#03《マリーと毒殺魔》編

#03-1 人を殺すのはいつだって人の業


「ふざけるな! お前たちも同じ穴のむじなじゃねえか!」

 喉をかきむしりながら男が叫ぶ。


 男の名前は、クローヴィス。

 不快極まりないが、あたしと同じ西王国の出身であり、ここ数か月にわたり、この共和国で七人もの人間の命を奪った連続殺人犯シリアルキラーである。


「そうね、ごもっとも。それが何? 貴方がここで殺される事実には、何の変化もない情報ね」


 男の前に立つのは、女が一人。

 女という言葉の前に、『いい』とか『絶世の美』とか『むしゃぶりつきたくなるくらい良い体の』とか付け足せば、それがあたし、マリーという人間を意味する言葉になる。


「が……ッ! げほ……ッ!」

 から、濁った声を吐き出しながらもだえ始めるクローヴィス。

「ぶっ……ころして……や……る!」

 その目は憎しみにゆがんでいる。すでに正気の色ではない。


 おっと。こいつはすでに複数の人間をあやめていたんだったわ。はなから正気なわけ無かったわね。


「出来もしないことを口にしていいのは、実現する為に努力を惜しまない人間だけよ。そうではない男がそれを口にするのは、みっともないわ」

「んが……ッ! てめ……ぇ………ッ!」


 その後の罵声は、あ、とか、が、しか声になっておらず。最早言葉ではない音を発しながら、クローヴィスは地面に崩れ落ち苦しみ続ける。

 それを冷めた目で見詰めていると、少しだけ、言葉が聞こえた。


「ちく……しょう……。神は……にんげん……に……平等……じゃ……ねぇのか……よ……ぉ」


 ああ。と。納得する。

 この男にも言い分があるのね。腐った人生、世間様にこんなに追い詰められた俺って可哀想だろう? 可哀想だから少しくらい悪さしたっていいだろう? と。

「……ま、言いたいことはいくつも思い浮かぶんだけどさ」

 一瞬、地を這うクローヴィスと、あたしの視線が交差する。

 それを見逃さず、あたしは嘲笑わらった。

 

「残念ながら平等なのよね。貴方が人を殺したように、あたしも貴方を殺す。それも教会から依頼を受けて、ね。ただそれだけの話なのよ」

 クローヴィスは目を見開き。

 理不尽だ。そうつぶやいた。多分。

 もう声にさえなっていない音だったから、多分。でも間違ってないと思う。


「……あはっ☆」

 たまらず、酷薄こくはくと笑った。


「仕方ないでしょう」

 教会は神の声を届ける代理人。つまりそれは神そのものを意味するわけではなくて。

「だって神の代理人は人間なんですもの」

 気付けば、眼下で悶えていたモノは動きを止めていた。


 ――。

 ――――。

 


 事の発端は、半月ほど前のこと。

 

 修道院でいつものようにお勤めに励んでいたあたしは、その日、院長室に呼び出されていた。

 はて、何か呼び出されるような事をしただろうかと首をひねってみたのだけれど、何も思いつかない。うん、つまりあたしは悪いことはしていない。

 

 さて、と、扉の前に立つと、中から話し声が聞こえる。はしたなく聞き耳を立てようとしたけれど、くぐもっていてよく聞こえない。まぁいいかと、扉をノックすると「どうぞ」と返ってきて、あたしは扉を開く。


 そこには二人の人間がいた。

 一人はヒルベルタ修道院長その人で、もう一人は……誰? 見知らぬ男性だ。

 

 女子修道院に男性が訪れるという話は、当然ながらあまり聞かない。異例の訪問者ということ?

 見れば、身にまとっている衣はわたし達と同色、つまりは赤色。同門、だろうか。そしてひと目でわかる下ろし立てのつや、それはつまり地位の高さを示している。


「ごめんなさいね、マリー。急に呼び出して」

 院長の言葉と、彼がこちらを振り向いたのはほぼ同時だった。


「マリー・ド・ルーフス、と申します」

 即座に思料しりょうを放棄し、あたしは通常のお辞儀ではなく、あえてスカートの裾をつまみ、屈膝礼コーツィオブカーテシー、つまり上流階級で行われる形式で挨拶をおこなった。そのまま視線は上げずに待つ。


 なぜ? なんとなく、に決まっている。直感がそうしろと言ったのだ。

 

 それを見て修道服の男は「ほぅ」と小さく感嘆の息をもらすと、すくっと立ち上がった。

「ラウレンス・ヨハン・ファン・ルクスルーブラムだ」

 そう口にすると、美しいお辞儀ボウアンドスクレープを返してきた。

「ご丁寧な挨拶いたみいる」


 貴族式のお辞儀に、聖者に連なるミドルネーム。

 外見は若く(あたしと同じか少し下くらい)、覇気と余裕を感じさせる。威厳というには物足りないが、貫禄かんろくは充分、といったところだろうか。

 あたしは自分の直感が正しかったことを確信した。


 あたしたち、赤い修道女が着るものと同じ色の修道服には、同門という可能性の他に、もう一つある。

枢機卿すうききょうにお褒め頂けるだなんて、光栄ですわ」

 つまり、赤の衣をまとう役職に就いた、教会の上位聖職者であるということだ。


 視線は上げないまま、もう一度より深く頭を下げてから直立の姿勢へ戻る。すると、修道服の男……ラウレンスは何事か思案している様子を見せた後、「成程なるほど」とつぶやいた。

 

 お? 何だ、今の。品定めか?

「ヒルベルタ、キミの人選は間違いなさそうだな」

 ほら、勝手にあたしを無視して話を進め出した。

 感じ悪ぅ……。


 とはいえ、こんなものは『高貴な方々』とのやり取りでは日常茶飯事なのよね。

 そもそも、この修道院で一番地位の高いえらい院長の名前を平気で呼び捨てに出来るこの男に悪印象を与えるのは、明らかに良くない。

 なので顔には出さない。笑顔の仮面を貼り付けたまま、返答を待った。

 

「マリーは貴方のお眼鏡に叶ったのかしら、ラウレンス?」

「ああ、ヒルベルタ。流石さすがだ、キミはよく分かっているよ」


 ……このまま回れ右して帰っちゃ駄目かしら。駄目?

 嫌な予感しかしないし、嫌な気分しかしないわ。


「マリー。貴女に、『依頼』が来ています」

 ああもう。嫌な予感ほどよく当たるなんて言ったのは誰かしら。


 ていうかこれは所謂いわゆる、人柱じゃない?

 依頼が来ています、じゃないわよ。完全に適所適材で、しかも本人の意思を反映しない形で、あたしを割り当てたわよね、院長!


 ……とかイラッとしたのだけれど、院長をよく見れば、心無しか、表情が固い。

 何か裏の事情があるのかしら。

 ……察して、心の中でため息ひとつ。

 仕方ない。指示を待った。


「詳しい内容は、これから彼が伝えて下さるわ」

 向かいの席で、ラウレンスがニヤリと笑った。

 

「キミにはごうをひとつ、背負ってもらいたい」


 ……まあ。

 ウチに来る依頼だもの。殺しの依頼しかないのは、わかっている。

 人を殺すのは、いつだって人の業だけ。

 わかってはいるのだけど。

 それをわかった上で、わかっている人間に依頼を持ち込んで来られると、どうにも心にもやが広がってしまう。


 ……やっぱ、回れ右して退席すれば良かったわ、と。

 靄がかかり出したから帰ろうと振り返れば、そこには後悔という名の、決して前には立たない感情が立ち塞がったのだった。

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