電話

チュウビー

電話


「よう高雄たかお愛宕あたご! 今日も行くだろ?」


 冬の長期休みの最中、補講を受けつつも必要な単位取得に目処が立ち余裕が出始めた大学生達は、勤勉に過ごした反動かこぞって刺激を求め、夜の繁華街を目指しそこへと吸い込まれていく。

 青春真っ只中のキャンパスライフ。それも成人を果たし合法的に夜の遊びも享受できるとなれば、血気盛んな若者ならば存分に遊びたくなるものだろう。


「飽きねぇよなぁ赤城あかぎも。あのクラブでもう何連敗中だよ?」

「まあ? 来る女のコ達のレベルが高いことは認めるけどね」

「うっせぇよ! 来年になりゃ就活でこんな遊べねぇじゃんよ。今の内に可愛い彼女作っときてーの、俺は!」

「へぇへぇ、わぁーったよ。付き合ってやるって」

「その代わり、僕らの時にも協力してよね?」

「そうこなくっちゃな! 持つべきものはやっぱダチだな!」

「チョーシのいいヤツ……」

「ほんとだよね」


 彼ら三人組も例に漏れず。

 夜遊びの楽しさを覚えた赤城、高雄、愛宕の三人の男子学生は、机に向かい溜め込んでいた鬱憤を吐き出すかのように、夜の街へと繰り出して行った。





「いやぁー。今日も清々しく連敗記録更新だったな、赤城くん?」

「だからがっつき過ぎないようにって言ったのにね。あんな下心丸出しで行ったら引かれるに決まってるよ」

「うぅ……、うるへーッ!! K大女子だぞ!? そりゃ期待するに決まってんじゃんよッ! お嬢様大学のコ達がこんなとこ来りゃ、そりゃソレ目的だって思うじゃんよぉーッ!!」


 時刻は天頂をとうに回り、深夜の二時の手前。朝方まで営業している雑居ビル一階の居酒屋にて、三人組――――の内の一名は、敗戦の傷を更なるアルコールの摂取で癒そうと管を巻いていた。

 座敷のテーブルの上には軽めのツマミ数種類がちぐはぐに食い荒らされ、それを取り囲むようにグラスやジョッキ、酒瓶などが置かれている。

 本当ならここに女子グループも混ざって、もっと小洒落たバーかカラオケでスキンシップも交えて談笑してたはずなのに……と。赤城が漏らすそんな戯言をいつもの事と受け流す、高雄と愛宕の手元には既にソフトドリンクが置かれていた。惨敗した友人の介抱も見据えてそうしているのだろう、二人は確かに赤城にとっての良き友人であった。


「おーい、ほら赤城よぉ。ボチボチ帰んべ? お前明日は昼からバイトっつってたじゃんよ?」

「どうせナンパでできた彼女なんて長続きしないって。もう充分飲んだでしょ?」


 気遣う友人二人の声に一瞬情けない顔をしたかと思うと、赤城はテーブルに顔を伏せる。そしてモゴモゴと何事かを言い淀んだ末に。


「……明日も付き合ってくれる?」

「キメェわボケ!!」

「女子か!」


 からからと。そこには確かな友情と、互いへの信頼が笑顔となって咲き誇っていた。


 店を出て帰路へと就く三人。

 酔い潰れた赤城を真ん中に肩を貸して歩くその姿は、はたから見ればだらしの無い遊び人が酔いどれているようにも……また違う視点ならば友情が目に眩しい光景にも見えただろう。


 そんな三人が肩を寄せ合い談笑しつつ歩くこと暫し。赤城を左側で支えていた高雄が、ある異変に気付く。


「オイ赤城。スマホ、ブルってんぞ?」

「こんな時間に電話? 赤城くん、誰かと連絡先交換なんてできてたっけ?」


 ちょうど差し掛かった公園の入口階段へと歩み寄り、鳴動を繰り返すスマートフォンを左の尻ポケットから抜き出した後に、赤城を階段に座らせる二人。

 高雄は赤城にスマートフォンを渡そうとするも、その明るい画面には登録されていない無記名の番号が光っていた。


「お前さぁ、交換するならちゃんと名前登録しとけよな……」


 呆れながらスマートフォンを差し出す高雄。そして受け取る赤城が倒れてしまわないよう一緒に腰を下ろして支えてやる愛宕。


「えぇ〜? 誰かなぁ、誰だと思うぅ〜? A大のミキちゃんかなぁ? それともB大のユウカちゃん?」

「良いからはよ出ろ酔っ払い」

「そういうとこだよ、赤城くん……」


 まだまだ酔いの醒めない赤城に苦笑する二人の友人。赤城はそんな二人に軽く感謝の言葉を返してスマートフォンを受け取り、未だバイブレーションを続けるそれの通話ボタンをフリックする。


「もっしも〜しぃ〜? 赤城ですよぉ〜っ」


 酔いに任せたテンションのまま通話に応じる赤城に、高雄と愛宕は思わず吹き出していた。こりゃダメだ、とそんな諦めにも似た心地で。浮ついた友人の痴態を見逃すまいと、後々にイジり倒してやろうと心に決めて様子を見守る。


「うん、そうだよぉ? …………うぅん? うん、だからそうだって言ってんじゃんよ!」


 しかし、目を付けた女子からの電話にしてはどうにも様子がおかしかった。赤城の浮ついた態度は段々と素に戻ってきており、苛立っているようにも見える。

 不思議そうに目を見合わせる高雄と愛宕。訝しみながらも、隣に座って身体を支えていた愛宕が赤城の顔を覗き込み、尋ねてみる。


「赤城くん、どうしたの?」


 そんな問い掛けに赤城自身も良く分かっていない様子で、首を傾げながらも耳からスマートフォンを離し、振り返る。


「いや、多分女だと思うんだけどよ、変な声で……ずっと名前いてくんの。そうだっつっても、ずっと」

「うわ、何それ新手の嫌がらせ?」

「ちょいスピーカーにしてみろよ」

「おう……」


 心地の良かった酔いの気分に水を差され不機嫌そうに、赤城は二人の言う通りにスピーカーに切り替えようとスマホを操作する。しかし、あまり使わない機能のためか上手く聴き取れない。

 微かに『あなた……』というように聴こえるが、聴いていた赤城はともかく高雄と愛宕はじれったさを感じ、音量を上げろだのもっとこっちに寄せてよだのと要求を重ねた。


「あーもーっ! わぁーったってばよ! ほれっ!」


 急かされてさらにぶっきらぼうに応じる赤城。スピーカーの音量をマックスにし、二人に向けてスマホを差し出した。





『アナタ……キュルルルルルルル……ッ。アナタ……キュルルルルルルル……イノ……ッ。あナた……キュルルルル……シ……ルルル……ッ。あなタ……キュルルルルル……ニタ……ルル……ッ。アなた……キュルルルルルルル……ッ。あカ……キュルルルルルルル……ッ。ア……ギ……キュルルルルルデショ……ッ。あナナナた……キュルルアカ……ルルルルル……ッ……アカ……ギ……キュルル……』





 女の声にも聴こえる。

 合成された機械音声にも。


 どこか作り物めいたその声は、三人以外に人気の無い深夜の公園の空気に混じり合うように。


 聴き取れるような、それとも違う意味のような。

 不気味で、怖気おぞけの走るような不明瞭な言葉を延々と繰り返していた。


「うぇ……っ、何コレ、キモチ悪い……ッ?!」

「ちょ、バカっ! スピーカーだぞ、聴こえたらどうすんだよ!?」

「いやだって赤城くん、普通に気持ち悪いよコレ……っ」

「っつーか、何なんだこりゃあよぉ? イタズラにしちゃあ悪趣味過ぎねぇか? お? なんだよ赤城ぃ? もしかしてビビってんのかぁ?」

「はぁァ!? ビビってねぇし! 意味分かんねーだけだし!」


 不穏になりかけた空気を払拭しようとしてか、未だに不気味な言葉を垂れ流す通話を放置して言葉を投げ合う三人。高雄の売り言葉に買い言葉を返す赤城のそれは明らかに虚勢と見て取れたが、いつも通りのやり取りは幾分か――――ほんの幾分かには、急に投げ出された深夜の異変から立ち直る余裕を、三人に与える事に功を奏していた。


「クッソが……ッ! おいアンタ! 意味分かんねーコトずっと言ってんじゃねぇよ! アンタ誰だよ!? 俺に何の用なわけ!?」


 意を決した赤城がスピーカー越しに声の主へと誰何し、用件を訊く。高雄と愛宕は声を抑え、相手の出方や事の成り行きを見守るようだ。

 そういったところからも三人の仲や相性の良さが窺い知れる……が、それよりも問題なのは、電話口の相手である。





『アナナナタ……キュルルルルルルル……ッ。アか……ギく……キュルルルルルルル……イノ……ッ。あナた……キュルルルル……シ……ルルル……ッ。あなタ……キュルルルルル……ニタ……ルル……ッ。アなた……キュルルルルルルル……ッ。あカ……キュルルルルルルル……ッ。ア……ギ……キュルルルルルデショ……ッ。あナた……キュルルアカ……ルルルルル……ッ……アカ……ギ……キュルル……ルルル……ッ、ギュルルルル……』





「……ダメ、だね……。応答しようって気がないでしょ、これ」

「だなぁ……」

「つってもよ、マジで気色悪くねぇ? 何がしてぇんだコイツ?」

「いや、そんなこと言われても僕だって分かんない――――あっ!?」


 聴こえてきたのは相変わらずの機械音声のような取り留めもない声の羅列。

 相手の思惑は知れず。名前も、どころか性別ですらも確信めいたものは聴き取れずに顔を見合わせる愛宕と高雄であったが……何を思ったのか赤城が、容赦なく終話ボタンをタップして通話を打ち切った。


「おいおい赤城ぃ……それ、大丈夫なのかよ?」

「まさか声も掛けずに切るなんて……」

「だってしょうがねぇじゃん、訊いても答えねぇんだからよ。俺らだって暇じゃねぇんだし、時間も遅せぇからボチボチ帰ろうぜ?」

「ったく……。そういうとこだぞ、お前マジで」

「ノンデリというか、変なとこで思い切り良いよね。褒めてないけど」

「うるへーよっ!」


 不気味な電話のせいで酔いも醒めた様子の赤城は、休憩も充分といった足取りで家路へと就く。

 高雄と愛宕はその後を歩きながら、苦笑し合うしかないのであった。









 ――――翌日、とは言いつつも彼らが別れた時は既に日付けも変わっており夜が明けて、といった昼過ぎのこと。





 ――――ブーッ、ブーッ、ブーッ、ブーッ……





 枕元に置いたスマートフォンのバイブレーションによって目を覚ました青年――高雄は、振動と共に画面に映るコンビニの電話番号に首を傾げていた。

 最近のスマホはAIのおかげで登録してなくても店名が分かるんだなぁー、などと呑気な事を考えつつ、そのコンビニが友人あかぎのバイト先である事に思い至り、通話ボタンをタップして応答する。


「も、もしもし、高雄ですけど……」

『あ、高雄様の携帯電話でしょうか? 突然のお電話失礼いたします。わたくしヘブン・レイヴン〇〇店の店長をやっております――――』


 ――――要約するに、本日昼から出勤の筈であった赤城が来ないとの事。本人の電話にも繋がらず、彼が緊急連絡先として申請していた友人である高雄の電話に掛けてきたらしい。


(はぁ!? アイツ何やってんだよ……!?)


 当然ながら、昨晩遅くまで行動を共にしていた高雄は気が気でない。自業自得とはいえ飲み耽った挙句の無断欠勤など、いくら友人といえど無責任にも程がある。自身の電話番号を勝手に緊急連絡先に設定している事も含め、文句のひとつも言ってやらねば気が済まない思いである。

 そうして無関係にも拘わらず小言を頂戴した高雄は、赤城のバイト先の店長との電話を終えてすぐさま、問題児あかぎへと即座に電話を飛ばしたのであった――――


「留守番電話に接続します。発信音の後にメッセージをどうぞ-------」


 電話にすら出ないとは流石問題児。コール音は、外の強風に掻き消されたように音すら流れなかった。高雄には怒りが突風のように吹き荒れていた。


「おい! 人の携帯番号を勝手に教えるな! 何やってんだよ! バイト先からこっちに連絡があったぞ! 早く起きろ!」


 とばっちりによる鬱憤を晴らす為、強風に抗うようにメッセージを残す高雄。一息つくべく、テレビをつけるためリモコンに手を伸ばす。晴らし切れない鬱憤が、持つ手の力を無意識の内に強くする。その後、そこに映し出されたニュースで高雄は衝撃の事実を知る。


「午前11時頃、K繁華街の雑居ビルの煙突が転倒する事故で、男子大学生1人が下敷になっているとの通報がありました。被害に遭ったのは男子大学生の『赤城鮮一』さん------」


 そこには、今まさに電話に出ない張本人あかぎの名があった。


「事件当時、私服姿の赤城さんが高さ約10m煙突の下に倒れており、サンタクロースの帽子、ヘブン・レイヴンの制服が周囲に散乱していた事から、警察は赤城さんがアルバイトの通勤途中で転倒に巻き込まれたと見て捜査を進めています」


 衝撃を受ける高雄。手にしていたリモコンを落としてしまった。落下の衝撃で電池パックが外れ、乾電池が周囲に散乱した。


「ウ、ウソ……だろ……赤城……あかぎーーーっ!」





 その夜、ニュースを聞きつけた高雄と愛宕は、赤城が緊急搬送された病院に居た。手術中と赤く点灯した重々しい金属製の扉の前で、ヤキモキしながらただ待つしかない2人。クリスマスから正月の焼き餅を待つような待ち遠しさを感じていた。手術灯は点いているが、暖炉のような暖かさは皆無だ。

 時間経った真夜中、手術灯が消え、扉がゆっくりと開いていく。そして、医師と思われる人物がこちらへ向かってくる。


「先生! 赤城は!? 赤城は……どうなんですか!?」


 高雄の問いかけに対し、先生と呼ばれたその医師は首を横に振り、静かに告げた。


「手は尽くしましたが、残念ながら……」

「そんな……赤城くん……なんで?」

「赤城……」


 突然の不幸な事故、赤城が巻き込まれた事に対して、愛宕は俯きながら、目を潤ませて訴えかける。高雄は未だ事実を受け入れられず、ただ呆然としていた。とその時、愛宕のポケットが震えた。



「おい、愛宕」

「赤城くん……うぅっ……」

「愛宕!」

「!?」

「愛宕、スマホ、ブルってる」

「ごめんね……気づかなかったよ」



 気を落としながらもポケット越しにスマホの保留ボタンをに指を伸ばす愛宕。











『アナタ……キュルルルルルルル……ッ。アナタ……キュルルルルルルル……イノ……ッ。あナた……キュルルルル……シ……ルルル……ッ。あなタ……キュルルルルル……ニタ……ルル……ッ。アなた……キュルルルルルルル……ッ。あタ……キュルルルルルルル……ッ。ア……ゴ……キュルルルルルデショ……ッ。あナナナた……キュルルアカ……ルルルルル……ッ……アタ……ゴ……キュルル……』











 気が動転していた愛宕は間違えて、スピーカーのボタンを押してしまっていた。不気味で怖気の走る声が、暗い院内の廊下に響き渡る。



『アナタ……キュルルルルルルル……ッ。アナタ……キュルルルルルルル……イノ……ッ。あナた……キュルルルル……シ……ルルル……ッ。あなタ……キュルルルルル……ニタ……ルル……ッ。アなた……キュルルルルルルル……ッ。あタ……キュルルルルルルル……ッ。ア……ゴ……キュルルルルルデショ……ッ。あナナナた……キュルルアカ……ルルルルル……ッ……アタ……ゴ……キュルル……』



「うわあぁぁー! やめろー! 気持ち悪い!」



 思わず出た叫びともにスマホを取り出し、咄嗟に終話ボタンをタップする愛宕。


「何なんだよ! こんな時に!」


 あかぎの急逝の場に水を差され、瞬時に怒りをあらわにする愛宕。だがその怒りも、不気味な冷酷さで水さえ凍てつかせるように、次第に怒りから怯えに変わってゆく。


「またあの気持ち悪い電話か!? なんでまたお前に?」

「わからないよ……」


 高雄が問いかけた時、既に怒りは消え、怯えしかない愛宕。その様はサンタに従順なトナカイのよう。


「取り乱してごめんね。ちょっと外の空気を吸ってくるよ」


 愛宕はそう言ってこの場から逃げるように外へ出た。しかし何故あの電話がまた?……と、しばらく考え込んだ末、高雄は愛宕を追いかけようとしたその時、外から強烈な轟音が響き渡り、その後、何かに勢いよくぶつかる音がした。


「何だ!? 今の音!?」


 驚き、駆け足で外へ向かう高雄。外に出たそこには、滑走した橇の跡を遺すように刻まれたタイヤ跡。その先には、車体側面に『Merry X'mas』とプリントされた1台の車。無造作な位置に止まり、ボンネットは大きく凹んでいる。そして、そこから離れた所に、ぐったりと横たわる愛宕の姿があった。辺り一面は純白クリームのような白銀の雪景色。所々、生クリームの上に盛り合わせた苺のような赫き染み。点灯したブレーキランプが蝋燭の火のように周囲を照らす。皮肉にも望まぬ形の等身大クリスマスケーキがここに完成してしまった。


「あたごおぉぉーーー!」


 静寂の夜に虚しく響く教会の鐘のように、高雄の叫びが響き渡った。





 愛宕は緊急治療室へ搬送されたが、既に手の施しようがなかった。赤城に続き、愛宕までも犠牲になったこの現実を受け入れられず、ただひたすら嘆く高雄。院内の廊下で只一人壁にもたれかかっている。


「愛宕まで……なんでこうも続けて……」


 未だ続く惨状に怯え続けると同時に不審に思う高雄。これまでの経緯を振り返り、ある出来事が脳裏に浮かぶ。











『アナタ……キュルルルルルルル……ッ……………』

「そうだ! あの電話だ! あの電話に何か……」


 2人に共通した異変は例の電話以外にないと目星をつけた高雄は、今一度恐怖に襲われる。


「2人がこうなる直前には、あの電話があった……」


 ということはいずれ俺も……と考えると、段々と全身が震えていく。豪雪の中、必死に寒さを堪えるように。その震えに加わるように、高雄のポケットも震え出す。


「? 電話? 誰から? !? まさか!?」


 一瞬抱く謎から、恐怖の予感に瞬く間に様変わりする。恐る恐る画面を見ると、繁華街の公園で見たあの番号だった。震えが止まらない高雄、だが同時にこのままただ逃げる訳にもいかないと意を決し、指をビクビクさせ、通話ボタンをタップする。











『アナタ……キュルルルルルルル……ッ。アナタ……キュルルルルルルル……イノ……ッ。あナた……キュルルルル……シ……ルルル……ッ。あなタ……キュルルルルル……ニタ……ルル……ッ。アなた……キュルルルルルルル……ッ。あタ……キュルルルルルルル……ッ。タ……オ……キュルルルルルデショ……ッ。あナナナた……キュルルアカ……ルルルルル……ッ……タカ……オ……キュルル……』











 友を犠牲の闇に引き摺り落とした元凶からの電話最期の予兆。その電波はこれまで赤城から愛宕へと伝播した。あまりの恐怖で、何も答える事が出来ず、ただひたすらに怯え、聴くしかなかった。











『アナタ……キュルルルルルルル……ッ。アナタ……キュルルルルルルル……イノ……ッ。あナた……キュルルルル……シ……ルルル……ッ。あなタ……キュルルルルル……ニタ……ルル……ッ。アなた……キュルルルルルルル……ッ。あタ……キュルルルルルルル……ッ。タ……オ……キュルルルルルデショ……ッ。あナナナた……キュルルアカ……ルルルルル……ッ……タカ……オ……キュルル……』











 ひたすら時が経過し、日が昇りかけの時刻。まだ、無慈悲な羅列の声は続いている。だが、電話の声に少しの変化が垣間見えた。











『アナタ……ギュルルルルルルル………………』











 電話の機械音が少しゆっくりとした低いものに変わった。滑走の速度を落とすと摩擦音が変化するように。しかしまだ、内容は聴き取れない。その音声がしばらく続いた。

 そして、











『アナタ……ギュルルルルルルル……イノ……ネッ?』











 今度は機械音の最後がはっきりと聴き取れた。何かを問いかけている。そんな感じだ。そのパターンも長く続き、さらに変化か訪れる。











「あなタ……ギュルルルルルルタイノねっ?……」











 何をしたいのかを尋ねている……。そんな感じになった。

そして、言葉の全貌が明らかになる。


















「あなた……シニたいのね? タカオくん……あなた……シニたいのね? タカオくん……」

















 黄泉の世界へと導く問いかけ。赤城と愛宕は、結果的にこの手招きに身を任せてしまったと確信する高雄。言葉が流れている間、一連の出来事が走馬灯のように反芻する。




「もっしも〜しぃ〜? 赤城ですよぉ〜っ うん、そうだよぉ? …………うぅん? うん、だからそうだって言ってんじゃんよ!」

「いや、多分女だと思うんだけどよ、変な声で……ずっと名前訊きいてくんの。そうだっつっても、ずっと」


『あなた……シニたいのね? アカギくん……』

「だってしょうがねぇじゃん、訊いても答えねぇんだからよ……」




「ごめんね……気づかなかったよ」


『あなた……シニたいのね? アタゴくん……』

「うわあぁぁー! やめろー! 気持ち悪い!」




 いよいよ自分の番が来たと、ただひたすら怯える高雄。だが、そんな中で徐々に自我を取り戻し、1つの仮説に達する高雄。

 この状況、2人の時と酷似しているが、決定的に違う点がただ1つ。それは、電話の問いかけ内容。2人の時は内容が聴き取れる前にこちらから切ってしまった。だが、今は、はっきりと聴き取れる。


「あなた……シニたいのね?」


 2人の末路は、この問いかけに答えずに切ってしまった事が原因。そう仮説を立て、震えながら、スマホを握り、ゆっくりと問いかけに対する返答を口にする。それがせめてもの友の弔い合戦になる、そしてこの窮地を脱するたった1つの手段生き残る道と信じて。
















「俺は……俺は……俺はっ! 生きたいっ!」















 身体の底から声を絞り出すように最期の一言を放つ高雄。電話口の相手は即座に黙る。しばらくの沈黙の後に…………。
















「カチャッ……ツーッツーッツーッツーッ……」
















 電話は向こうの方から切られた。高雄は全ての力を使い果たし、クリスマスツリーに積もった雪が落ちる勢いでうなだれるように床に座るように崩れ、そのまま意識を失った。







 12月24日クリスマスイヴ。例年、豪華な食事を親しみのあるメンツで楽しむこの深夜。今年も例に漏れず3人でパーティをするはずだった。だが今年は生き残り高雄只一人。一緒に祝うはずの2人は傍にいない。例年の食卓の賑やかさは、友を弔う礼拝のような静けさに様変わりした。勝者ただ1人のみが味わう寂しさに打ちひしがれる高雄。それでも、例年通り、自室に豪華な食事を食卓に並べ、少しでも気を紛らわそうとする。高雄はふと2人との会話に想いを巡らせる。



「よう高雄、愛宕! 今日も行くだろ?」

「うっせぇよ! 来年になりゃ就活でこんな遊べねぇじゃんよ。今の内に可愛い彼女作っときてーの、俺は!」

「そうこなくっちゃな! 持つべきものはやっぱダチだな!」

「うぅ……、うるへーッ!! K大女子だぞ!? そりゃ期待するに決まってんじゃんよッ! お嬢様大学のコ達がこんなとこ来りゃ、そりゃソレ目的だって思うじゃんよぉーッ!!」

「……明日も付き合ってくれる?」



「赤城……お前、明日も付き合えって言ってたじゃねーかよ!」



 視界を少しずつ曇らせながら、赤城に問いかける高雄。そして、今度は愛宕の事を巡らせ、訴えかける。



「まあ? 来る女のコ達のレベルが高いことは認めるけどね」

「その代わり、僕らの時にも協力してよね?」

「ほんとだよね」

「どうせナンパでできた彼女なんて長続きしないって。もう充分飲んだでしょ?」



「愛宕……僕らの時も協力しろって言ったよな……もう協力できねーじゃねーか!」



 もう叶うことのない事に嘆きの一言を漏らす。その問いかけが2人に届く事はない。だが、高雄は2人の声が聞こえた気がした。






「よう高雄、愛宕! 今年もやるだろ?」

「僕らの時にも協力してよね!」






 高雄の中では今でも確かな友情と、互いへの信頼が笑顔となって咲き誇っていた。 こうして生きていられる事、消える事のない赤城と愛宕との想い出。これこそが今年のクリスマスプレゼントかもしれない。そう自分に言い聞かせる。その食卓3人の仲は今も確かに存在する……最後の男高雄の眼にはそう映し出されていた。



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