19 夕日に染まる王都

 イネスは表情を整えてギルドマスターの応接室を出た。

 心中はとても穏やかとは言えないが、それを顔に出すことは許されない。


 セレとエリスが待っているはずの会議室に向かう。

(さて、何と説明しようか……)


 息を深く吸い込んで、部屋の前に立った。ドアをノックして開く。

「イネス!」

 セレとエリスの心配そうな顔が目に飛び込んで来る。


「もう、どうしたかと思っちゃった!」

「大丈夫? ひどいこと言われなかった?」

 本当にいいたちだ。

 

「いや、詳しく聞かれただけで、説明したらわかってくれたみたいだ」

「そうなの? よかった〜」

「それどころか、褒賞ほうしょうとして王都に招待された。一週間後に出発するって、馬車も手配してくれるみたいだ」

 イネスは胸の奥がチクリと痛んだ。

 

「そうなの?」

「ええーっ、どうしよう仕事。まさか断れないよね……」

 エリスは嬉しいような反面、困ったような思案顔だ。

「王国貴族からの招待だから、断れないと思うな」

「そう、そうよね……」

「エリス、いい機会じゃない。こんなことでもなければ、王都になんて行けないわよ。貴族様に招待を受けたって言えば、休みももらえるわよ!」

 セレはエリスと王都に行けるのが嬉しいようだ。


 イネスは先ほどの取引を胸の内にしまい込みながら、二人を巻き込んでしまうことに申し訳なさを感じた。

(本当のことは言えない……しかし……)


「それじゃあ、準備しなくちゃね! 新しい服でも買いに行こうよ。ね、エリス!」

「そうね。父と母にも相談してみるわ。いいって言ってくれるといいな……」

 セレはもう行く気満々のようだ。彼女なら誰が反対しようとも気にしないのだろうが。エリスのために、ここはもうひと押ししたほうがいいだろうか?


「エリス。今回の招待は、国の財務を担当するザイベリー侯爵様直々じきじきのご招待だ。もし、ご両親への説得が難しいなら、ギルドマスターのストレング殿に話をしてもらえばいい」

 そう言うとエリスは、こくんと嬉しそうにうなずいた。


 * * *


 一週間後の朝、ギルド前にはまた、あの豪奢な黒い馬車が停まっていた。前と違うのは、その後ろにもう一台、少し上等な茶色の馬車が続いているところだ。

 前方の馬車には言うまでもなく、ヴァンデンブラン子爵とザイベリー侯爵が乗り込んでいる。前と違う点はもう一つあった。護衛が更に二人増えている。

 なぜだろう、と眺めていると前の馬車から一人の少年が降りて来た。

 護衛の男が動く。増えた護衛はこの少年のためだと気づく。

 そして近付いて来た少年の顔にも見覚えがあった。


 見送りに出ていたギルドマスターも気づいたようで、すぐに頭を下げた。

 

「こんにちは。お嬢さんたち、また会いましたね」

「……! アンドリュー様、お久しぶりでございます。いつぞやはお助けいただきありがとうございました!」

 

 セレは目の前の金髪碧眼の少年が、あのブラックジャック洞穴で会った貴族の少年だったとすぐに気がついた。

「今回は、大変珍しい魔石を見せていただけると言うことで、兄に無理を言って付いて来てしまいした。王都までご一緒させていただきます」

 アンドリュー・ザイベリー伯爵子息は兄と似た髪色・顔立ちだが、若いせいかやや活発で元気な印象がある。


「ご一緒させていただきますこと、光栄でございます」

 イネスが答えると、アンドリューの目がチラリとイネスを見据えた。


 アンドリューが馬車に戻って行くと、ギルドのみんなに見送られて、セレたちも後ろの馬車に乗り込む。それを見守っていた黒騎士が先導して、馬車は走り出した。


「イネス、アンドリュー様は『伯爵』と言ってらしたけど。どうして兄君の方は『侯爵』なの?」

 セレが疑問に思ったことを口にした。

「それは、兄の侯爵の方が異例の出世をしているってことだろうな……」

 イネスは他国の貴族の制度まで詳しいのか、セレは感心する。


「この国では貴族は世襲せしゅう制だ。だが、個人で何か特別国に貢献するようなことを何度かすれば、爵位を賜ることも有り得る」

「そうなんだ……知らなかった。と言うことは、あの侯爵様はかなりの切れ者、ということね!」

 

『魔真珠』のことを嗅ぎつけただけでなく、その裏にセレのような冒険者の存在を見つけ、他国の王子の正体を暴き、逆にそれを利用する……ただ者でないことは明白だ。イネスは胸に苦々にがにがしい思いが広がるのを感じた。


 それから三日、昼はひたすら街道を走り、夜は宿屋で休むという規則正しい日が続いた。セレとエリスは、日がな同じ姿勢で馬車に揺られるというのも、体力を使うのだと初めて知った。おまけに全く自由というものがない。自分たちの遠征の時のように、好き勝手に停まって道草を食ったりはできないのだ。


 それでもセレとエリスはお互いがいてくれて、本当に良かったと思った。イネスが一緒なので遠慮はあるが、遠征の思い出話や、これから行く王都での楽しみなど、いくら話しても足りないほどだった。


 三日目の夜、明日はいよいよ王都に入るという晩、三人の泊まっている宿屋には監視のためか、ザイベリー家の護衛が一人、一緒に泊まっていた。以前、ブラックジャック洞穴でアンドリューの護衛をしていたとおぼしき男だ。


「ザイベリー侯爵様がお呼びです。支度をしてください」

 夕食を食べてのんびりとしている時間だったので、慌てて着替える。

 宿屋の前で護衛の男が待っていた。男について行くとまた馬車に乗せられ、どこかへ連れられて行く。

 

 石積みの門に架けられた、大きなアーチをくぐった。

 そこから更に真っ直ぐ馬車で並木道を走ると、立派な屋敷が見えて来た。

 屋敷前の車寄せに馬車が寄せられる。


 中から黒い燕尾えんびのお仕着せを着た家礼が出て来た。

「お連れしました」

 ザイベリー家の護衛が言うと、馬車から降りたセレたち三人は燕尾の家礼に案内される。

「ここは、どこなのかしら?」

「貴族様のお屋敷よね……」

 セレとエリスが小声でヒソヒソとやりとりをしている。


 長い廊下を進み、ある部屋の前で止まった。

 コンコンコン、家礼が扉を叩き『お連れしました』と伝える。

 ドアが開くと別の従者に中に案内される。

 奥の長椅子に、ザイベリー侯爵とヴァンデンブラン子爵が座っていた。


「来たね、君たち。明日からのことを少し話しておこうと思ってね」

 ザイベリー侯爵が、あの柔らかな声で話しかけてくる。

「ここは、ヴァンデンブラン家の領地屋敷でね。ちょうど良い場所にあるから、我々はこちらに来たんですよ。まあ、そちらに掛けたまえ」


 うながされて、三人は向かい側に置かれた長椅子に三人で座った。

「さて、バロッティ君。彼女たちにはどこまで話しました?」

 そう言われてイネスは、重い口を開く。

 

「まだ、何も。“褒賞ほうしょうとして王都に招待された” とだけ……」

「おや、そうですか。意外と慎重ですね。それでは、私から説明しましょうか」

 セレとエリスの目が戸惑ったように丸くなった。

 そんな二人の様子を楽しむように眺めた侯爵は、おもむろに話を始めた。


「観光気分で来ていただいて申し訳ありませんが、あなたたちにはお願いしたいことがあります。

 我々は以前から、とある魔石を探しています。それがなかなか見つからず困っておりましてね。それで今回、バロッティ君に探索をお願いしたのですよ。もちろん、それにはあなたたち二人の協力がなくてはなりません。

 私から、『お二人にはこのことを伝えなくても良い』と言いましたので、こうして来ていただけたわけです」


「……イネス、本当なの?」

 思わずセレの口から言葉が漏れた。

「お嬢さん、本当ですよ。バロッティさんは、あなたたちに身の危険が及ぶことを危惧されたのでしょうねえ」

 なにか、物騒なことを言っている……? その瞬間にセレは、自分たちの身の危険を回避するために、イネスがわざと言わなかったのだと理解した。


「それで、どんな魔石を探せばいいんですか?」

 セレが我慢できずに尋ねると、侯爵は嬉しそうに応えた。

「そんなに積極的に聞いていただけるとは、感激ですよ。あなた方にはお隣の島国モルガニアに行っていただきます」

「モルガニア、外国ですか……?」

 エリスがく。

「そうです。我がディヤマンド国王の王妃、ヘリオドール様の故郷モルガニアです。あちらは寒いそうですが、火山がありましてねえ。冬でもそのあたりは水も凍らないそうですよ」


 セレとエリスはディヤマンド王国から出たことがない。初めての外国だ。外国と言ってもモルガニアは、ディヤマンド王国との関係も深いので、言葉も通じると聞く。

「なに、心配することはありません。明日はいったん王都に寄って準備を整えてから、三日後くらいに出発としましょう」


 気軽に言ってくれるではないか……。

 今考えれば、大変な魔石、魔真珠だが……を見つけてしまったものだ。そのために面倒なことに巻き込まれている……。

 セレは魔真珠を見つけてしまったことを初めて後悔した。今まで魔石を見つけた時は喜びしかなかったものだが、今や三人が、そのために何やらおかしなことになっている。

 

 この晩の話はそこまでで、また宿屋まで送り届けられた。

 帰りの馬車では、皆黙り込んでしまって何も言い出せないままだった。


 翌朝出発して、夕方にはぐるりと城壁に囲まれた王都の門をくぐる。

 紋章のついた馬車に連なっているせいか、黒騎士が付いているせいか、特に停まることもなく通り過ぎる。

 夕日に染まった王都は活気に満ちていた。

 

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