#02-4 本当に、そう思わないとやっていけません

 

 人を殺す、という事に抵抗を感じなくなったのは、いつの頃だったのでしょうか。

 


 今でも強く覚えているのは、母から抱きしめられた温もりと匂い。あふれたばかりの鮮血の温かさとさびにおい。


 べちゃべちゃに濡れた服で、弱々しく、けれど強く抱き締めてくれていたのでしょう母から。呆然としていたわたしに掛けられたのは、最期の言葉。


『ごめんね』


 そうつぶやいて。

 全身からだから力が、温もりが、抜けていく母を、抱きしめ返すことも出来ずにいたわたしは。

 そんな母の後ろから、こちらに向かって大振りのナイフを握り襲ってきた男を、逆に殺したのです。


 どうやったのか、ですか?

 襲い来る凶刃きょうじんから我が身を守るたてが、あったから、というのがきっと正確な答えです。


 直接的ではないにせよ、わたしは母を二度死なせてしまいました。

 そして続け様に、父と呼んだひとをも、母を死なせたその刃で、この手に掛けたのです。


 それはたぶん、わたしの一番古い記憶で。

 忘れることが出来ない、忘れることを許されない、罪の記憶。


 母を亡くし、父をくしたわたしは、ほとんど自我のない状態だったのでしょう。

 わたしを見つけた大人たちが、諤々がくがくとなにか言い争っていましたそうですが、よく覚えてはいません。


 ただその後話がまとまったのか。わたしは周りの大人たちの言う通りに従って歩きだしたことは覚えています。

 そうして連れてこられた場所が、修道院でした。


 わたしは、修道院に保護されました。

 そこで人の温もりに触れ、やっと意識が戻ったみたいです。


 たくさんのことを尋ねられました。

 けれど、そのどれにも、わたしは答えることが出来ませんでした。


 わたしにのこされていたのは、ミレン、と呼ばれていた記憶と、身に付けていた衣類と、棒状の髪留めハースペルだけ。


 それが『着物』と『かんざし』と呼ばれるものであり、遠い異国の地で使われているものなのだということは、当時のわたしにはわからなかったのです。

 

 泣き叫びました。たくさん嘔吐しはきました。


 落ち着いて、また叫んで。

 何度か繰り返した後で、初めて懺悔ざんげをしました。

 そこで、この修道院のもうひとつの仕事を、教わったのです。


 別に強制された訳ではありません。

 わたしは自ら、血にまみれることを望み、死をもたらすことに臨んだのです。


 初めはぶるぶると震えていたわたしの体は、わたしの腕は。

 いつしか震えるということを忘れ。

 こらえきれずに吐き出していた、せるような鮮血の匂いにも。気持ち悪くて目を背けたかった、刃物ごしに伝わる肉を貫いていく感覚にも。慣れていき。

 今では何も感じなくなりました。


 人は慣れる生き物なのだと、わたしは思い知らされたのです。



 入村してからエミィの家を探すことは、大した苦労はありませんでした。


 エミィの話を頼りに村を訪れたのは、空が青黒く染まった頃。村長と話をつけ、人通りの少ない方へ歩けば、簡単に家が見つかりました。


 家族を『急にくした』この男は、村民からも忌避きひされていたのでしょう。村の入口には、まばらながら何人かの姿を見かけましたが、この家に近づくにつれ、明らかに人の姿がなくなっていました。


 外窓からそっと中を覗きこむと、酒瓶を片手に独りくだを巻いている住人が一人。

 その男の顔は、確かにエミィによく似ていました(皮肉なことに)。


 心にうごめく色んな感情を、深い呼吸で一度、隅に追いやります。

 瞳を閉じ、天をあおいで手を合わせたら。

 

血塗れ修道女は刑を執行するcruenta monialis peragit damnationem

 、己の罪を懺悔するのです。


 そうしたら。

 大いなる意思という糸に操られる人形マリオネットのように。自身の心を殺し、人を殺すことに意識を集中できるから――。

 

 後ろ髪からかんざしを外し、逆手に構えて。自然な動作で、音もなく入口の扉を開け室内に滑り込み、すみやかに後ろ手に扉を閉めれば、それですべておしまい。


「あー……、誰だぁ……?」

 その男が気だるげに鎌首かまくびをもたげるころには。

「……さようならトッツィンズ

 わたしのかんざしはその胸に突き刺さっていたのですから。


 叫ぶでもなく、うめき声だけを残しくずおれて行く男を見ていると。

 結局のところ、人は自分でいた種を自分で刈り取ることになる、という成句ことわざが思い浮かびます。


 ごろりと足元に転がり、うらめしげに天を仰ぎ、息絶えているその死体すがたを見ていれば。

 ……ああ、本当に。

 こんなことは、良くある話でしかないのだと。

 それ以上の感情を得ることも出来ず、ただ息を呑吐どんとするばかり。


 静まり返った室内を見渡してみても、そこはまるで『まともな生活をしていた』ようには見えなくて。

 ここは最早、では無くなっていたのかも知れません。


 けれど救いがあったとすれば。

 この建屋たてや(あえてこう表現します)の近くに、新しい墓標が立てられていたこと。


 それをこの男が立てたのだと考えるほど、わたしは乙女センチメンタリストではありません。きっと村の皆様が立ててくださったのでしょう。


 望まぬ死を与えられた方をとむらう。その気持ちが、遺族にどんな感情をいだいていたとしても、この墓標に込められているのだと。


「村八分とはよく言ったものですね」

 誰に聞かせるともない、つぶやき。


 もっとも……。

 ここで寝ている男の墓標が、ここに立てられるのか。そもそも、墓標そのものが立てられるのかは、わかりませんが。


 罪を犯した刃をぬぐうこの麻布リネンを、『醜悪なクラウト生理用ナプキン』だと称したのは誰だったでしょうか。

 不浄で、汚れた血を吸う麻布で、己のかんざしをぬぐい。床に流れた血を見つめながら。

 ひざまずいたままの姿勢で空に向かって祈りを切ります。


 自らが手に掛けた相手へ祈るのは偽善、ですか?

 いいえ、これは、ただの欺瞞ぎまん

 自らが手に掛けたのだと自分に言い聞かせ、神様にゆるしをう為だけの、おためごかし。

 

 またひとつ、罪を重ねていく――。

 


 帰路に着いたときには夜はどっぷりと更けていました。


 ふと考えてしまいます。この脚であれば片道一日で移動可能なこの距離を。幼い彼女エミィは、何日かけて歩いたのでしょうか。

 たくさんの恐怖と不安と、後悔を抱えながら、見知らぬ道を往くと言うのは、心にどれほどの負担をいられるのでしょうか。

 神ならぬこの身にはわからないことばかりです。


『少なくとも、その握った手の数だけは救うことが出来た。そう思わないとやっていけないわ』


 今朝聞いたばかりの同僚親友の言葉が、どこか遠くから聞こえた気がして。

「ええ、マリー。本当に」

 そう思わないと、やっていけません、ね。

 


 そうして修道院に帰り着いたのは、おおよそ明け方。

 神がわたしたち迷える子羊にんげんの為に照らして下さっている光の中で。


「お帰りなさい、夜更かしな小鳥さん」

 果たして修道院の玄関でわたしを待っていたのは、修道院長その人でした。

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