赤髪の冒険者セレスティンは、なぜ裏切ったのか

滝久 礼都

1 砂漠の魔女

 腰までもある総白髪、白い睫毛まつげに縁取られたその目は、輪郭だけが薄茶色で、瞳は冬空に見る雲の裏の太陽のように白寒かった。


 この目で見えているのだろうか? と思えるようなのだが、まとっている魔力は女の周りに濃紺色の大きな影のように広がっていて、ゆらゆらと圧倒している。

 その魔力であれば視覚に頼らずとも、周囲を感知できているのかもしれない。


 この世の者なのだろうか……金色に縁取りされた白絹のシンプルな衣装から出ている腕と足は、あまりにも白い。顔だけを見ると少し幼いような気もするが、身のこなしと声は年齢を経た者のようだ。

『魔女』とはこうゆうものなのだろうか……


 近隣の、とは言っても近くに人の住む村や街はなく、枯れかけたオアシスがわずかに存在する砂漠の奥に、その魔女の住む白い神殿があった。


 魔女は様々な魔石と薬草の知識があった。長く生きたお陰ではあるが、有り余る時間をその研究と収集に使った。

 その一つが『飛行石』である。砂漠に眠るその不思議な石は、魔力に反応し、体を宙に浮かび上がらせた。その魔力を使う時、魔女は金色に発光し空を駆ける。

 魔力のある下僕に働いてもらうため、その石を砕いて『飛空艇』を作った。


 時折神殿の屋上から、大きな鳥のようなものが出たり戻ったりしているのは、その『飛空艇』なのだろう。残った破片は自身の装飾品にめ込み、いつでも使えるようにした。



 その白い神殿に住む、砂漠の魔女イシアは、退屈していた。

 長く生きているため、とうに世俗に暮らす者たちのことに興味を失っていた。

 退屈凌ぎと、その身の若さを保つため、砂嵐に遭って遭難した若者を連れて来させ、精をもらう。そんな生活をずっと繰り返していた。


 身の回りの面倒を見させる下僕たちは、人間の姿をさせているが半分は魔物であり、絶対の服従を誓わせている。

 昨日、砂嵐の気配を感じたので、下僕に様子を見に行かせたら、なかなか見目麗しい若い男女を一組連れて来た。

 汚れていたので風呂を使わせ、支度を整えさせたところで対面した。


 男の方は、褐色の肌に金色の目を持った美麗な青年、もう一人は、大陸の西北の白い肌に真っ赤な髪の若い女だった。

 気に入ったので、男の方はしばらく手許に置くことにし、女の方にはどうしたいか尋ねると『男と共に帰して欲しい』と言われた。


 先日までいた男に逃げられて、追っ手を放ったところ、砂漠で亡骸になっているのを発見したばかりだったので、

「それはできぬ。お前がこの男と同等の者を連れてくれば、返してやってもいい」

 と答えた。


 女はしばらく考え込んでいたが、しぶしぶ承諾したので、飛空艇で人の住む場所の近くまで送り届けた。

 それから女がここを訪れたことはない。


 男は美しい身体をしていた。再三に精をくれるよう誘ってみたが、激しく抵抗する。しかたなく拘束し、薬を盛った。

 そこからなし崩しに、心の壁を打ち砕いていった。

 薬の効いている間は、なまめかしく言うことを訊く男だが、薬が切れるとどうしようもなく荒れる。

 舌を噛み切って死のうとするので、また薬を盛って拘束した。

 そんな日が何ヶ月になり、何年になると、やがて男はおとなしくなった。


 諦めたのかと思って少し自由にさせたら、ある日飛空艇を奪って逃げた。

 魔女は、自ら空を飛んで後を追った。

 飛空艇に追いついて叩き落とし、気を失わせてから運んだ。


 今度は一日中、魔力のある香を焚き、正気が保てぬようにして監禁した。

 そして更に

「今度逃げたら、あの女とその家族を見つけて殺す」

 といい含めた。それから、男はまたおとなしくなった。



 最初に対面してから、八年の年月が経っていた。

 魔女イシアからすれば、ほんのわずかな時間だが、八年越しでやってきた赤い髪の女は、ずいぶんとやつれて見えた。


「あの人を返してください! 代わりを連れて来たら、返してくれると約束したでしょう!」

 女は、代わりとなる若く美しい男を連れて来ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る