第31話 狭間

 ……やはり、なにかを見落としている気がする。これまでのことを振り返ってみたが、それがなにかわからない。狭間はまたがしがしと頭をかいた。ボサボサの髪がさらにひどいことになっているが、気にしないことにする。

 どうせ見知らぬ相手には、相手の望む姿で映るのだし、問題ない。本当の姿を知っている相手や、小細工が通用しない相手には効果がないが。しかし、そんな相手は狭間の髪がどうなってようと気に留めないはずだ。


「とにかく、気になるやつから直接あたってみるしかねェか」


 ぼやきつつも立ち上がる。アオガネに任せると楽ではあるのだが、いかんせん情報の粒度や精度がイマイチだ。

 覇気のない姿で狭間は歩き出す。いちいち移動しなければいけないのも、まためんどうだ。アオガネのように飛んで行ければいいのに。



★★★



 まず米田を知っていた男のところへ向かう。結界内のどこにいるかは、なんとなくわかるものの、直線で向かえるわけではない。回り道をしつつたどり着いたのは、結界の端だった。逃げ出そうとしたものの結界に阻まれたのだろう。

 路上に駐車したままになっている車では、男が暇そうにスマートフォンをいじっている。アオガネの記憶にもあった男だ。くたびれたサラリーマン風である。

 コンコンとフロントガラスをノックして気づかせると、男はぎょっとして持っていたスマフォを落とした。車の前にはあらかじめアオガネを立たせてある。逃走防止用だ。


 それでも男は座っていた運転席側から助手席側へ逃げようとする。アオガネにすぐ捕まったが。

 危害を加えるつもりはないのに、怖がられてしまった。彼にはいったいどんな姿で映っているのやら。狭間は少し興味がわいたが追求しなかった。

 それより問題解決を優先したのである。扉を開けたまま助手席に軽く腰掛け、道路へ足を投げ出している男を見おろす。


「悪ィな」

「な、あんた、なん……なんで」

「米田について知ってることを教えてくれ。もちろん報酬は払う」

「……ん? え?」


 たずねると男は固まったあと、アオガネと狭間を何度か見比べ、少し考え込んだ。最終的に顔をあげると、狭間をうかがうように見あげてきた。


「あんたは俺の敵じゃない、ってことでいいか?」

「米田に味方するなら、その限りじゃァない」

「味方でも敵でもない」

「それなら手を出すつもりはねェ」

「わかった、それならいい」


 男はやっと落ち着いたのか、運転席の下へ落としたスマートフォンを拾った。後ろ暗いことがあり、自身が狙われる原因に思い当たることがあるようだ。

 狭間はそう察したが、指摘することは避けた。時間の節約を選んだのである。


「言っとくが、たいしたことは知らないからな」

「問題ねェが、先に自己紹介しておく。狭間とアオガネだ」


 自分を示して名乗り、アオガネを指差して名前を伝える。ひとを指差してはいけない、なんていう常識は横へ置いておいた。

 わざわざ言ったのは牽制のためである。よくも悪くも狭間の名前は有名だ。敵は多いが、面と向かって攻撃してくる者は少ない。

 なめられて時間を浪費するのは避けたかった。そのため、あえて先に伝えたのだ。


「はざま、はざ、ま……だと?!」


 男の目が見開かれる。なかなか表情豊かだ。


「こっちが知りてェのは米田の居所だ。……あぁ、米田って名前は偽名だったか?」

「あっ、あぁ、たったぶん……本名はおれも知らないが、司口しくち吾朗って呼ばれてるじいさんがいて……きっと、そいつじゃないかと……」

「しくちごろう、ねェ」


 名前を聞いても、思い当たる相手がいない。強いていえば結界の中心にある日本家屋には、司口の表札がかかっている。それくらいだ。狭間が考え込んだのを見て、男は気を取り直し説明を続ける。


「人間かどうかは知らんが、かなり前からじいさんだから、そうとう高齢だと思う。っても、本当にじいさんかどうかはわからない。ここいらじゃ、ちっとばかし有名な人形職人なんだ」

「人形……?」


 ハッとする。男が続けて、裏じゃ人形使いって言ったほうがいいかもしれない、と言っているが半分聞こえていなかった。

 見落としていた何かはコレだ。パズルのピースがぴたりとはまったような感覚がした。米田の力を調べてもまったくわからず、違和感があったが、それの正体は人形だったからなのだろう。

 中村家の結界を壊しにきていた者たちのひとりが、人形だったのを思い出す。ずいぶん精巧にできた人形だった。人数が多かったのもあるが、狭間がすぐに人形と気づけなかったほどだ。

 狭間はだれかを見るとき、無意識にその記憶と感情を覗く。人形だった物の記憶を見ようとしていれば、きっと気づけたはずだ。

 

「しまった、ここにいるのも人形だった可能性が高いな」

「え?」

「そのじいさんの姿、いつ見ても同じだったんだろゥ?」

「そうだな、おれが子どものころから、ずっとじいさんだ。いつも黄色のちゃんちゃんこを着て縁側に座ってた。だから米田って言われてじいさんのことなんじゃないかと思ったんだ」


 黄色や金色のちゃんちゃんこは、米寿祝い……つまり八十八歳のお祝いによく使われる。そして米田の拠点とおぼしき場所は、司口という表札がかかった古い日本家屋だ。

 八十八歳の司口。八十八は『米』を表す。司口を四口と言い換え、口が四つで『田』になる。男は米田の名前から連想して司口吾朗に行き着いた。


「おそらくそのじいさんは人形だヨ」

「人形……なるほど、そういうことか。考えてみたら、あり得る話だ」


 裏では人間でない者が少なくない。元から人間でない場合もあるが、人間をやめてしまう者も多いのだ。だから年齢不詳な相手なんて、山ほどいる。

 その多くは妖怪やバケモノと呼ばれる何かだ。吾朗の正体なんて考えたことがなかった男は、記憶を探るように視線をさまよわせている。


「ちッ……こんなときに寿々さんがいてくれば」

「すず? って寿々ばあさんのことか」

「知ってるのかィ」

「当たり前だ。ここいらの連中は、たいていばあさんの世話になってるからな」


 寿々はおせっかいを焼くのが好きだった。お人よしで、困っている相手を放っておけないのだという。そのせいでいつも、たいへんな目にあっていた。しかし同時に彼女を助ける者も多かったのだ。

 狭間も寿々に助けられ、また狭間も彼女を助けた。狭間だけでなく、多くのこっち側の住人が同じ関係性だったことを、男の話は示している。


「……そういや、寿々ばあさんの曽孫(ひまご)がこの町にいたはずだ」

「曽孫?」

「どんな能力か知らんが、裏側の人間だと思うぜ」

「もし曽孫も仲人なこうどなら力を隠してたってふしぎはねェ」


 仲人と呼ばれる者はおうおうにして戦う力や自衛能力が低い。そのわりにその能力は応用がききやすく、利用価値が高かった。つまり知られると狙われやすく、そして死にやすいのだ。

 だから、ふつうはその力を大っぴらにしない。寿々はまったく隠せてなかったし、隠すつもりもなかったが。

 力は必ず遺伝するわけではないけれど、その傾向は強い。少なくとも、親がこっち側の住民なら、その子どももこっち側に来がちだ。


「……ん? 曽孫? ってェと、もしかしてあの女子高生か」


 アオガネの記憶にあった少女を狭間は思い出す。寿々の年齢からして、該当する相手は結界内にひとりしかいない。


「助かった、こいつは礼だヨ」

「わっ、おっと」


 てきとうに取り出した宝石をちらりと確認してから、男へ放る。小さすぎて取り落としそうになったものを、男はあわててどうにか受け止めた。

 指先にも満たない大きの石だが、情報料としては充分なはずだ。もっとも『狭間の石』と呼ばれるそれを持っていることで、逆に危険かもしれないが。そんなことは狭間の知ったことではない。


「これはなんだ?」


 男がつまみあげたのは、彩度の高いパステルグリーンが鮮やかな球状に加工された石だ。クリソプレーズと呼ばれることが多い。緑玉髄ともいう。

 宝石としての市場価値はともかく、封じられている記憶はなかなかいいものだ。男が適切にあつかえば、そこそこの値がつくはずである。


「売るなり捨てるなり、好きにしな。……アオガネ、次は少女ンところに行く」

「わかった」


 ずっと黙って突っ立っていたアオガネに声をかけると、すぐに反応がある。ずっと黙って成り行きを見守っていたアオガネだが、いつも通り意識は狭間へ向いていた。


「えっ? だから、これはなんだって……おい!」


 石を手に質問を重ねてくる男へ、狭間ひらりと手をふった。もちろんアオガネは男を無視して狭間に従う。よって男はその場に取り残された。

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