1-9
おまえは、おれのものだ。
ゼインは胸のなかで、そうつぶやいた。
ゼインは、そのぎらつく目に意識を集中させている。
彼の前方では、1人の大男が背をこちらに向けて歩いている。
ゼインは、その巨大な背中を凝視する。
大男はまったくの無警戒。
おまえは素晴らしい獲物だ。
ゼインは、インパラに忍び寄る黒豹のように、まったく音を立てずに前進する。大男はゼインの存在など、塵ほども察知していないようだった。
仕留められる準備はできているか?
ゼインは、斧を握る手に力を入れる。斧の柄の固い感触が、ゼインの残忍性を助長する。
やがて、ゼインは、その背中に手を伸ばせば触れられそうなくらい、大男に近づいた。
さあ、おれに狩られることを誇りに思え。
ゼインは斧を高々と掲げる。そして、斧を大男の背中に向かって振り下ろそうとしたそのとき、数日前22口径で撃たれた右腕に、稲妻のような痛みが走った。
朝食を済ませたジェフ・マクレガー警部は、配電室のドアを閉めて、駅に向かって歩き出す。
酒造工員アベル・ラッドの失踪は、見張り屋ロイドの死と関係ある。間違いなく。
今日は、下水道B4居住区の、見張り屋ロイドの家を調査しようと思った。
女性の大声がシヴィックセンター駅に響き渡った。
「きゃあ! 怪我人よ!」
こんどは男性の声。
「うわ! なんてひどい怪我なんだ! きみ、歩くのをやめたまえ!」
ジェフは声がしたほうへ走る。
動揺の表情をあらわにする人々の中央で、大男がふらふらと歩いていた。
ジェフは大男に向かって全力疾走する。
大男は消え入りそうな声で言った。
「た……助けて……くれ……」
大男は、ジェフがたどり着く前に、ばったりとその場に倒れた。
そこは、シヴィックセンター駅の事務室の中に設けられた診療所。
診療所の中は、シヴィックセンター駅のほとんどの住居や店舗とはちがい、多くのオイルランプや充電式ランプが灯されているので、明るい。
診療所の棚には、〝回収屋〟が集めてきた医療道具や薬品が並べられている。
大男は、ビニールシートが被せられたベッドの上でうつ伏せになっていた。
ジェフは、医師マクダウェルが、大男の背中の左上を縫合しているのを見ている。
大男の身長は6フィート4インチ(約194センチ)はありそうだった。
大男が、弱々しい声で言う。
「おれの……名前は……ベン・ミーチャム」
医師マクダウェルがベンに言う。
「しゃべるんじゃない!」
それでも、大男ベンは先を続けようとする。
「やつは……音もなく、やってきた……」
ジェフはベンに聞く。
「相手の顔は見たか?」
「顔は……顔は……」
そこで、大男ベンは気を失った。
ジェフは医師マクダウェルに聞く。
「ベンはたすかるのか?」
「傷は致命傷ではないし、縫合も終わった。だが、この男はここに来るまでにかなり出血したと思う。マルタの規定で、輸血パックは1人4パックまでしか使えない。見ての通りベンは大男だ。4パックで命を取り留められるという保証はない」
ジェフは大男ベンの縫合された巨大な傷を指さす。
「この傷は斧でやられたものか?」
マクダウェル医師は少しも迷わずに答える。
「そうだ。間違いなく斧だ。それもかなり大きな斧だな」
ジェフは声に出さずにつぶやく。
斧で襲われた大男……斧で襲われた大男……。
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