異世界転移先で鍛えまくる〜戦うばかりが兵法じゃない!

カイ艦長

異世界転移先で鍛えまくる

プロローグ

プロローグ 転移のきっかけ

 私たちは、本物のヒーローに遭遇した。


 真夏のうだるような暑さも日が沈んで若干の過ごしやすさを感じる。

 サングラスをかけた三つ年上で友人のとともに幹線道路の交差点で横断歩道の青信号を最前列で待っていた。


 なか絵美子は国際的に高く評価されている歌姫で、天与の才を持った本格派だ。出す曲はことごとくランキング一位となり、日本語でしか歌っていないにもかかわらずアメリカやヨーロッパでもトップクラスの売上を誇っている。

 世界でも知らない人はいないほどの人気者だ。まさに女神の吐息ともいうべき美声である。

 なんでも所属事務所の社長から猛烈なアタックを受けているらしい。しかし絵美子は結婚をするつもりがないそうだ。


「ねえ、。今晩はうちに寄っていくでしょう。ちゃんも楽しみにしているわ」

 絵梨香とは十二歳離れた絵美子の妹だ。中学二年生で現役のアイドル歌手であり、アニメの主題歌を担当して、その界隈では姉に劣らぬ人気がある。

 とくに歌ったアニメが世界的に評価されたため、国際的にも「エリカ」の名が知れ渡っているほどだ。

 絵美子とは曲のリリース時期をズラしたため、絵梨香のアニメソングがランキング一位を獲得できたのである。

 絵美子からは妹の面倒を見るために、結婚をあきらめたと聞いている。今結婚すると中学二年生の女子が独り暮らしをしなければならなくなるからだ。


「絵梨香ちゃんも今度ドラマの仕事が入ったらしくて、真希から心得を聞きたがっているのよ」

「へえ、どんなドラマなの」

「たしか学園ドラマで女子中学生が主人公のラブ・ストーリーらしいんだけど。絵梨香ちゃんは主人公の友人役で、主人公と演技で絡むそうよ。だから真希に相談したいんだって言っていたわ」


 芸能界ではつじもとリウの名で俳優として活動している。今二十三歳だが、芸能界は三十前に引退して幸せな家族を築きたいと願っている。今のところめぼしい男性はいないが、男性芸能人から言い寄られること甚だしい。

 辻本リウとしては愛想がないように振る舞っていて演技に真剣に打ち込むタイプを装っているが、仕事の依頼が切れたことはない。それなりに人気と実力のある俳優だと自負している。

 今はすっぴんのかわ真希としてサングラスをかけてつばの広い帽子をかぶっていた。


「まあ、演技なんて役に入り込めば自然とできるものなんだけどね。詳しくは今晩会ってから話せばいいか」

「頼むわね、真希」

「任せなさいって。それより絵美子は最近なにかあったのかな。まだ社長から求婚されているとか」

「その話は言わないでよ。言い寄られても受けるつもりはないんだし」

 絵美子はこの手の話にあまり触れてほしくはないようだ。


「もったいないわよね。これほどの美女が生涯独身を貫こうだなんて。男遊びでもしているのならわからないでもないんだけど、身持ちも堅いしね」

「少なくとも絵梨香ちゃんが成人するまでは結婚しないつもりよ」

「ということは三十歳までは、か。それなら結婚もできそうね。きちんとお付き合いして合う合わないを見極めてからだと晩婚にはなるでしょうけど」

「まあ、十八で独立できるかどうかは別の話でしょうけどね。当分は私が面倒を見てあげないと」


 絵梨香がお姉さん子なのか、絵美子が妹っ子なのかはわからない。

 少なくとも絵美子は絵梨香の世話をするのに抵抗がないようだ。

 ときどき地方や海外のコンサートへ出演するときに私に預けることはあっても、それ以外のときは絵梨香の世話を欠かさない。


「それより、真希はどうなの。いい男性を見つけたのかしら」

「全っ然。これという男性はひとりもいないわね。私の要求ってそんなに高くないんだけどなあ。年収億超えとか、容姿端麗だとか、高学歴だとか。そんなことは望んでいないんだから」

「やっぱり裏の顔が問題なのかも。真希と辻本さんって望んでいるものが違って見えそうなのよね。辻本さんは孤高の女優だから高望みしても寄ってくると思われているんじゃないかな」

「まあ三十過ぎたら蜘蛛の子を散らすように逃げていくんでしょうけど。それまでには本命を作りたいところよね。三十前で引退したいから、これぞという人と一、二年付き合って二十九歳までに結婚だと、あと四年くらいしか余裕がない。なんで現れないかなあ、私の王子様。いいえ白馬の騎士でもいいわね」

「まあこのさばさばした印象から、すでに付き合っている男性がいそう、というのが状況を悪くしているのかも」

「なによ、絵美子。私の素が受け入れられない男に、私の価値がわかるもんですか」



 そんな他愛のない話をしていたとき、隣にいた絵美子が赤信号なのに車道へと突然飛び出した。キャッと思わず声を漏らしている。絵美子はパンプスを履いているので、すぐに踏ん張れず体勢を立て直せない。その場でくるりとターンした。その勢いでサングラスが外れて飛んでいく。


 絵美子がいた場所にはスーツのジャケットの袖からのぞく両腕があったので、おそらく何者かに突き飛ばされたのだろう。

 車道へと倒れていく絵美子は私に向かって右手を伸ばした。絵美子へ向かって大型トラックがアクセルを緩めることなく近づいてくる。

 突き飛ばした犯人を取り押さえるか絵美子を助けるかわずかの間逡巡してしまった。そして私が反応するより早く、反対隣からスーツを着た男性と思しき人が絵美子の右手首を握りしめた。


 そして奇跡は起こった。


 車道へと落ちて今にも大型トラックに轢かれそうになっていた絵美子と、彼女の手首を掴んだ男性とか瞬時に入れ替わったのだ。そのまま男性が車道へと倒れていき、絵美子は弾き飛ばされて彼がもといた信号待ちの列に放り込まれた。大型トラックはクラクションも鳴らさず減速することもなく、いやむしろ加速しながら彼に突っ込んでいった。


 ドガン、ガガガガ。


 大きな金属が凹んでなにかを巻き込んだ音を立てて大型トラックがそのまま走り去ろうとしている。大型トラックのナンバープレートを確認しようと通り過ぎていく車体を確認したがナンバープレートは付いていなかった。


 絵美子を救った男性は、トラックの巨体に隠れて姿が見えない。

 そのまま大型トラックはさらに加速しながら交差点を後にした。ねられたはずの男性の姿は路上には見えない。

 ただ、大型トラックが通り過ぎた後、車道にあるマンホールの蓋がひとつ無くなっていた。


 私はそのとき、なにが起こったのか、とっさにはわからなかった。

 ただ、絵美子が何者かに突き飛ばされて、見知らぬ男性が彼女を助け、身代わりになって大型トラックにかれた。それだけは理解した。


 交差点の信号が青になっても、私たちは横断歩道を渡ることができなかった。





(次回、第1章が始まります)

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2024年11月30日 18:30
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