#02-4 本当に、そう思わないとやっていけません
☆
人を殺す、という事に抵抗を感じなくなったのは、いつの頃だったのでしょうか。
今でも強く覚えているのは、母から抱きしめられた温もりと匂い。あふれたばかりの鮮血の温かさと
べちゃべちゃに濡れた服で、弱々しく、けれど強く抱き締めてくれていたのでしょう母から。呆然としていたわたしに掛けられたのは、最期の言葉。
『ごめんね』
そう
そんな母の後ろから、こちらに向かって大振りのナイフを握り襲ってきた男を、逆に殺したのです。
どうやったのか、ですか?
襲い来る
直接的ではないにせよ、わたしは母を二度死なせてしまいました。
そして続け様に、父と呼んだ
それはたぶん、わたしの一番古い記憶で。
忘れることが出来ない、忘れることを許されない、罪の記憶。
母を亡くし、父を
わたしを見つけた大人たちが、
ただその後話がまとまったのか。わたしは周りの大人たちの言う通りに従って歩きだしたことは覚えています。
そうして連れてこられた場所が、修道院でした。
わたしは、修道院に保護されました。
そこで人の温もりに触れ、やっと意識が戻ったみたいです。
たくさんのことを尋ねられました。
けれど、そのどれにも、わたしは答えることが出来ませんでした。
わたしに
それが『着物』と『かんざし』と呼ばれるものであり、遠い異国の地で使われているものなのだということは、当時のわたしにはわからなかったのです。
泣き叫びました。たくさん
落ち着いて、また叫んで。
何度か繰り返した後で、初めて
そこで、この修道院のもうひとつの仕事を、教わったのです。
別に強制された訳ではありません。
わたしは自ら、血に
初めはぶるぶると震えていたわたしの体は、わたしの腕は。
いつしか震えるということを忘れ。
今では何も感じなくなりました。
人は慣れる生き物なのだと、わたしは思い知らされたのです。
入村してからエミィの家を探すことは、大した苦労はありませんでした。
エミィの話を頼りに村を訪れたのは、空が青黒く染まった頃。村長と話をつけ、人通りの少ない方へ歩けば、簡単に家が見つかりました。
家族を『急に
外窓からそっと中を覗きこむと、酒瓶を片手に独りくだを巻いている住人が一人。
その男の顔は、確かに
心に
瞳を閉じ、天を
「
そうしたら。
大いなる意思という糸に操られる
後ろ髪からかんざしを外し、逆手に構えて。自然な動作で、音もなく入口の扉を開け室内に滑り込み、
「あー……、誰だぁ……?」
その男が気だるげに
「……
わたしの
叫ぶでもなく、
結局のところ、人は自分で
ごろりと足元に転がり、
……ああ、本当に。
こんなことは、良くある話でしかないのだと。
それ以上の感情を得ることも出来ず、ただ息を
静まり返った室内を見渡してみても、そこはまるで『まともな生活をしていた』ようには見えなくて。
ここは最早、
けれど救いがあったとすれば。
この
それをこの男が立てたのだと考えるほど、わたしは
望まぬ死を与えられた方を
「村八分とはよく言ったものですね」
誰に聞かせるともない、つぶやき。
もっとも……。
ここで寝ている男の墓標が、ここに立てられるのか。そもそも、墓標そのものが立てられるのかは、わかりませんが。
罪を犯した刃を
不浄で、汚れた血を吸う麻布で、己のかんざしを
自らが手に掛けた相手へ祈るのは偽善、ですか?
いいえ、これは、ただの
自らが手に掛けたのだと自分に言い聞かせ、神様に
またひとつ、罪を重ねていく――。
帰路に着いたときには夜はどっぷりと更けていました。
ふと考えてしまいます。この脚であれば片道一日で移動可能なこの距離を。
たくさんの恐怖と不安と、後悔を抱えながら、見知らぬ道を往くと言うのは、心にどれほどの負担を
神ならぬこの身にはわからないことばかりです。
『少なくとも、その握った手の数だけは救うことが出来た。そう思わないとやっていけないわ』
今朝聞いたばかりの
「ええ、マリー。本当に」
そう思わないと、やっていけません、ね。
そうして修道院に帰り着いたのは、おおよそ明け方。
神がわたしたち
「お帰りなさい、夜更かしな小鳥さん」
果たして修道院の玄関でわたしを待っていたのは、修道院長その人でした。
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