第26話 一方その頃実家では……《SIDEクー》

 

「ウソ……! おねえちゃんが……ダンジョンで、行方不明……!?」


 ミュルグレイス公爵家の大屋敷。

 領主の執務室にて。


 父から聞いた、姉――フレデリカの顛末に、クーデリアは思わず声を張り上げた。

 

「お父様……! こうしている場合じゃありません! 早く救助隊を遣わせないと!」

「無駄だ。あれが姿を消してから一週間は経過している、もう手遅れだ」

「そんな……!? お父様……! 諦めるんですか!? まだ間に合うかもしれないじゃないのに!? そもそも、何故そんなにのんびりしてるんですか!?」


 クーデリアは父に掴みかかるが、その腕は無情にも振り払われてしまう。

 

「クーデリア。あれのことはもう諦めろ。どのみちスキル《ゴミ》などという出来損ないだ。初めからいなかったものと考えるんだ」

「出来損ないって! そんなの――」

「それよりもお前のことだ、クーデリア。今日お前を呼んだのは、もっと大事な話があるからだ」


 クーデリアの抗議を遮って、父は話を続ける。

 

「クーデリア、お前の婚約が決まった」

「えっ……?」


 父の口から飛び出した思わぬ言葉に、クーデリアは思わず言葉を失う。

 父はそんなクーデリアに構わず、執務室の扉の方を見やり、「入れ」と声をかけた。


 扉が開き、部屋の中に入ってきたのは、白銀のサーコートに身を包んだ、優美な雰囲気の青年だった。

 青年はクーデリアの前で立ち止まると、うやうやしく一礼する。

 

 クーデリアは、青年の顔に見覚えがあった。

 

「あ……あなたは……、フェザリスさま……?」

「やあ、ご機嫌麗しく、クーデリア」


 彼こそは、モールドレッド公爵家の令息――フェザリス・モールドレッド。


 彼の存在と、先ほどかけられた父の言葉が、クーデリアを混乱させた。

 なぜならフェザリスは、姉、フレデリカの婚約者だったからだ。


「婚約って……なんで、わたしが、フェザリスさまと? だって、フェザリスさまはお姉ちゃんと……」


 目を白黒させながら、クーデリアは何とか言葉を紡ぐ。

 しかし父は、そんな娘の様子に頓着することもなく、淡々と口を開いた。


「フレデリカは死んだ。だが、ミュルグレイス家とモールドレッド家で結ばれた縁談は、両家にとって重要な意義を持つ。故に、お前とフェザリスの婚約という形で引き継がれることになった」

「わたしは……お姉ちゃんの代わりってこと……? そんな……、そんなのって……」


 クーデリアは言葉を失う。


(ねえお父さん、なんでそんなに落ち着いているの? お姉ちゃんが死んじゃったかもしれないんだよ? もう二度と会えないかもしれないんだよ? それなのにどうして?)

 

 言いたいことは色々あった。

 しかし、悲しみと混乱とで言葉が口から出てこない。

 代わりに出てきたのは、涙だった。


 そんなクーデリアをなぐさめるように、フェザリスが彼女の肩に手を置いた。


「クーデリア……泣かないで」

「フェザリス、さま……」

「フレデリカのことは、本当に残念だった。彼女の訃報を聞いたときは、僕も自分の身が切り裂かれるような想いだったよ……」


 フェザリスは、肩にかけた手をそっと滑らせて、クーデリアの手を取る。


「けれど、僕も君も、公爵家という大きな家を背負って立つ身だ。僕たちの双肩には何千何万という民の生活がのしかかっている――」


 フェザリスは、彼女の瞳をじっと見つめたまま、言葉を継いだ。

 

「僕たちは未来のために、前を向かないといけないよ、クーデリア。大丈夫、フレデリカを失った悲しみも、二人なら乗り越えていける。そのことを……何よりフレデリカ自身も望んでいるはずだよ。彼女は人一倍優しい娘だったから」

「お姉ちゃんも……望んでいる……?」

「クーデリア」


 フェザリスは、クーデリアの手をそっと自分の両手のひらで包み込んだまま、彼女の瞳をじっと見つめた。

 そして、その端正な顔に微笑みを浮かべると、そっと彼女の下へひざまずく。


「僕が必ず君を幸せにする。フレデリカに注いできた愛を――いや、それ以上の愛を君に注ぐと誓うよ」


 フェザリスはそう言って、まるで騎士が姫君に誓いを立てるように、クーデリアの手の甲へ、そっと唇を落とした。


 その一部始終を見届けたかのように、父が口を開いた。


「そういうことだ。婚約の儀は、二年後――クーデリアの星辰の儀ステラ・ライツを経た後に執り行うことになる。それまでは、フェザリスとの親睦を深めるように」


父はそう言うと、話は済んだとばかりに背を向けて、執務机に着席する。


「お父様――」

「話は以上だ、二人とも今日はもう下がれ」


 父に、それ以上言葉を尽くす様子はなかった。


「さあ、行こうクーデリア。部屋までエスコートするよ」


 クーデリアは、フェザリスに促されるまま、執務室を後にするしかなかった。


***


 フェザリスに送られて、部屋にたどり着いたクーデリアは、灯りもつけぬまま、一人ベッドの上に身を投げ出して、天井を仰いでいた。


 父から告げられた、姉フレデリカの死。

 そして、姉の婚約者フェザリスとの婚姻。


 そのどちらもが、彼女の心に重くのしかかっていた。


 しかし、更に彼女の心をかき乱したのは――


(お父様もフェザリスさまも……嘘をついている)


 クーデリアは、そう確信していた。


 クーデリアは物心がついた頃から、人の感情を読み取ることに長けていた。

 それは、相手の表情や仕草から感情の機微を察するというより、もっと直接的な能力で、クーデリアは、ことができた。


 怒っている人は赤いオーラ、悲しんでいる人は青いオーラ、そして喜んでいる人は黄色いオーラ――そんなふうに、クーデリアは人の感情をオーラとして認識し、その色で識別することができる。


 昔、本で読んだことがある。

 この世界では、極稀ではあるけれど、星辰の儀ステラライツでスキルを授かる前に、その力の片鱗を発現する者たちがいる。

 彼らは『ギフテッド』と呼ばれ、総じて、強力なスキルを授かることになるらしい。


 クーデリアは、自身が持つ人の感情を読み取る能力について、ギフテッドによるものと理解していた。


 そして、この能力ゆえにクーデリアは確信していた。


 父の書斎で感じた、父やフェザリスから立ちのぼるあの仄暗いオーラ――それは、。二人は何かをクーデリアに隠している。


 けれど、二人がなにを隠しているかまでは、クーデリアには分からない。

 そのことが、とてももどかしかった。


 思えば、悩み事があったとき、クーデリアはいつも姉に相談していた。

 それがどんな些細なことでも、姉は親身になって相談に乗ってくれた。

 ときには自分のことのように涙を流して、クーデリアに寄り添ってくれた。


 権謀術数にまみれた貴族の世界で、家族にすらも気を遣い続ける日々。

 そんな中で、姉フレデリカは、クーデリアにとって、ただ一人の心から信頼できる存在であり、無条件に自分を愛してくれる、かけがえのない家族だった。


 その姉は、もういない。

 クーデリアの世界から、安らぎが失われた。

 クーデリアは、独りぼっちになってしまった。


「お姉ちゃん……わたし、どうしたらいいの……?」


 クーデリアは、天井に向かってそう呟いた。

 しかし、その問いに対する答えはどこからも返ってこない。

 代わりに彼女の脳裏に浮かんだのは、優しい笑顔を浮かべる姉フレデリカの面影だった。


「お姉ちゃん……会いたいよ……」


 クーデリアの瞳に、再び涙が滲んだ。






――――――――――――――――


お読みいただきありがとうございます!

これにて一章完結です。


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