12 海への遠征ー1

 エリスライン・マードックはセレスティン・ピアースの親友だ。

 二人の間に『秘密』は存在しない。


「それで、イネスが隠していた魔石は “外見を変える石” で、本当は魔石の島の王子様だった……と言うわけね。ね、それで、見たの?」

「えっ?」

 セレは自分の家の浴室で倒れていたイネスを思い浮かべて、思わずしどろもどろになる。

「み、見たって……何を?」

「イネスの素顔よ、どんなだった?」

「ああ、素顔ね……」

(ああ、びっくりした……顔以外も見ちゃったんだけどね……)

「それが〜、髪は金茶色でこうウェーブがかかっていて、鼻筋がシュッとしてて、目がすごいの。金色なのよ!」

「目が金色……それは見たいわね」

 エリスとセレははぁ〜っとため息をつく。

 本当に別人のようなのだ。


 いつもの黒髪のイネスは、少し近寄りがたいオーラを放っていて、言葉数が少ないイメージだ。身の安全を図るためそうしているのだろう。

 だけど。

 素顔のイネス、いやヘリオスだっけ? は、すごくキラキラしていて、別の意味で近寄りがたい……顔を変えている理由がわかる。あんなに美しければ、女も男も寄って来て面倒なのだろう。


「今度の遠征の時、“素顔が見たい” って頼んでみたら? 見せてくれるかも……」

「えーっ、いいわよ、遠慮する。怖いし……第一イネスに悪いじゃない。偶然見たのなら仕方ないけど、興味本位で『見せて』なんてダメだよ」

「そっかー、それもそうよね」


「それで次の遠征の話、聞いたの?」

「それなんだけど……」


 * * *


「魔真珠? 初めて聞いたかも……」


 ディヤマンド王国は島国である。よって、周りを海に囲まれている。

 海には魚や貝、さんご珊瑚さんごなどのさまざまな生き物がいる。西の大洋から暖流が、北東からは寒流が流れ込むディヤマンドは、以外にも海洋資源が豊富なのだ。


 真珠を作る貝のなかに、まれに魔真珠を作るものがある。

 それは、海の青を映したような青い真珠で、宝飾品としての価値も大変高い。


「それを獲りに行く、ということね」

 イネスの逗留する宿屋の食堂で、一緒に昼食を食べながらイネスが説明を続ける。

「こんなに寒いのに、って思うだろ?」

 口もとにニヤリと薄い笑みを浮かべ、その灰色の目が細くなった。


「そうよ! こんな寒い季節に海に潜るなんて無理!」

 セレは想像しただけで、ぞわぞわと全身に鳥肌が立った。

「それとも、身につけたら体が温かくなる魔石でもあるの?」

「それは、ちょっと聞いたことがないな……」

 イネスはセレの言葉に笑いを堪えながら言った。


「海には潜らない……ちょっと歩くだけだ」

「ええ? 海の上を歩ける魔石とかあるわけ?」

 イネスは我慢できずに、肩を震わせてひとしきり笑ったあと、

「海には、潮の満ち引きというものがある。潮が引けば海の底だった場所も、海の上に出て来るんだ。その時を狙う」

 と言った。


 思いもしなかった、そんな手があったなんて……。セレはイネスの発想に感心した。

「その最も潮が引く “大潮おおしお” の日が、もうすぐなんだ」

「本当? それでもし見つかれば、すごい値で売れるわね! その情報はどこから仕入れたものなの?」

「ここ数日、朝早く起きて市場に通っている。魚を運んで来ている漁師町の者に話を聞いた」

「エリスが休みを取れそうか訊いてみるわね。ここから近い場所?」

「馬車で一日だな。そこで十年ほど前に一つ、魔真珠が見つかったという記録があるそうだ。往き帰りで二日、大潮の日一日、計三日だな。ブラックジャック洞穴よりは近いと思うが」


「今度は一頭立ての馬車でいいかしら? もし、真珠が取れなくても、代わりに何か近くで採れるとか、あるかしら?」

「うーん、どうかな……調べておこう」



 それから数日後、セレ、エリス、イネスの三人パーティは海へと旅立った。

 目指すは岩礁の多い海だ。街道から町や村をいくつも越えて、午後のお茶の時間ぐらいに海が見えた。


「あ、海!」

 何故だかわからないが、滅多めったに海を見ることがない内陸の住人は、海を見るとはしゃいでしまう。

 青く輝く海が、だんだん近くなった。近くなると、防砂林や建物で今度は海が見えない。今夜は、このみなと町で宿を取る。

 手綱たずなを握っていたイネスが馬車を停めた。

 イネスは近くを歩いていた男を呼び止めると、何やら話している。

 ひとしきり話すと戻って来た。

 町に魚を売りに来ていた漁師に教えてもらった宿屋に行くと言う。何からなにまでイネスに任せてしまい、二人は手持ち無沙汰なほどだ。

 宿屋に着いて荷物を下ろしたあと、海岸を見に出掛ける。


 漁船の停泊している漁港を抜けて、岩礁がせり出している場所を目指す。

 潮が満ち始めている。まだ岩礁の大部分は海の上だが、砂浜の濡れて色が変わっているところがもっと上にあるのを見ると、これから夜にかけて満ちて来るのだろう。

 岩礁の上を歩きながら、岩の間や浅い潮溜しおだまりを観察する。


「岩の隙間すきまを観察してみろ、貝がいるだろう」

「わぁ、本当〜! ちっちゃいのがいっぱい!」

「見て見て、エリス。かにがいるよ」

「ほんとだ〜! あ、動いた!」


「おまえたち、……完全に観光気分だな。しおひがり潮干狩しおひがりじゃないんだぞ」

「だって、海なんて久しぶりだもん」


「あっ! ねえ、これって!」

「これは大物だわ。ナイフでそっと岩からがして……」

「今晩のおかず、ゲットぉ〜」

 セレはナイフで上手に、岩に着いた大きな牡蠣かきがしった。

 その後も三人は潮が満ちるまで、食べられそうな貝を獲るのにいそしんだ。


 いつの間にか三人とも靴を脱いで裸足はだしになっていた。砂浜に足を取られながら、夕陽が海に沈むのを眺める。

「きれいだね〜」

「ほんと、きれい」


 のんびり夕陽を眺める二人の後ろ姿をみつめて、イネスは故国に残してきた妹たちを想い出す。

 母が同じ二才下のアクワラとはよく一緒に遊んだものだ。腹違いでその一つ下のモルガナ、さらに二つ下のゴシュア、生意気盛りのペッツォラ、みんな元気でいるだろうか……。

 

 日が沈むと途端に寒くなって来た。

「そろそろ帰るぞ」

「そうだね、寒くなって来ちゃった」

「帰ろ帰ろ」

 たくさん獲った貝を布袋に入れて、足についた砂を払い落とした。

 ブーツを履き直しながら、セレが言う。

「この貝の中に、真珠ないかな……」


 宿に戻って、宿屋の主人に貝を見てもらった。小さい巻き貝以外はみんな食べられるそうだ。桶に水を張って砂を吐かせると言う。食べるのは明日になりそうだ。ついでに真珠を作る貝を教えてもらう。主に大きめの平たい二枚貝らしい。巻き貝は足が出て来てテーブルの上からゴソゴソと逃げ始めた。どうやら、ヤドカリだったらしい。

 

 試しに、それらしい貝をナイフで開いて見た。貝の内側がつるつるとしていて光沢がある。なるほど、これなら真珠が作れるのかもしれない、と思う。

 明日はこの貝を重点的に探そう。



 翌朝、朝早く目が覚めたイネスは海の様子を見に出た。

 まだ薄暗い中、漁師たちが出航の準備をしている。昨日仕掛けた網を引き上げに行くのだそうだ。徐々じょじょに空がしらみ始めた。

 昨日歩いた岩礁のあたりは、まだ浅い海水の下だ。海岸沿いに更に先に進む。褐色の砂浜の向こうは、砂利になった。陸から海に小さな川が流れ込んでいる。川が上流から土や石を運んで来るのだろう。それほど大きな川ではない。海岸では河口がのように広がって、いく筋もの細い筋がわずかな流れを分散している。


 流れを横切って先に進むと、別の岩礁があった。横に広く広がった褐色の岩に、緑色の海藻がへばりついていて足が滑る。

 昨日の岩礁より起伏が激しく、高さがありそうだ。乾いている場所もある。

 岩と岩の間に深い亀裂が開いていて、透明な海の水が波に揺られて、上がったり下がったりしている。この辺りにも貝が住んでいそうだ。


 もう少し先まで海岸沿いを進むと、もう一本の川が見えて来た。

 先ほどの川より川幅が広く、砂浜の上から両岸は木が生い茂っている。

 渡れるところはないかと思い、川沿いに遡ってみると、どんどん傾斜がきつくなって、山につながっているようだ。あきらめて河口に戻る。

 そろそろ日が登ってかなり明るくなって来た、みんなも起きる頃だろう。


 戻る途中、川が運んだ砂利の中に足を取られ、手をつこうとしてふと見ると、気になる石を拾い上げた。

(軽い。……軽石にしては色が茶色だし……気泡もない)

「……琥珀こはく?」

 とりあえずふところに入れ、足早に宿屋に戻った。


「あ、イネス、もう起きてたの?」

 セレが伸びをしながら、声をかけて来た。

「おはよう」

「おはよう、眠れなかったの?」

「いや、そうじゃないが」

「なら、いいけど」

 セレがにっこりする。

「あれ、なんか拾って来た?」

「……なんでわかる?」

「う〜ん。いつもと違う匂いがする」


 まったくこの娘は……どんな鼻をしているんだか。いや、鼻で感じているんじゃないと言っていたな。『脳が、匂いに変換へんかんして感じている』と……。

 イネスはふところを探ると、さっき拾って来た石を見せた。


「軽いね。琥珀こはく?」

 石や砂に揉まれて、表面はすっかり白くなっているが、水を付けて擦ると茶色が現れた。セレが日の下でよく見ようとして気づく。

「あれ、これ青琥珀あおこはくだね。しかも魔石……なんだろう、ちょっと危うい感じがする」

「お前もそう思うか? 幻覚効果とかあるのかもな……」

「……そんなのもあるのね。どう使うのかな……」

「うっかり魔力を流すな。どんな効果があるかわからないぞ」


「おはよう! 二人とも早いね!」

 エリスが起きて来た。

「イネスがさっそく琥珀を拾って来たよ、ほら」

「えーっ、すごい! うわぁ」

 琥珀を持ったエリスの手から、蒼い光がきらきら漏れた。

「エリス、魔力を流さないほうが……」

 エリスの目が見開かれて、表情が固まった。

「エリス!」

 セレが青琥珀を取り上げて、イネスに返す。


「大丈夫、エリス?」

「なんか、見えた……」

「何が見えたんだ?」

「お父さんやお母さん、弟のバスター。それとセレ……」

「ふ〜ん、身近な人とか、見えるのかな?」

「それなら、毎日そばで見てるよ」

「それもそうだね!」


「皆さん、朝食ができてますよ」

 宿の女将おかみさんが呼びに来てくれた。


 食事をしながら、先ほどの青琥珀の話になった。


女将おかみさん、ここいらでは琥珀が取れるんですか?」

「そうだね、ここいらじゃたまに拾えるね。日の下に持ってくると青く光るんだよ、ここらのは」

「さっき、拾って来たんです、小さいのを」

「なにか、見えなかったかい?」

「はい?」

「中にはね、『魔琥珀』が混ざってることがあってね、見えるんだとさ」

「何か見えるんですか?」

「その人の大事に思っている人が見える……とからしいよ。あたしゃ、見たことないけどね、アハハ……」

「そうなんだ!」


 三人はその話を聞いて顔を見合わせた。なるほど、それでエリスには家族やセレが見えたのだ。

(大事な人かぁ。イネスにはどんな人が見えるんだろう……)

 セレは、そっと心の中で思った。


 セレが琥珀を手にした時、一瞬 “金色の目” が見えた気がしたが、気のせいに違いない。

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