第30話 狭間
水野に鳥男と称されたアオガネは、結界内に点在する、こっち側の存在を順番に確認していた。しかしなかなか目的の相手が見つからない。隠れられるとアオガネが探し出すことは困難だ。
手当たり次第、端から全部確認していって、どれも違った。仕方ないので一度狭間のところへ戻ることにする。灰色の鳥になったアオガネは結界の中心近くへ向かってはばたいた。
「……おかえり」
狭間は近くにあるコーヒーショップの紙カップを持って、公園のベンチに座っていた。飛んできたアオガネに気づいて顔をあげるが、立ち上がることもなく待っている。かたわらには紙カップと同じロゴが入った紙袋があった。中に入っていたクッキーはすでに狭間の腹の中である。
少しぬるくなってきたコーヒーに口をつけ、アオガネが肩に止まるのを待つ。それからちらりと横目でアオガネを見てから、
「見つからねェか」
とつぶやいた。アオガネも短く、ああと答える。
「こんなとき
寿々というのは狭間の古い知り合いだ。人間のためもう亡くなっているが、人探しをするにはうってつけの人材だった。狭間の記憶が正しければ、この近くに住んでいたはずである。
伸ばしっぱなしの黒髪をがしがしとかいて狭間が考え込む仕草をした。今回、狭間とアオガネは隙間町を離れて遠い地方都市まできている。目標は最近ちょっかいを出してきていた相手を片づけることだ。
海里を逃し、湯川に働きかけて渡部を使い店を襲撃、そして結界を壊すために中村家を攻撃した。その黒幕ともいえる相手だ。気づかれないよう、時間をかけてこっそり近づいていたのだが、あと少しのところで隠れられてしまった。
とはいえ、追い詰めてはいるので、やりようはいくらでもある。町ごと破壊すれば、さすがに逃げようがないだろう。でもそれは最終手段だ。もしくは時間をかけて隠れている場所を潰していってもいい。
ほかにも方法はあるが、どれも時間と労力がかかるものばかりだ。めんどうだし、めんどうだし、とてもめんどうなのでやりたくない。
「いい感じの協力者がほしいンだが……ふむ。アオガネ、結界内にはどんなやつがいた?」
「女と男がふたりずつだ」
「性別を聞いたわけじゃァねェんだが」
「……記憶を見てくれ。そのほうが早いだろう」
「言葉にする手間を惜むな……まァいい、時間も惜しい」
持っていた紙カップをベンチに置くと、目の前に人型になってしゃがんだアオガネの頭を鷲づかみにした。そのまま、しばらく時間がすぎる。
狭間の力は目に見えない。店にある水晶玉でもあればわかりやすいのだが、出先にそんな道具はなかった。だから傍目に見ると、男がベンチ脇にひざまずいて頭をつかまれている……という常識では計り難い光景が続いた。
もちろん狭間の中では目まぐるしく情景が通り過ぎていっている。この一時間ほどでアオガネが見聞きした内容を超速再生するような感覚だ。速度が早すぎると脳に負担がかかるのだが、あまりのんびりもしていられない。
ひとり目。五階建てマンションの一室、ベランダからアオガネは入り込もうとした。しかし先方が先に気づいてベランダへ出てきたようだ。三十代の女性で、室内には昼寝する子どもの姿が見える。
ふたり目。売れていなさそうな古本屋、アオガネはふつうに入店した。そして二、三言かわして退店。店主は四十代の男性だ。客はいなかった。
三人目。神社の鳥居近く。若い少女で、学校の制服を着ている。やはり二、三言話したあと、アオガネはすぐ飛び立った。近くに彼女のものと思しき自転車がある。
四人目。ビジネスビルの地下駐車場、車で逃げようとしていた二十代の男を、車の影を縫い止めることで捕まえて確認。どうやら自分が標的と勘違いしていた模様だ。米田のことは知っているが居場所はわからないとのこと。
「……気になるな」
四人目は、
「米田? よねだ、よねだ……もしかして、あのじいさんのことか」
と言っていた。米田と聞いても一瞬だれのことを指しているのかわからなかったのだろう。
四人目以外は米田をそもそも知らなかった。おそらく狭間の知っている名前と、彼ら彼女たちの知る名前が違っている可能性が高い。
実際、狭間たちが結界で囲んだ中心地にある日本家屋には、米田とは違う苗字の表札がかかっている。そちらは表向きの名前で、裏で通っている名前が米田なのだろうというのが狭間の予想だった。だがこのぶんだと、そうではない可能性が高い。
米田はさまざまな姿を持っている。あるときは若い少女、あるときは壮年の男性、あるときは幼い子ども。時と場合に応じて使い分けているのだ。
にたようなところだと、情報屋の湯川がいる。会うときどきで姿が違う。なにかの術か技で、保身をはかっているのだ。なにしろ湯川は敵味方関係なく情報を売る。つまり恨みを買いやすい。
てっきり米田も同じようなものだと狭間は考えていた。狭間を狙うのだから、それくらいの自己防衛はしてしかるべきだ。自身でそう思うくらい、狭間は敵対する相手に容赦しない。
どこかでなにか、間違えている気がした。その引っかかりを確認するため、狭間はつかんでいたアオガネの頭から手を離すと、目を閉じてここに至るまでの経緯を振り返り始めた。
★★★
発端は海里の脱走だ。基本的に海里が自力で地下室を抜け出すことは、かなり難しくなっている。できなくはないが、海里に相当な負荷がかかるため逃げてもそう遠くへはいけない。
それなのに先日の脱走時、海里は知らない遠い町まで行っていた。坂本からの情報提供がなければ、短期間で連れ戻すことは不可能だっただろう。
だれか海里の脱走と逃走を手助けした者がいる。それは確実だ。だから狭間は海里を再び閉じ込める際に、海里の記憶を覗いた。
記憶や感情を見たり取り出したりするときは、対象に接触していることが望ましい。接触しなくてもできなくはないが、難易度が高くなって効率が落ちる。
海里の頭にふれて覗いた記憶では、不審な人物に三人会っている。まず宅配業者を装った若い男性。この男が灯里の目を盗んで海里を地下室から逃した。
次に服飾店の店員に混ざっていた若い女性。この女は海里にいくつか服をみつくろって与えた。店の大きなショッピングバッグは海里が泊まっていたホテルから見つかっている。
それから海里が泊まっていたホテルのスタッフ。年配の男性だったが、この男が部屋を押さえ、必要な金を与えていた。
こうして海里は無傷で脱走し、無一文で逃走したのである。計画的に行われたことはわかるが、海里を逃すだけのことに何人も関わらせるのはリスクが高い。それに何人も雇うのはコストと時間がかかる。
だから海里に関わった者は全員同一人物だと狭間は推測していた。全員姿が違ったことから、湯川のように外見をごまかす方法があるのだと考えたのである。
ちなみに海里に求められた対価は記憶の詰まった希少な宝石だ。この時点でよくある宝石を狙う手合いだと、狭間は判断した。
次は渡部由美香が使役している動物を使って狭間の店を襲撃してきた。襲撃計画は湯川が依頼を受けて立てたものだろう。一応、狭間は湯川の客だ。しかし湯川は客の情報であっても、客からの依頼内容に抵触しなければ平気で売る。
人間は動物のなかでもかなり脳が大きく発達している。記憶を奪うことの可能な狭間を相手する場合、人間を使うとそれだけでリスクが高い。だから湯川は動物を使う渡部妹に仕事を依頼したのだろう。
それも渡部が直接宝石を奪うのではなく、道具を使った。人間が奪えば、宝石を手放すときの記憶がどうしても人間に残りやすい。それは宝石を取り返す場合のヒントにつながってしまう。
湯川は狭間のことを、その能力をよく理解している。だからこその計画だったのだろう。
だが狭間はその襲撃があることを、あらかじめ知っていた。なんのことはない、湯川から連絡があったのだ。赤目の三毛猫に気をつけろ、と。
そうやって湯川は恨みを買いすぎないようにしている。渡部に対応するのは手間ではあったが、結果的に大量入荷につながった。湯川にいい感情は持てないが、始末しようと思うほどではない。湯川はそういう落としどころを見つけるのが、とてもうまいのだ。
だれが湯川に依頼したのか、湯川から直接聞いたわけではない。しかし解体した渡部の記憶にヒントがあった。
湯川が渡部に依頼する際、湯川が言ったのだ。
「あんたがこの仕事を断れば、米田がどう思うか、よく考えたほうがいい」
渡部は始め、仕事を受けることをしぶっていた。狭間を相手することを嫌がったのだ。それを湯川は、法外に高い報酬とその言葉でもって仕事を受けさせた。
高すぎる報酬は失敗を見越してのことと思われた。つまり渡部ははじめから捨て駒だったわけだ。狭間はそれを知っていたが、姉である渡部由佳理にそのことは言わなかった。知らないほうが幸せだろうと判断したのである。それに渡部姉にそこまで説明してやる義理もない。
渡部妹の記憶にある米田は、毎回違う姿をしていた。しかしその中にひとつ、海里に関わった顔があったのだ。そこで狭間は海里の脱走と店の襲撃が繋がっていることを知った。
そして米田が持つ顔は無限ではないことも知ったのである。どうやらパターンがあるようだ。それでも老若男女取り揃えており、かなりの種類がある。
どれが本当の顔なのか、もしくはどれも本当の顔ではないのか。狭間に区別はつかない。アオガネが四人目に接触した男性いわく、実際は男の老人とのことだ。真実かどうかは不明だが。
それから最後は中村家、もとい隙間町の結界への攻撃だ。狭間の店は幾重もの強固な結界に守られている。それであれば、まずはその結界を壊すべきだ。そう考えてのことだろう。
狭間は敵がそう考えることを見越して、攻撃される前から動いていた。だから小村と大村にあらかじめ連絡していたのである。
それにタイミングをはかったように入った仕事の依頼も、あえて受けた。米田の情報をさぐりたかったからだ。
狭間に仕事を依頼してきたのは、しがないサラリーマンを自称する男だった。男の勤める小さなIT会社は大手の下請けで食っているようなところで、とある社員が不正に得た顧客の個人情報を抜いてほしい、という仕事だ。一見まともに見えるが、狭間に依頼してくる時点でまったくまともではない。
そもそも顧客の帳簿というものはデータで存在するのであって、社員の頭にはほとんどないだろう。そういう意味でもうさんくさい依頼だった。
依頼人である男が米田に繋がっているはず。そう考えて狭間は男の記憶を読んだ。しかし米田に該当する記憶は存在しなかった。
それでも米田の拠点はわかったので、とにかく当人を捕まえてしまおうとここまで来たのである。
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