めて思い知らされます。


「幸い、お陰様で帝国と繋ぎも出来たからな。そこにルクスルーブラムの力を利用させてもらう。その為の工作は、もう進んでいる……んだろう、ラウレンス?」

「ま、キミの望み通りにね。修道女ノンアレックスが、リーセと共に進めているはずだ」

結構ベダンクト

 鷹揚おうよううなずくカルラ様。


 新たなる『脅威』。

 それは先達せんだっての、子供だけを奴隷としていた商人たちの、その背後に居た、ある国。


 そう。

 それはわたしの隣に腰掛ける、どこか気怠げな、けれど誰よりも深い“想い“をたたえた瞳を揺らす女性の、おそらく出身であろう国。


「西王国、そして彼の地に根を張った黒幕からの『脅威』を、我々の手で排除する、その為にも――」

 カルラ様はこの場の全員を見渡して。


「――末永い付き合いを願いたいところだな、赤い修道女おふたりさん


 新たな『依頼』を、口にされたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る