#02-6 そこにくすぐったそうな笑顔の花が咲いて


「……彼女の意思次第、でしょうね」

 熟考じゅっこうの末、ヒルベルタ修道院長は淡々と言葉をつむぎました。


 依頼を終えた翌日。わたしはヒルベルタ様とともに話し合いの場を設けました。


 何故翌日かというと、さすがに当日は、日々の勤めの後に眠気がピークに達してしまい、気力が持たなかったからです。

 眠る前に、朝になったら話し合いをさせてほしいと、修道院長に約束を取り付けることが出来ただけでも、よくやったと自分を褒めてあげたいくらいです。


 さておき、その議題はといえば、勿論。

 エミィの今後について。


 着の身着のまま村を飛び出してきた彼女のことを、村長は最早もはや死んだものと思っていたようです。


 他人事ひとごとのように言いますが、彼女はすでに身寄りもなく行き場を無くした状態であり、そして家主やぬしも(家族ごと)居なくなった家屋かおくなど、すでに村の共有財産として取り上げられていることでしょう。

 そうすると、彼女の帰る先は? となるわけです。


「あの村に帰ることは、難しいでしょうしね……」

 普通に考えれば、親の庇護ひごのない小娘など、農村にとってはお荷物でしかないことでしょう。そして、そんなお荷物を村民は温かく受け入れてくれるのか、と問われれば。考えるまでもありません。


 村長の庇護に入ることが出来れば別でしょうが、先日訪問した時の村長の態度を見るに……おそらくそちらも期待できなさそうですし。


 つまり現実的に考えるならば。

「やはりこの修道院で暮らしてもらうのが、一番な気はします……が……」

 勿論、ヒルベルタ様がおっしゃるように、エミィの選択次第ではあるのですけれど。

 依頼とはいえ、親を殺した責任、を考えなくは無いのですが。


「ただ、それはわたしのエゴなのではないか、とも思います」わたしがエミィに情を感じたから。一緒にいたいと、思ってしまったから。「彼女エミィにとって、それが幸せなことなのか、わからないのです」

 これはが為の選択なのでしょう。


「どうやって伝えればよいのか。……さすがに本人に、直接伝えるわけにも行きませんし……」

 悩むわたしを前に。

 ヒルベルタ様はただじっと、無言のままで。


 少しの沈黙が降りた後。

「……ずひとつ、貴女にお答えしましょう」

 ふぅ、と一息吐き出しながら、彼女は話し始めました。


「良いですか、ミレン。わたくしたちのすべきことは、彼女の未来を選ぶことではありません。選ぶということは、選ばなかった道を閉ざすことと同義だからです。わたくしたちがすべきことは、彼女に道を示すことだけです。こういう道もありますよ、と」


 それに、と続けます。

「ここに居続けるのなら、いずれお客様扱いは出来なくなります。修道院で暮らすということはつまり、修道院に入り修道女としてその身を神に捧げる必要があるからです。果たしてそれは、彼女にとって幸せなことなのでしょうか?」


 先程のわたしの疑問が、そのまま質問になって返って来ました。

 たしかに、そう考えていくのなら。


「……修道女になることが幸せになれるかわからない、という点においては、実感を込めてお伝えできる自信がありますね」

「そうでしょう。わたくしもです」


 ……ヒルベルタ様、仮にも修道院長、なんて肩書を持ってる方がそれを言ったらダメな気がします。

 とはいえ何も否定できないのも、先ほど述べた通りなのですが。


「加えて言えば、この修道院に入るならば、『赤い噂』と無縁ではいられないということです」


 実際に手を下すか否かに関係なく、同じ方舟はこぶねに乗った仲間と見なされれば、すなわち同じ血塗れ修道女ブルーデフノンとして、世間からは扱われるでしょう。そうでなくても、一度修道女として生きると決めれば、簡単に世俗にかえることなど出来なくなります。

 それが意味するところは、わたし自身が良く知っています。

 

「なればこそ、何が彼女にとって幸せとなり不幸せとなるのか。それがわからない以上、わたくしたちが出来ることは、選択肢を増やしてあげること。そして出来るなら、その選択肢の先に起こるであろう幸福と不幸の可能性を伝えてあげること。それだけなのです」


「それはそれで、悩みを深く広げてしまうだけな気もしますけれど……」

 わたしの言葉を受けたヒルベルタ様は、ニヤリと笑いました。

 それはまるで負けいくさに出立する若騎士のような、自棄ヤケっぱちと諦め、そして少しの外連味けれんみを込めたような笑顔で。


「どうせ地獄にちるのなら、せめて自分が納得して堕ちるべきでしょう?」


 ……なんか、すごいこと言いましたよ、この修道院長様……。


「冗談です」

「じょ、冗談でしたか……」

「えぇ。冗談を言いました」


 そして、ふっと。

 自嘲のような笑顔を、穏やかな慈母の微笑みへと変えながら。

「今の貴女なら、冗談だと受け入れてくれると信じていましたから」


(……あ)

 不意打ち気味に発されたその言葉に。

(ああ、そうか……)

 数年前の、かつてのわたしを思い出して。

「……あの時のヒルベルタ様は、こんなお気持ちだったんですね」


 エミィは、かつてのわたしです。

 そしてそんなわたしをこの修道院の修道女にして良いものか。悩んでいたのは、ヒルベルタ様でした。

 

 わたしが自ら選んだ道を後悔したことはありません。けれどそれは、ヒルベルタ様をはじめとした沢山の先輩たちのフォローあってのことだったのだと。

「……今更ながらに、思い知らされました」

 これは、苦笑しか出て来ませんね。


「ふふ。何年越しかで、ようやくネタばらしが出来た気分だわ」

 ヒルベルタ様もまた、笑っていて。

 二人で笑いながら。何故か涙まで出始めて。

 結局二人とも泣き笑いで、閑話の時間が過ぎていきました。



「方針は、固まったかしら?」

 懐かしい、思い出話が終わった後に。

「はい。……彼女エミィの意思次第、です」

 くすくすと。修道院長は笑うのです。

「だからわたくしは、そう言ったでしょう?」

「返す言葉もございません」

 だからわたしも笑って返します。

 

「エミィと、直接、相談してみます」

 その言葉を聞いたヒルベルタ様は、ただただ笑顔を濃くするのみでした。


 ――。

 ――――。



「ミレンさん! おはようございます!」

 修道院内にある私室(といっても、一人部屋ではありません)で微睡まどろんでいたわたしを目覚めさせたのは、明るく元気な、少女の声。


「ええ、おはようございます、エミィ」

 起き上がり、朝の祈りを唱えますと、すぐ横でエミィも同じように唱える。その愛らしい姿に、朝から小さな笑顔があふれてしまいそうになります。

 

 彼女の頭には、昨晩つくろったばかりの修道頭巾ウィンプル

 ポンと手を当て優しくなでれば、そこにくすぐったそうな笑顔の花が咲いて。


「よく似合っていますよ、エミィ」

「えへへ……今日からどうぞよろしくお願いします、先輩!」


 この日、わたしには、かわいい後輩が出来たのです。

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