第19話 部下


——九時三六分、本城地下牢獄にて


「ここはどうなっているのかしら?」


 先ほどこの近くを歩いていた女には会わないものの出口も一向に見えない。それどころか、ずっと同じところを歩いているようにも思える。


「また、死体……」


もう見飽きるほどの量の死体を見てきた。肉が腐れ落ちて骨だけに残っているものもあれば、肉がついたままで酷い臭いを放つものもある。


「わぉ、本当にいるとはね……サーシャも気の毒ね」


 不気味で背筋を指でなぞられたような声が聞こえた。ハッと後ろを振り向くと、薄暗い道に黒い影があった。


「あなた誰?」


「はは……ハハハハハハ‼︎ 私はね、マヨルダ様に仕える忠実から僕よ!」


 女が言い終わると同時に、いきなり目の前に半円状の刃を飛ばしてきた。


「なっ⁉︎」


一歩遅ければ当たるというところでギリギリ横に飛んでみせる。この狭い場所で戦うのは不利だと感じた私はすぐに後ろへと逃げ出した。


「逃げればいい。どうせお前は袋の鼠なんだからな!」


 どこに出口があるのか、自分がどこにいるのかも分からず暗闇を走り続けた。後ろから聞こえるコツコツ、という狂気の足音から少しでも離すために走り続ける。


「よしっ!」


 後ろから聞こえてくる足音と明確な殺意に怯えながらついに出口を見つけた。すぐさま階段を駆け上がる。階段は地下を一気に抜けて、城の中にまで繋がっていた。


「見ぃつけた」


 背筋が凍るような威圧感ある声が再び城の廊下に響く。振り向くと不気味な笑みを浮かべる黒いローブの女がいた。ローブから見える顔から察するに年齢は二〇代前半といったところだろう。


「いいわよ、あなたとはここで終わりにしましょう」


 重々しい声量で呟くと初めて腰に携えている剣を抜いた。剣の長さも重さも全てが思い通りになっていてすごく使いやすい。何年も使っていて、手に馴染むような感覚に落ちる剣だ。


「並行斬撃!」


 地面を思いきり蹴り女の方へと一気に間合いを詰める。横に携える剣を一瞬の後に斜め上へと振り上げたが、女はその攻撃を見えていたかのように華麗に宙を舞った。


「うそっ……」


 今までこの攻撃を避けられたことは無かったので思わずそんな声が出る。だが斬撃は止まることなく奥の窓を割った。


「あぁ! よくも、よくも私のローブを‼︎」


 全身の血管が爆発するかのような表情を浮かべる女は右手を押さえて、悶絶しながら言う。メジロさんが先ほど撃った攻撃は完全に避けられたのではなく、ローブには掠っていたようだ。女はすぐに窓から離れるようにして後ろ側に更に飛ぶ。


「煙?」


 よく見てみると女の切れたローブからは煙がもくもくと上がっていたのだ。

 なぜ女は窓から離れたのか。なぜ女はローブで肌を隠しているか。

 その疑問に明確な答えが出ることはなかった。けれども窓を割ることで女が弱るというのはほぼ確実だろう。それに気づいたメジロさんはすぐに剣を持ち直す。


「付加斬撃!」


 足腰を低くして、思い切り自分の周りに剣を振る。すると、先ほどよりも圧倒的に広い範囲で斬撃が飛んでいく。メジロさんの斬撃は辺りにあった全ての窓ガラスのみならず、壁をも破壊した。


「なっ……」


 動きが鈍くなっている女に容赦なくメジロさんは剣を向ける。


「発勁斬撃っ!」


 剣を縦に構えたメジロさんの体は瞬きをさせる暇もなく、何事もなかったかのように女を通り過ぎる。直後、女の体からは大量の赤い血が噴き出た。


「私は…私はこんな所で……あぁ、マヨルダさまあぁぁぁ‼︎」


 女はそれを最後に言葉を発することは無くなった。そしてすぐに、女の全身は灰のようになりその場に跡形もなく消えていった。


「ヘックシュ!寒いわね……」


 メジロさんが窓や壁を破壊したせいで外気が漏れ込んでくる。


「なんでこんな寒いのよ」


 不満を呟きながら小走りにその場を離れた。


——一〇時一分、別棟にて


 小さい怪物が消えたのを見計らって別棟の前に辿り着いた。別棟とはいったものの、実際は細長い塔のようになっていて入り口の扉も木製で出来ており、年季が入っているのを確認できた。


「さて、じゃあ調べていきましょうか。」


 そんな扉を押し開け、棟の中へと入って行く。まず一階の廊下を見てみるが、そこは城とは打って変わって汚れが目立ち埃も落ちている。部屋の中にも入ってみるが、ぐちゃぐちゃに荒らされていた。


「汚いわね……」


 顔を顰めたフィオナは口元を手で押さえながらボロボロの階段を使い二階へと上がっていった。


「ここもなの?」


 二階に上がっても一階と景色は全く変わらず、非常に汚かったためパスする。三階は他とは違い、床はしっかりとしており城と同じくらいにまで綺麗になっていた。


「よもやこんな所にまで来よったのか。」


 後ろを振り向くとそこには膝下くらいまでしかない怪物がいた。


「っ!!獄炎……《ヘルファイアー》!?」


 フィオナが呼吸をするかのように魔法を撃とうとした際、魔力が吸い取られる。状況の把握が出来ていないフィオナに対して怪物が喋りかけてきた。


「ここでは魔法など撃てぬよ」


「うっ!」


 腹に強い衝撃が加わる。攻撃が早すぎたせいで避けることは愚か、反応すらできなかった。怪物の攻撃をもろに喰らってしまい壁に思い切り叩きつけられた、だけでは終わらず壁を壊して別棟の外に投げ捨てられてしまった。


「かはっ……」


 背中から地面にそのまま落ちたせいで息をするのことが出来なくなる。必死にもがいてどうにかして酸素を体に回そうとするも中々それが出来ない。そんな時に別棟の三階から何かが飛んでくるのが見えた。フィオナは動かない体を無理矢理力を入れて咄嗟に横に避ける。


「なぜ避けた? お前への教育だというのに」


 目の前にいたのは先ほどまでの小さな体は消え去り、大きなライオンのような本物の怪物に姿を変えていた。黒く変形した前足を思い切りフィオナの体を捕まえた。


「放せっ…ぐぁ!」


 フィオナを握る黒い手はさらに強く締め付けた。肋骨が折れるか折れないかなギリギリの力で押しつぶされ呼吸をすることすら難しい。


「誰に向かってそんな態度を取っているだ?」


 ライオンのような怪物は口角を上げてフィオナの苦しむ姿を楽しんでいるように見えた。何とかこの状況を打破する事の出来る方法はないか。フィオナがそう考えた時。


「……ったくなんだ?」


 何かがあったのか、フィオナは地面の方へと投げつけられた。


「グァハッ……」


 胸の横からボキッという嫌な音がしてその場に倒れる。


「そんなまさか……マヨルダ様の三人の子供のうちの一人のはず…」


 全身を漂う痛みを堪えながらフィオナは怪物の言葉を聞く。


「命拾いしたな」


 気が付くとそこにいたには元の小さい体の怪物で、先ほどの大きな体は嘘のように消えていた。怪物はちょこちょこ歩きながら城の方へと歩いていったのが見える。早く逃げないとという気持ちを心に留めながらも、フィオナは痛みのあまりその場で気を失って倒れてしまった。

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