1-7
ジェフ・マクレガー警部の自宅、配電室の中でのこと。
その日の朝食はジャガイモにした。小型コンロでジャガイモを2個ゆで、砂糖と塩で味付けした。ジェフはまあまあの出来だと思った。
朝食を終えたジェフは、いつものように腰にデューティーベルトを装着し、ウィルソンCQBを手に取る。
配電室の扉が叩かれた。
ここは警察事務所でもある。ドアを叩かれるのは珍しいことではない。
ジェフはドアに向かっていう。
「もうしばらく待ってて!」
ジェフは急いでウィルソンCQBをホルスターに収め、マットレスの側のナイトホークT4をジーンズに差し込む。
そして、鍵を開けて扉をゆっくりと開いた。
女性が立っていた。そしてその横には少女も。
女性が言う。
「わたしの名前はテレサ・ラッド。夫アベルが失踪したみたいなんです」
これは、ゆっくり話を聞く必要があるとジェフは思った。
「さぁ、2人とも、中に入って」
ジェフは2人を家の中に招き入れ、ドアを閉めて鍵をかける。
壁にもたれかかっているパイプ椅子を2つ、テーブルの前に置いた。
「座って」
テレサ・ラッドと少女が椅子に腰掛け、ジェフも2人に対面するように座る。
ジェフはテレサを見る。絶世の美女ではないが、端整な顔立ちをしている。茶色の髪は後ろで結われている。来ているのは厚手のパーカーだった。この地下鉄マルタで、もっとも多く目にする女性の身なり、といった印象を受けた。
「そちらのお嬢さんは?」
「娘のエイミーです」
エイミーは母親によく似ていた。10歳くらいだろうか。
「では、詳しく話して」
テレサは、顔を下げながら話す。
「わたしの夫アベルは、下水道ノースプール地区で、酒造の仕事をしています。酒造所は、もとはボイラー室だったところです」
テレサは間をおいた。少し弱々しい口調になって言う。
「それで、一週間前、夫はいつものように仕事にでていきました。そして、それっきり戻ってきません」
ジェフは、眉間にしわを寄せてから言う。
「奥さん、はっきりとお話しておこう。このマルタで〝失踪した〟となった場合、それは7割方、死亡していることを意味する」
ジェフは一度言葉を切る。そして低い声で言う。
「旦那さんアベルはまだ生きていると思う?」
テレサは答える。
「はい、生きていると思います」
「なぜ、そう思うのかな?」
テレサは顔をあげて言った。
「夫は、大男です。並大抵のことで死ぬような人には思えません」
……大男……。
「旦那さん、アベルの身長は?」
「6フィート3インチ(約190センチ)です」
たしかに、大男だ。
……大男……昨日殺された見張り屋ロイド・パーカーも、とびぬけた大男だ。
これは、たんなる偶然か?
テレサはiPhoneを取り出した。
「この中に夫の写真があります」
「それは大いに役に立つ」
ジェフは棚の前まで行って、USBメモリを取り出した。そして、またテーブルへ戻る。
「そのiPhone、お借りしていいかな? メモリに写真を取り込むから」
「ええ、もちろん」
ジェフは受け取ったiPhoneにUSBメモリを差し込み、写真を取り込んだ。そして、iPhoneをテレサに返す。
さて、ここで問題なのは、今日は見張り屋ロイドの自宅とその近辺を調査する予定だった。
その調査を後回しにして、酒造工員アベルの失踪について捜査する?
これは、順序通りとは言えないのでは?
ジェフはテレサの顔を見る。悲しみを必死でかくしているのがわかる。
こんどは娘エイミーを見る。少女は声をあげずに涙を流していた。
すでに死亡している見張り屋ロイドより、まだ生きている可能性のある酒造工員アベルの捜査を優先しても、間違いとは言えないだろう。
ジェフはそう思った。
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