第11話 竹下 修
くたびれた三十路の男、
向かう先はわかっているので、自分だけのんびり行くことも可能だ。そうしないのは早くしないと狭間がなにをするかわからないせいである。
「ちくしょう、損な役回りだぜ」
竹下には明確な弱点があった。それは動物全般だ。弱みが大きすぎ、かつ広すぎる。だから狭間に(それ以外にも)つけ込まれ利用されることが多い。
それでも動物を見捨てられないのは、竹下の短所でもあった。世間一般には動物好きと友好的に取られるだろうけれど、今のような場合はそうもいっていられない。
たどり着いた隙間町の脇道通りの裏は、数分前からちょっとしたアニマルパークとなっていた。イヌ、ネコだけでない。大型のインコ、フェレット、トカゲ、サル。そろってみな、赤い目をしている。明らかにおかしい。
動物たちはこぞって、とある建物に攻撃をしかけていた。攻撃といっても、体当たりや爪や牙によるものだ。古い木製の建物は、それらすべてを無視するように静かに建っていた。
先についた狭間が、すぐさま結界を強化する。解除するまで狭間ですら内部に入れなくなってしまうけれど、容易に入り込むこともできなくなった。動物たちをはばむにしては、いささか過剰かもしれないが。
補強された結界がパチンという音をたててインコを弾き返す。空中で制御を失ったインコが落ちようとしたところを、狭間がキャッチした。おそらく何度も繰り返したのだろう、羽が散って痛々しい。そんなふうにつかんだら翼を痛める、と竹下が怒鳴るが狭間から返事はなかった。
「……シュークリームと同じだねェ」
同業者、というわけではないが狭間のことは竹下もあるていど知っている。だからパチパチとまたたく光に、なにをしているかわかった。なにをしているか知っているからこそ、顔をしかめる。
狭間の腕はたしかだが、記憶をいじる力というのは万能ではない。必要最低限の記憶を奪おうとも、その動物が貴重な経験を失うことに変わりはなかった。
狭間がそうしている間にも、竹下は大型のトカゲを保定する。一番危険だと判断したためだ。もちろん狭間が傷つくことを恐れたわけではない。危険だからこそ狭間は最初にトカゲを攻撃するだろうと判断したのである。トカゲを傷つけないために、トカゲを捕まえた。
「シュウちゃん、次」
「こいつだ」
修という漢字がシュウと読めるので、竹下は仲間内からシュウちゃんと呼ばれることが多い。狭間もそのひとりだ。かつて抗議したこともあったが、聞き入れられないのでもう諦めている。
今も文句は言わずにトカゲの頭を差し出した。そうする間にも、カラスが三羽飛んできた。その足には長いヘビがぶらさがっている。竹下が指示して連れてきてもらったのだ。
カラス三羽が追い込み、ヘビが無力化し、イヌが竹下のところへ連れてくる。竹下が動物たちの様子を見つつ狭間に渡し、狭間が支配を解く。その流れ作業の途中、竹下はぞくりと寒気がして顔をあげた。
強烈な視線を感じて目を向けた先は質屋の窓だ。そこには無表情のようでいて眉根にくっきりとシワを寄せたアオガネがいた。結界のセキュリティレベルがあがってしまい、外へ出られなくなったのだ。
竹下は何度かアオガネに会ったことがあるが、薄らぼんやりとして気味が悪く苦手だった。今もなぜ睨まれているのか理解できない。むしろ自分は利用されている被害者のはず、というのが竹下の認識である。
ちょっとではなく怖いアオガネは見なかったことにして、動物に集中する。動きそうになっている大きなイヌを押さえた。力が強い大型動物は、暴れたときにケガをさせないよう気をつけなければいけない。
「そいつで最後かィ」
「今のところな」
疲れた顔をした狭間にイヌの頭を差し出す。さすがの狭間も、十体以上の動物を処置すれば疲れる。とはいえ、まだ限界には遠い。それを見てとった竹下は、まだ続くだろうという、簡単すぎる予想を突きつけてやった。
狭間の店がなぜ動物に襲われているのか。竹下は知らない。だが予想はつく。狭間の店は異色中の異色、特別中の特別だ。竹下も異質な側である認識はあっても、狭間ほどではない。
記憶・感情・経験、そういった脳のデータを自在に操るということがどういうことなのか。その本質を理解したとき、寒気がしたものだ。敵対していたらと考えるだけで恐ろしい。そして狭間が悪人でないことに、心の底から感謝した。
狭間はさっきから、大小さまざまな、色も形もさまざまな鉱石を生み出しては無造作にポケットへ入れている。それらはすべて、動物たちの脳から取り出したナニカだ。
それだけなら、まだいい。それらの鉱石は他人に与えることも可能だということが、竹下はなによりも怖かった。実際に竹下はある記憶を買ったことがある。
そのときのことは、なんとも言い難い記憶だ。わかっていたのに、最初少し混乱したが、時間が経つごとにその記憶は竹下になじんでいった。自分のものでない記憶が、さも自分の記憶であるかのように居座る。まるで夢を見ているときに、夢か現実か判断がつかないのに似ていた。
例えば、竹下の中にある強烈な動物への庇護欲。これは果たして本当に自分のものなのだろうか? もしかしたら違うかもしれない。狭間の力の本当におそろしいところは、そんな不安だ。
不安の種である石が大量に保管されている質屋は、とんでもない爆弾庫ともいえる。その爆弾は使い方次第で、悪いことがやり放題だ。悪用したい者に狙われても仕方ない。
そうでなくとも市場に出回らないような希少価値の高い宝石もあるという。金庫には時価数億はくだらないものが、いくつもある。そんなウワサを竹下は聞いたことがあった。
今回は動物を悪用する相手だから竹下が呼ばれた。もし相手が違えば狭間は別のだれかを利用する。狭間はそういう男だ。
「シュウちゃん」
「ん?」
「本体は来ると思うかィ?」
「知るか。でも意味もなく動物を仕掛けるだけなんて非効率的だ。なにか別の目的があるんじゃないのか」
「たしかに嫌がらせにしちゃァ、悪趣味だ」
「そりゃ同感だが。……それより、待つならまずあいつを出してやったらどうだ。さっきからすげぇ睨まれてんだけど」
目の色がもどった動物を保護しながら会話していたが、竹下はふと顔をあげて、ちらりと窓を見た。狭間も思い出したかのように竹下の視線を追う。そしてすぐに、しまったという顔になった。
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