第6話 歓迎会の準備中
転校した日の翌日。
俺は教室の扉を開け入室した。中にはすでにみんながおり上代は昨日と同じく一人で読書に勤しみ他三人はおしゃべりをしている。
教室の風景は昨日と大差がない。
とはいえだ、このややちぐはぐな関係を一つにまとめるのが早百合の望みなのだし、俺も手伝ってやらないとな。
俺の歓迎会。それを本人である俺が働きかけるのも変な感じだが仕方がない。
よし、いっちょ頑張りますか!
放課後、夕日が教室に差し込んでくる。俺は帰る用意をしている上代に近づいていった。
「どこに行くつもりだ? 俺の歓迎会をどうするか話し合うんだろ?」
「あれ本気だったんです?」
上代が呆れたような顔を向けてくるがそんなものは知らん。
「いいからこっち来いよ。お前だけのけ者にするわけにはいかないんだからさ」
「どうしてですか。したい人だけですればいいのに」
「俺もぶっちゃけそっち側の意見だがある人物がみんなでの開催を強く希望していてな」
「……迷惑です」
「巻き込まれた時点でもう遅い。昨日言っただろう?」
「はあ」
上代がため息を一つ吐く。こいつはこいつで一人の時間を過ごしたいのに目を付けられて大変だとは思う。俺は上代と一緒にそのある人物を見つめた。
「京香ちゃんこっちおいでー」
早百合が両手を突き出し手を振っている。
「なんかお前の歓迎会みたいだな」
「はあ」
あんな熱烈に言われては断ることもできないか。上代はしぶしぶ立ち上がり早百合たちと合流した。
「ありがとね京香ちゃん。きっと楽しい会になるからさ、ううん、絶対そうしてみせる。だから京香ちゃんにも参加して欲しかったんだ」
「別に、私なんて」
早百合が歓迎会への熱意を言う。上代はそれでも乗り気ではないようだが早百合も諦めていない。
「そうですよ上代さん、せっかく転校生である鏡さんがいらしてくれたんですから。みんなでお祝いしてあげましょう」
「それは、まあ」
「えっと、上代さんはどうしても嫌、かな?」
「私は」
深田と椎名も援護する。上代は一人がいいんだろうがなんとか乗ってくれないだろうか。
嫌な思いをさせたいわけじゃないんだ。
上代は迷っているようだが、早百合が今にも泣きそうな顔で見つめ出した。
「~~~~」
そりゃそんな顔にもなるわな。
「分かりましたよ」
「ありがと京香ちゃーん!」
「だから抱きつかないでください!」
そうこうあって昨日と同じく上代は陥落した。
それから明日の予定を話し合ったがこの島にはファミレスのようなものはないらしく各自お菓子やジュース、紙コップを用意して教室で開くことになった。
秋山の許可はいるがこれくらい許してくれるだろう。
「それじゃあ今からみんなで買いに行かない? そこでなにを食べるか決めようよ」
「いいですね」
「うん、私もそれでいいと思う」
「仕方がないですね」
「よっしゃあ! 行こう行こう!」
「ほんと元気だなお前」
それで俺たちは全員で近くのコンビニへと向かった。
こんな辺鄙な場所でもあるのだから文字通り便利なものだ。
入ってみると品揃えは意外としっかりしている。
田舎のコンビニって独特で見たこともないようなやつが並んでたりするがここはそうじゃない。
作られたのが新しいからかな? 普通のコンビニよりも広いし。店自体が真新しい。
ただし人は全然いない。こんな場所だからだろうか?
「ここ大きいよね、私がいた場所にはこんな大きいコンビニなかったもん」
女子組も同じ感想らしくきれいな内装と広さに関心している。
「それじゃあ俺はジュース買うけど希望あるか?」
「私はコーラ!」
「私はオレンジジュースがあれば」
「私もそれでいいです」
「オランジーナ」
「コーラとオレンジな。それと上代の希望は却下、オレンジジュースで我慢しろ。二リットルないんだよあれ」
「ふん」
「私たちはお菓子買おうか。なにがいいかな~」
「ポテトチップスどうですか?」
「いいねえ~、真冬ちゃんの案を採用!」
「あ、あの、みんなはどの味が好きなのかな? 私はどれでもいいです!」
「私はコンソメとか? それに亜紀ちゃんも自由に選んでいいんだよ? そんなに気を遣う必要ないない」
「う、うん。ありがとう」
椎名は元々自己主張が弱いというか本当に大人しい性格だ。
今も自分よりも周りの好みを優先しているし。
それを察している早百合は彼女の意見を引き出そうとしている。なんていうかいい関係だなと思った。
「じゃあ、サワークリームもいいかな?」
「もっちろん!」
「私もサワークリーム味好きなんです。いいですよね、サワークリーム」
「深田さんもそうなんですか? はい。おいしいですよね」
同じ好みの相手を見つけて椎名は嬉しそうだ。深田先輩も彼女と意気投合できたのが嬉しいのか微笑んでいる。
なんとも仲睦まじい光景だ。
「私はピザポテト味」
「お前ほんとブレないな」
そんな空気をガン無視して自己主張する上代は相変わらずって感じだ。
互いが自分らしく振舞えている。わいわいと楽しい雰囲気の中椎名がしみじみと言い出した。
「私、その、こういう風にみんなでなにか買い物するのってはじめてだから。なんていうか」
放課後に友達連れてコンビニに買い物なんて普通の青春だ。
けれど彼女にとっては特別で、そんな当たり前のことすら叶わない生活をしてきたんだ。
そしてそれは椎名だけじゃない。彼女の言葉はみんなの代表でもあったんだ。
「椎名さん」
彼女に共感した深田先輩が近づく。とびっきりの笑顔で頷いた。
「分かります、楽しいですよね」
「は、はい!」
それだけじゃない。あの上代ですら共感を示したのだ。
「大事にしてください、その気持ち。大切ですから」
「うん。ありがとね、上代さん」
「ふん」
椎名を真ん中に深田先輩と上代が隣り合わせで買い物をしている。まだまだ不器用なところはあるが楽しそうで、傍からは仲良しの女子高生にしか見えない。
「ありがとうみんな。私、嬉しい」
そう言った椎名の顔は今にも泣きそうな笑顔で、それはとても印象的だった。
彼女のことをまだまだ知らない俺だけど、彼女でもそんな顔をするんだなって、初めて知ったから。
三人を見ていると歓迎会は明日だけど狙いは成功というか、やってよかったと思えた。
「ん~~いいねえ、いいねえ」
「お前はまざらなくていいのか?」
「私は見てるだけで幸せなんだなあ~」
「そういうもんかねー」
それを誰よりも望んでいた早百合は俺の隣で一番ニコニコしながら三人を見つめている。
早百合としては仲良くなっている姿を見れて満足しているようだ。
「ほら早百合さん、早百合さんはどれにします?」
「そうだよ早百合ちゃん、こっち来て。早く早く」
「来ないなら勝手に決めますよ?」
「なにぃ~? 混ぜろ混ぜろ混ぜろ~!」
三人に呼ばれ早百合が小走りで前に出るがすぐに振り返って俺を見る。
「ほら、鏡君もだよ!」
「俺も?」
「当然でしょ、主役なんだから早く!」
「へいへい」
その強引さには勝てず俺もみんなの輪の中へと入っていった。
みんなで好き放題あれもいいこれもいいなんて言い合った結果大量のお菓子を買うことになった。まるで業者みたいだ。
まあお菓子なんてよっぽど腐るものじゃないから余ったらみんなで分ければいいよな。
そんなこんなで俺たちは買い物を終え今は早百合と二人で昨日と同じ道を通っている。
たんぽぽが生い茂る土手と海に挟まれた歩道だ。
大自然に挟まれた道を早百合は上機嫌に歩いている。
その手には大量のお菓子が入ったビニール袋と学生カバンを持っているのに歩道の端、ブロックに足を乗せ両腕を広げている。
平均台を歩くようにして鼻歌まで歌っていた。
「ご機嫌だな」
「うん!」
人の歓迎会でここまで楽しくなれるんだから幸せなやつだ。世界中に友達でも作れば毎日楽しいだろうに。
「みんなが楽しそうにしているのが嬉しいんだっけ?」
「そうだよ~」
ふんふんふ~んと早百合は口ずさみながら軽やかな足取りで進んでいく。
「気を付けろよ、転ぶぞ」
「大丈夫だよ」
本人はこう言うが端から見ているこっちとしてはハラハラするんだよ。
「ありがとうね、鏡君」
「ん?」
え、なに? なにが?
「来てくれて。おかげでみんなと仲良くなれたんだ」
「来たのは成り行きだ、むしろお前が歓迎会を提案したからだよ。お前のおかげさ」
「だとしてもさ、鏡君が来てくれなかったら実現しなかっただろうし」
「まあ、それはな」
俺としては俺のおかげという実感はないんだが、そう言うならそれでもいいか。
「みんな楽しんでた。それが嬉しかったんだ。こうしてみんなが楽しそうにしてるのが夢だったから」
「夢? ずいぶんささやかだな」
「いいでしょ。私にとっては大事なことなの」
見れば早百合はニコニコしてて、そのまぶしさは海面の照り返しにも負けないほどだ。
「ねえねえ、明日はもっと楽しくなるかな?」
「んー」
俺は茜色の空を見上げた後海に視線を向けた。
「悩んじゃうの?」
「未来のことなんて分からないだろ。でも」
「でも?」
早百合が振り返る。関心を向けるその顔に俺はふっと笑ってやった。
「お前が考えてる十倍は楽しくなると思うぞ」
未来がどうなるかなんて分からない。明日に確証なんてない。どうなるかはその時のお楽しみだ。
でも、早百合は優しくていいやつだ。このクラスをよくしたいって本気で思っているし、みんなと仲良くなりたいと思っている。
それならなれるだろう。こいつが笑ってる限り、それは絶対実現できる。
明日が、少しだけ楽しみだ。
そして翌日、その日はやってきた。
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