14 海への遠征ー3
「すごく潮が引いたわね」
「本当、昨日見たよりもっと引いてるわ」
セレとエリスがそんな会話を
宿屋に戻って昼食を済ませた後、一行はまた海岸へ出かけた。
昼食前に見た時より、また一段と潮が引いている。
「これなら歩いて行けそうだな」
イネスがそう言いながら、岩場を歩いて行く。
セレとエリスはその後ろをついて行く形だ。
起伏のある岩場を海に向かって歩いて行くと、様々な生物が
「どうだ、何か匂わないか?」
「う〜ん、今のところは何も……」
魔石の匂いがすれば、
美味しそうな
セレは感覚を
「……次の岩場に行ってみましょうか?」
“ここには何も魔石がない” そういう意味だろう。イネスは、
「わかった。次へ行こうか」
と返事して、元来た海岸の方へ歩き始める。
もう一つ今朝下見した岩礁は、横に広く広がった褐色の岩に、緑色の海藻がたくさんへばりついていているところだ。
「ここは海藻がへばりついていて足もとが滑るから、気をつけろよ」
「きゃっ」
言った
「大丈夫か? ほら、つかまれ」
エリスはイネスの手に捕まって、引っ張り上げられる。
「この緑のやつは、すごく滑るんだ」
「……ありがとう、イネス」
セレはもうどんどんと岩礁の先へ歩いていた。潮が引いている時間は短い。
どんどん足で稼がねば……。ここがダメなら、次へ移動しなければいけない。
強い潮の香り以外は何も感じない……。
一行は更に先に行くことにする。先ほど遡って川真珠を獲った川は、
ここから先は未知の領域だ。
大きく
「波に足を取られるなよ。ここはゆっくり行け」
イネスがそう言ってくれるだけで、心強い。
大岩を周り込むと、小さなプライベートビーチのような白い砂浜があった。
その奥は切り立った断崖になっており、その崖の下に大きな
大潮で海の水が引いていなければ、普段は海の中なのだろう。
「あ……」
セレの中に、何かを訴えて来るものが
それは
セレは何の
「おいっ、セレ、待て!」
イネスが走って、セレの手を
「こっち……匂いがする……」
「待て待て、慌てるな。今灯りを
イネスとエリスはそれぞれに、照明石のランタンを点けた。
こうゆう状況に慣れているのか、エリスはセレの腕をガッチリと掴むと、ランタンを前に向けた。
「こっちでいいの?」
エリスが聞く。
「うん、こっち」
イネスは素早く長いロープを用意していた。
ロープの端を近くの頑丈そうな岩にくくりつけると、セレとエリスを追う。
洞窟の全体がほぼ湿っているところを見ると、ここは普段海の中なのだろう。
セレは、匂いに導かれるようにどんどんと奥へ進んで行く。
洞窟はだんだん細くなったり、突然広くなったりした。どの方向にすすんでいるのか、おそらくは陸地の下だろうと予測しているのだが、はっきりとはわからない。
広い場所に出た。光が届かないほど天井が高いその場所は、洞窟の中の
セレはエリスからランタンを受け取ると、その大きな潮溜まりに入ってゆく。
腰の上ほどまでの水深があった。
「大丈夫か? そんなところに入って……」
セレはそのイネスの声がまるで聞こえないかのように、反応しない。
「……こうなってしまうと、セレは何も聞こえないのよ……」
エリスは心配そうだが、
ざぶん、っとセレが潮溜りに潜った。
「おっ、おいっ!」
驚いたイネスが身を乗り出すが、セレは潮溜まりの中を移動して、何かを見つけたようだ。
水の中でナイフを取り出した彼女は、何かに向かって刃を突き立てている。
そのうち息が苦しくなったのか、立ち上がった。
この時期の海水はかなり冷たいはずだ。肩で息をしている。
声をかける間もなく、また潜って行く。
見かねたイネスは、ランタンを傍に置くとセレの隣にざぶりと入った。
岩と岩の隙間に、大きな二枚貝が
イネスはセレの腕を引いて交代すると、周りの岩をナイフで砕き始めた。
ガツッ、ガツッと海水の中で鈍い音が響く。少しずつ砕けているが、いかんせん貝がものすごく大きい。よくこんなところに
何度か
セレが、半分放心したような目でそれを見つめる。
「これ、これに間違いないわ……」
「ほら、二人とも早くあがって!」
エリスに
「悪いけど、急ぎましょう。さっきから水の音がするの!」
干潮がピークを過ぎて、潮が戻り出したのだろう。急がなければここは海の底だ。セレはイネスに支えられながら、ロープを
先ほどまでの目に見えないくらいの水の流れが、勢いを増して増えて来ている。
洞窟の入り口に辿り着いた時、波はもう音を立てて寄せて来ていた。
エリスがリングを
「今のうちに行くのよ!」
エリスは二人を通すと、自分もそれに続いた。
先ほど通ったはずの川は、もはや海と一体化している。
ここは、上流まで川沿いを登って行くしかない。
濡れた服がどんどん体温を奪ってゆく。セレは寒さで歯の根が合わず、ガタガタと震えている。
イネスが急に立ち止まった。
「エリス、俺の剣を持ってくれるか? 俺はセレを背負って行く」
セレは目を丸くしたが、寒さで手足の感覚がなくなって来ていた。
「わかった。イネス、セレをお願い」
エリスはイネスから剣を受け取ると、肩に掛けた。
「ほら、こい」
イネスはセレに背中を向けて、かがみ込んだ。
「で、でも……」
「セレ! 遠慮してる場合? 早くイネスにつかまるのよ!」
エリスに言われて、セレはイネスの肩に掴まった。
「しっかり掴まれ!」
イネスが立ち上がると、グラリと後ろに体が持っていかれそうになり、慌てて首にしがみつく。
「それでいい、行くぞ」
三人は
橋を越えればなんということもなく、宿屋へ通ずる道に出た。
秋の風は冷たく、濡れた体からどんどん体温を奪ってゆく。季節外れの海での探索、そしてずぶ濡れの二人の冒険者。
彼らを見かけた者がいたら、さぞかし怪しまれたかもしてない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます