#03《マリーと毒殺魔》編
#03-1 人を殺すのはいつだって人の業
★
「ふざけるな! お前たちも同じ穴の
喉をかきむしりながら男が叫ぶ。
男の名前は、クローヴィス。
不快極まりないが、あたしと同じ西王国の出身であり、ここ数か月にわたり、この共和国で七人もの人間の命を奪った
「そうね、ごもっとも。それが何? 貴方がここで殺される事実には、何の変化もない情報ね」
男の前に立つのは、女が一人。
女という言葉の前に、『いい』とか『絶世の美』とか『むしゃぶりつきたくなるくらい良い体の』とか付け足せば、それがあたし、マリーという人間を意味する言葉になる。
「が……ッ! げほ……ッ!」
「ぶっ……ころして……や……る!」
その目は憎しみに
おっと。こいつはすでに複数の人間を
「出来もしないことを口にしていいのは、実現する為に努力を惜しまない人間だけよ。そうではない男がそれを口にするのは、みっともないわ」
「んが……ッ! てめ……ぇ………ッ!」
その後の罵声は、あ、とか、が、しか声になっておらず。最早言葉ではない音を発しながら、クローヴィスは地面に崩れ落ち苦しみ続ける。
それを冷めた目で見詰めていると、少しだけ、言葉が聞こえた。
「ちく……しょう……。神は……にんげん……に……平等……じゃ……ねぇのか……よ……ぉ」
ああ。と。納得する。
この男にも言い分があるのね。腐った人生、世間様にこんなに追い詰められた俺って可哀想だろう? 可哀想だから少しくらい悪さしたっていいだろう? と。
「……ま、言いたいことはいくつも思い浮かぶんだけどさ」
一瞬、地を這うクローヴィスと、あたしの視線が交差する。
それを見逃さず、あたしは
「残念ながら平等なのよね。貴方が人を殺したように、あたしも貴方を殺す。それも教会から依頼を受けて、ね。ただそれだけの話なのよ」
クローヴィスは目を見開き。
理不尽だ。そうつぶやいた。多分。
もう声にさえなっていない音だったから、多分。でも間違ってないと思う。
「……あはっ☆」
たまらず、
「仕方ないでしょう」
教会は神の声を届ける代理人。つまりそれは神そのものを意味するわけではなくて。
「だって神の代理人は人間なんですもの」
気付けば、眼下で悶えていたモノは動きを止めていた。
――。
――――。
事の発端は、半月ほど前のこと。
修道院でいつものようにお勤めに励んでいたあたしは、その日、院長室に呼び出されていた。
はて、何か呼び出されるような事をしただろうかと首を
さて、と、扉の前に立つと、中から話し声が聞こえる。はしたなく聞き耳を立てようとしたけれど、くぐもっていてよく聞こえない。まぁいいかと、扉をノックすると「どうぞ」と返ってきて、あたしは扉を開く。
そこには二人の人間がいた。
一人はヒルベルタ修道院長その人で、もう一人は……誰? 見知らぬ男性だ。
女子修道院に男性が訪れるという話は、当然ながらあまり聞かない。異例の訪問者ということ?
見れば、身にまとっている衣はわたし達と同色、つまりは赤色。同門、だろうか。そしてひと目でわかる下ろし立ての
「ごめんなさいね、マリー。急に呼び出して」
院長の言葉と、彼がこちらを振り向いたのはほぼ同時だった。
「マリー・ド・ルーフス、と申します」
即座に
なぜ? なんとなく、に決まっている。直感がそうしろと言ったのだ。
それを見て修道服の男は「ほぅ」と小さく感嘆の息をもらすと、すくっと立ち上がった。
「ラウレンス・ヨハン・ファン・ルクスルーブラムだ」
そう口にすると、美しい
「ご丁寧な挨拶いたみいる」
貴族式のお辞儀に、聖者に連なるミドルネーム。
外見は若く(あたしと同じか少し下くらい)、覇気と余裕を感じさせる。威厳というには物足りないが、
あたしは自分の直感が正しかったことを確信した。
あたしたち、赤い修道女が着るものと同じ色の修道服には、同門という可能性の他に、もう一つある。
「
つまり、赤の衣をまとう役職に就いた、教会の上位聖職者であるということだ。
視線は上げないまま、もう一度より深く頭を下げてから直立の姿勢へ戻る。すると、修道服の男……ラウレンスは何事か思案している様子を見せた後、「
お? 何だ、今の。品定めか?
「ヒルベルタ、キミの人選は間違いなさそうだな」
ほら、勝手にあたしを無視して話を進め出した。
感じ悪ぅ……。
とはいえ、こんなものは『高貴な方々』とのやり取りでは日常茶飯事なのよね。
そもそも、この修道院で一番
なので顔には出さない。笑顔の仮面を貼り付けたまま、返答を待った。
「マリーは貴方のお眼鏡に叶ったのかしら、ラウレンス?」
「ああ、ヒルベルタ。
……このまま回れ右して帰っちゃ駄目かしら。駄目?
嫌な予感しかしないし、嫌な気分しかしないわ。
「マリー。貴女に、『依頼』が来ています」
ああもう。嫌な予感ほどよく当たるなんて言ったのは誰かしら。
ていうかこれは
依頼が来ています、じゃないわよ。完全に適所適材で、しかも本人の意思を反映しない形で、あたしを割り当てたわよね、院長!
……とかイラッとしたのだけれど、院長をよく見れば、心無しか、表情が固い。
何か裏の事情があるのかしら。
……察して、心の中でため息ひとつ。
仕方ない。指示を待った。
「詳しい内容は、これから彼が伝えて下さるわ」
向かいの席で、ラウレンスがニヤリと笑った。
「キミには
……まあ。
ウチに来る依頼だもの。殺しの依頼しかないのは、わかっている。
人を殺すのは、いつだって人の業だけ。
わかってはいるのだけど。
それをわかった上で、わかっている人間に依頼を持ち込んで来られると、どうにも心に
……やっぱ、回れ右して退席すれば良かったわ、と。
靄がかかり出したから帰ろうと振り返れば、そこには後悔という名の、決して前には立たない感情が立ち塞がったのだった。
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