Episode.027 俺の国って臣下の遺恨は解消した?

 あの後、近衛兵団が王都に走り、教会の修道女や町の治癒術師をかき集めて、イースター砦に向かってくれた。

 俺も本陣をイースター砦に移したが、そこは正に野戦病院さながらであった。


 俺が想像していた通り、帝国兵のほとんどが衝撃波での昏倒、または全身の骨折などが要因で負傷を負っていた。

 また耳をやられて平衡感覚が取り戻せずに、立つことがままなら無くなった者も多くいた。

 多くの帝国兵が、回復魔法ヒーリング治癒魔法キュア―リングで一命を取り留めることが出来た。

 味方の負傷兵も、かなりの人数が現隊に復帰していた。


 俺はイースター砦に急遽設えられた、国王専用の私室に向かうことにした。

 そこには魔導師から、執事の身なりに容姿を整えたシャラクと、真紅の甲冑を脱ぎ捨てて、ロイヤルブルーの侍女メイド服に着替えたカレンが、そこで待っていた。

 俺も王家伝来の重たい鎧を脱ぎ捨てて、王族の礼服に着替えさせてもらった。

 仰々しい礼服などは正直着たくは無かったのだが、ここは未だに戦場であることを考えると、王族らしい服装を身に纏うことくらいは仕方のないことでだった。

 事実シャラクとカレンも服装は着替えているとはいえ、その手には未だに愛用の魔杖と剣が、固く握りしめられていた。

 ただ二人の重苦しい様子は、何か別の要因が有ることを物語っていた。


 静かにシャラクが跪き、告解するように語り出した。

「今回の戦争……儂が責任を以って、攻撃魔法を放つべきじゃったのぅ」


 俺は首を横に振ると、シャラクの言葉を遮るように言った。

「俺も後先考えずに、攻撃魔法を放ってしまったんだ。シャラクが気に病む必要はない。それに全力で、防御結界魔法を使い続けてくれたじゃないか」


 しかしシャラクは、言葉を途切らせることなく語り続けた。

「あれは十年以上前の事になりますかのぅ。儂は筆頭宮廷魔術師として、魔法王国に仕えておりましたのじゃ。当時は勇猛で知られた将軍の率いる帝国兵が、魔法王国への侵攻を始めて来ておってのぅ。王宮内は、蜂の巣を突くような有様でしたのじゃ」


 シャラクはフッと、過去を思い出すように遠くを見詰めていた。

「あの時も規模は違えど、五倍以上の敵の大軍に対抗する術は一つしかござらんかった。魔法王国では、代々筆頭宮廷魔術師となったものだけに、習得が許される禁術『極大魔法』が残されておりましたのじゃ。しかし最後に使われたのは何百年も前のこと。その威力を記した書物が、僅かに残るのみでしてのぅ。魔法王国は『極大魔法』に存亡の危機を委ねるより他に、術が無かったのじゃ。その禁術書の末尾にはハッキリとした文字で、『汝、決してこの魔法を使うこと勿れ』と書かれていたことは、王族も皆知っておったのに……」


 いつの間にかシャラクの両眼りょうまなこからは、涙が一筋、また一筋と滴っていた。

「その結果……」


「それ以上言うな!」

 カレンが大声で、言葉の続きを遮っていた。


 それに対して、シャラクは静かに首を振り、涙を浮かべた瞳でカレンを見詰めて言った。

「儂らはラウール様にお仕えしておるのじゃ。主君に隠し事を、これ以上してはならんし、全てを知って頂くのが臣下の努めなのじゃ」


 再び俺に向かって、衝撃的な事実を語り出した。

「儂はカレン殿の父君をあやめた、張本人ですのじゃ」


 やがて私室の空気がゆっくりと弛緩すると共に、シャラクは話を王宮の出来事から、順々に語り始めた。

「当時の王宮は、疾うに敗戦を覚悟しておってのぅ。有力な貴族どもは競うように、我が身の安全と財産の保全に注力するばかりで、浅ましい有り様じゃったわい。唯でさえ戦力差が開いた状況で、敵兵四十万の大軍を擁する帝国軍に対して、儂に付けられたのはたったの兵一万余り。しかも大多数が、強制徴用したばかりの素人兵ばかりだったんじゃ。なかには未だに、あどけない顔をした若者たちも多数いてのぅ。儂が『極大魔法』を放つためだけに、寄せ集められた軍隊だったのは、誰の眼にも明らかじゃった」


 俺には当時の魔法王国の状況が、手に取るように分かった。


「そして国境沿いまで進むと、敵の大軍に対して『極大魔法』を放のうてしまったのじゃ。今日ラウール様が放った魔法の、何倍もの……否! 比較だに出来ない威力が解き放たれると、敵軍の大半と、これは後々に知る事になったのじゃが、周辺の村々の罪も無い一般住民まで巻き添えにして、全てを焼き尽くし消し飛ばしてしもうたのじゃ」

 シャラクは近くの石壁に、強く拳を叩きつけていた。

 その手からは、赤く血が滲んでいた。


「唯一の救いじゃったのが、村々に住まう民の多くを、事前に戦火に巻き込まれないようにと避難させておったことでのぅ。それがカレン殿の父君、先代の『ラ・マーセラ』将軍の的確な采配のお陰だったのじゃ。しかし儂が放った『極大魔法』が、偉大な将軍諸共この世から消し去ってしもうた……」


 カレンは両の掌で耳を塞ぎながら、その場にしゃがみ込んでしまった。


 シャラクはそれを見遣ると、静かにカレンに語り掛けた。

「お主は父君の仇を討ち果たそうと、このラウール王国に参ったのであろう? 五年前に再び魔法王国と覇権帝国との小競り合いで、単身単騎駆けまでしてのけたのは、父君の仇を討ちたいが一念からだったのじゃろぅ?」


 言葉をそこで途切ると、穏やかな表情で俺に向けて懇願した。

「儂は先代のロレーヌ国王には、大変世話になったのじゃ。そして先代様との約束も、ようやっと果すことが出来申した。この先は若き者たちの時代。この老いぼれの命を、どうかカレン殿の本懐を遂げるのに使わせて欲しいのじゃ」


 カレンは首を大きく振って、叫んでいた。

「違う! 確かにあの戦場では、父の仇を討つために、大魔導師『シャルル・ラクール』の首を刎ねるために、後方に陣取る魔法師軍団に突撃を掛けた。しかしそこには、シャルル・ラクールの姿は既に無かった。何故だ! シャラク殿は、魔法王国の救国の英雄として、魔法師軍団にいなかったんだ! 敵の魔法師を捉まえて吐かせたが、既に魔法王国から立ち去った後だと聞いた。その後、風の噂でロレーヌ王国に亡命したと聞いた。アタシは唯、その真相が知りたかったんだ」


 俺はシャラクに、訊いてみた。

「もしも語ることが出来るのなら、俺にも魔法王国を捨てた理由、そしてロレーヌ王国に仕官した理由を聞かせては貰えないだろうか?」


 シャラクはしばらく沈黙を守ろうとしていたが、ゆっくりと語り出した。

 その声色は、何時になく温和な口調となっていた。

 一言一言、噛み締めるように……。

「儂は『極大魔法』を使ってしまったことに、悔恨の念に駆られておってのぅ。しかし同時に魔法王国をこの手で護ったことに、ある程度の誇りも持っておったのじゃ。しかし王宮に戻って向けられた視線は、禁術を使った者への容赦のない『異端の者』に向ける冷酷なものであったのぅ。確かに勲章は貰ったが、その功績は真に労らわれることも無く、直ぐに遠く辺境の地に追いやられることになったのじゃ。要は王宮の皆が儂のことを恐れて、遠くに追いやりたかったのじゃろうな。儂は辺境に向かう途中で、正体不明の敵の襲撃を受けてしもうてのぅ。命からがら、ロレーヌ王国に辿り着いたのですじゃ。あとはラウール様がご存知の通りですのじゃ」


 俺はシャラクの知らなかった一面と、カレンのこの国にやって来た経緯を知ることとなった。

 また思考が深淵に、深く深く飲み込まれていく感覚に襲われていた。


(俺はシャラクも、カレンも手放したくはない。だって俺にとっては、どちらも大切な人なんだから)


「カレンはこの後、どうするんだ? いや、どうしたいんだい?」


 カレンは無言のまま立ち上がり、腰に帯びた豪奢な剣を鞘から抜き放った。

 そして真っ赤なロングの髪を鷲掴みにすると、一閃! 自らの髪を断ち切っていた。


「稀代の大魔術師シャルル・ラクールは、このロレーヌ王国には。居たのはシャラクとかいう、老いぼれた変態執事だけだった。アタシが斬る相手は、既にこの世にはいなかった。父の墓前には変わりに、この髪を供えることにするよ。父上……それでアタシを赦してくれよな……」

 カレンは口元に、自らの髪を押し当てて俯いていた。

 両の瞳からは、大粒の涙が幾重にも幾重にも流れ出していた。


 俺はシャラクにも問うた。

「これで良いか?」


 シャラクは掠れるような声で、呟くように言った。

「儂はカレン殿に、どうやって報いれば良いのじゃろうのぅ」


 カレンは涙声で、それに答えた。

「アタシは生涯をかけて、ラウール殿下の剣として仕えるんだ。シャラク殿は、アタシと道を同じく進んでくれれば、それでいい。それが良いんだ」


「臣下が仕えて良かったと思える王に、俺はなる!」

 この空気の読めない場違いな発言も、二人には真意が必ず伝わったことだろう。

 何故なら二人の頬は少しだけ、優しく緩んだのだから。



(俺の国って臣下の遺恨は解消した?) 

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