20 密談

 王都で案内された宿は、なかなかに立派なところだった。

 ドアの前に制服を着た男がいて、出入りする人々をチェックし、ドアも開けてくれる。都に出入りする裕福な商人や官僚などが利用している宿らしい。


「すごーい! この絨毯じゅうたんふかふか!」

「足音が全然しないね!」

 セレとエリスは少しはしゃいでいる。華やかな王都の高級宿に泊まるのだ、嬉しくて仕方がない。

 ここにもザイベリー家の護衛がついて来ている。セレとエリスは二人一緒の部屋で、着くなりさっそくベッドに倒れ込んで柔らかさを堪能たんのうしている。

 イネスは階の違う一人部屋でさっそく風呂に入って汗を流した。


 ザイベリー家の護衛がセレたちの部屋のドアを叩く。

「はあい、どうぞ」

 ドアが開くと、護衛は伝言を伝えた。

「明日は少々出かけるところがありますので、その場所にふさわしい服を着ていただきます」

 そう言うと後ろから、たくさんの大きな箱を抱えた女性たちが入って来た。

「彼女たちが見繕みつくろってくれますので、試着してください」

 護衛が部屋から去ると、女性たちは箱からふわふわしたドレスを出し始めた。

 

「わあ、きれい〜」

「すご〜い!」

 二人は大喜びで、次々とドレスを試着する。

 セレが青いドレス、エリスがピンクのドレスに決まり、鏡の前に立つ。

「すてき! 私たちお姫様みたいね」

 今度は、ドレスに合ったネックレスとイヤリングも選ぶ。

 二人はすっかり夢中になった。

 靴を選んで、髪もさっと結ってもらう。淡い化粧を施されてお互いを見つめ合う。

「別人になったみたいね」

「ほんと、ほんと」


 ドアがノックされると、護衛に続いてアンドリュー様が入って来た。

「アンドリュー様!」

「お二人ともすっかり美しくなられましたね。明日は朝からこの衣装で出かけますから、そのおつもりで」

「はい」「はい」

 二人は仲良く返事をした。

「今日は一旦、衣装を脱いで着替えてください。食事を部屋まで運ばせますから」

「はい、ありがとうございます!」


 * * *


 イネスの部屋にも、燕尾服えんびふくの男が現れて衣装をあてがわれた。

 夜の正式な晩餐ばんさんの衣装を着せられ、

「バロッティ殿、こちらへどうぞ」

 と護衛の男が先に立って案内して行く。

 宿の二階の広い食事室へと案内された。人々がさんざめき、たくさんのテーブルで豪華な衣装を着た客人たちが食事を楽しんでいる。そのホールの奥にカーテンで仕切られた小部屋があった。

「どうぞこちらへ」

 僅かに開けられたカーテンの奥で待っていたのは、ザイベリー侯爵の弟アンドリューだった。


「兄からはあなたを見張っておいてくれと頼まれたのですが、どうせなら一緒に食事をしようかと思いまして」


 歳の頃は十四、五と思えるが、話し方は年齢を感じさせない。

「よいのですか、監視対象と食事など?」

「大丈夫でしょう。お嬢さんたちを手元に置いていますので」

 あんに、彼女らを人質として確保していると言いたいのか。


「……そうですか」

「ところで、兄はあなたたちに何をやらせようとしているのですか?」

「……ご存知ないので?」


 十日ほど前、兄が突然領地に帰って来た。

 兄は大層機嫌が良さそうで、最近手に入れたと言う魔石を自慢げに見せて来た。初めて見る淡いブルーの『魔真珠』は頭の中をフワフワと高揚させた。

『このような物をどこで?』と問うと、『面白い女を見つけたんだ』と得意げに話してくれた。

『その女は “魔石を匂いで嗅ぎつける力” がある』と言い、『これで一生魔石に困らない』と高笑いしていた。

 いったいどんな女なのだろうと思って着いて来てみれば、前にブラックジャック洞穴で会ったことのある娘だった。

 自分の方が先に会っていたのに、気付けなかった。


「ええ、我が家も一枚板ではないのですよ。兄は自身の出世に熱心でしてね」

「それでは尚、知らない方が良いのではないですか」

「それがねえ、どうも嫌な予感がするのです……貴殿は何者なのですか?」

 アンドリューは何か言いたげな、含みのある表情をした。

「俺など取るに足らない旅の冒険者にすぎません」

「ハハッ、ご冗談でしょう。一度の探索で魔真珠と魔琥珀をあれだけ見つけられる人なんていませんよ」


 前菜とワインが運ばれて来た。

 グラスにワインが注がれる。

「ひとときの平穏ですよ。召し上がってください」

「……いただきます」

 イネスはワインを一口飲んだ。芳醇な白ワインが鼻腔を刺激し、口の中を僅かな甘みと酸味ののある液体が通過して行く。


「貴殿の知っていることを教えてくださるなら、私にも何か協力できることがあるかもしれませんよ。兄ほどの力はありませんが、私にも伝手つてはあります」

「……俺は頼まれたことをやるだけです」

 アンドリューはイネスを観察する。


 以前、領地の洞窟で見かけた時も、この男は得体が知れない感じがした。だが、あの二人の娘たちはこの男のことを信用しているように見える。何故、それほどなついているのか、不思議なほどだ。

「兄があなたたちに何を探させようとしているのか知りませんが……これは確実かと思います。……仕事が終わった途端に、あなたは殺されますよ」


 グラスを持った手が止まる。

 畳み掛けるようにアンドリューの言葉が続く。

「兄と一緒にいる、あの黒騎士を知らないでしょう。あの男は残忍です、容赦無く殺すでしょう。まあ、そのためにそばに置いているのですよ」

「ですが……約束しました。終わったら無事に帰す、と」

「信じますか、あの兄を? もしそうなら、人が良すぎますよ」

「………」

「私が兄なら、貴殿は殺して、赤毛の娘は一生利用し、もう一人は人質にしますね」

 

 イネスは絶句した。もし、この少年貴族が言う通りなら、もう自分たちは蜘蛛の糸で絡め取られた羽虫ではないか。

「それが事実としたら、あなたは手を貸してくれるのか。あなたに何の利が?」

 

 アンドリューは先ほどから、何故自分はこの男に興味を持ってしまったのか、と問うていた。

 それはあの娘たちのせいかもしれない。

 普通、流れ者の他国の冒険者など、若い女性が気を許していい相手ではないだろう、なのに何故彼女たちはこの男を信用しているのか?

 この男に信用に足る何かがあるということだろうか?


 反面、よく知っている兄は、あの一見優しそうな顔の裏は真っ黒なのだ。

 家族や兄弟にも興味がなく、自分が思ったように好き勝手する。利用できるものは全て利用し、着実に上り詰めて行く兄を知っている。親友ですら陥れる男なのだ。


「自分でも意外なのですが、あの娘たちを帰してやりたいと思いませんか? 平和に暮らしている者が、人の都合で踏みにじられるのが我慢できない、というか。そう言うことを平気でする兄たちが不快なのです」


「……あの娘たちを帰してやりたい、という点では俺も同じです。あの娘たちは、こんなことには巻き込まれるべきじゃなかった。巻き込まれたのは俺の配慮が足りなかったからだ」

「責任を感じているわけですね」


「今回の探索は危険だ……兄侯爵様が我々に依頼したことは、ある魔石の探索です。その石は『聖剣アルカンディア』に付けられているものと同じ石、場所は隣国モルガニアです」

 アンドリューの青い瞳が大きく見開かれた。


「ほう、それは興味深いですね……聖剣アルカンディアは戦争の後、宝物庫に入ったままで見たものがいない、と聞きます。おそらく……その魔石がなくなるとか、壊れるとかしたのではないでしょうか。その魔石は戦争中にモルガニアの国王からディヤマンド王に贈られたものだそうですから、無いと困るんでしょうね」


 なるほど、誰にも知られてはいけない国家の秘密なのだ。国家統一のシンボルとも言うべき聖剣アルカンディアに、モルガニア国王から贈られた石が無い、などとあってなならぬことなのだ。確かにそれを知ってしまったら、秘密を守るために殺されるのも道理かもしれない……。

 イネスは改めて、自分たちが巻き込まてている問題の根深さを感じて、身体中から力が抜けてゆく気がした。

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