ぼくを守って死んだ幼なじみは、死んだ後もぼくを守ってくれる天使さまのような女の子です

OKAKI

第1話

「死にたくなかったら、荷物全部置いていきな」

 夕日が辺りを赤く染め出してきた山越えの道中。野営地に良さそうな場所を探して歩いていると、突然、大柄な男がぼくの進路を阻んで言った。

「あのー、すみません。通してもらえませんか?」

 なぜか、ぼくはよく絡まれる。道を塞がれ『金を出せ』と言われた回数は、数えきれないほどだ。どう見てもお金なんか持ってなさそうなのに『1人で歩いている』小柄な若い男というのは、狙われやすいのかな?

「はあ? 何言ってんだこいつ」

「自分の置かれた状況もわからないのか?」

 いつの間にか、後ろにも人がいた。背の高い男と、背は低いけど、太った男。3人とも、ぼくをバカにするように笑いながら、手に持った刃物を見せつけている。

 ——あ! ダメだ!

「ここを通してくれたら、命を取らない約束をします! だから、道を開けてください!」

「てめえ、舐めた口聞きやがって……」

 ぼくの必死の呼びかけに、なぜか大柄な男は顔を怒りに歪ませ、刃物をぼくに突き付けた。

 ——あ! それはまずい!

「命だけは助けてやろうと思ったが、許さね……ゔっ!」

 大柄な男が刃物を取り落とし、胸を手で押さえて苦しみ出す。

「おい、どうし……うっ!」

「んぐぅ!」

 大柄な男が地面に倒れるのと同時に、後ろの男たちも倒れる音がした。見るまでもなく、後ろの男たちも胸を押さえて倒れたのだろう。

「だから言ったのに……」

 突然、辺りが寒くなる。ぼくの隣に白いもやが現れ、人の形を作っていく。そしてもやは、少女になった。

 白いワンピースの裾と2つ結びにした亜麻色の長い髪をゆらめかせた少女は、倒れている大柄な男をビシッと指差し

『ロキを傷付ける人は、絶対に許さないんだからね!』と、言った。

 ぼくは、倒れている男たちに手を合わせ「助けてあげられなくて、ごめんなさい」と言った。

『ロキ!』

 ぼくが謝るのを聞いた少女はぼくに向き直り、背伸びをして顔を近付けて怒鳴る。

『こんな奴らに謝ることなんかないの! こいつらを生かしてたら、また、何人もの旅人が襲われてたかもしれないんだから!』

「だけど、リリア……」

『ロキは、何も悪いことしてないわ。こいつらを殺したのは、あたしなのよ』

 途端に少女の声が沈む。罪悪感で胸が締め付けられる。

「ごめん、リリア。ぼくが間違ってた」

 ぼくが謝ると、少女リリアはパッと顔を明るくして言う。

『分かってくれたらいいのよ、ロキ。それじゃあさっさと、金目の物をもらって行きましょう』

「えっ!? この人たちの持ち物を取るの?」

『もう死んでるし、必要ないでしょ? それに、どうせ他の人から奪った物なんだから』

「そうかもしれないけど……」

『ほら、早くしないと日が暮れちゃう。獣に襲われたくないでしょ?』

「あわわわ!」

 ぼくは、慌てて男たちの懐を探った。

 リリアは、ぼくに危害を加えようとするものは、人でも動物でも絶対に許さない。問答無用で、命を奪ってしまう。そんなことリリアにして欲しくないのに、ぼくには止める力がない。そもそも、ぼくが弱すぎるのが悪いのだ。

 リリアがいなかったら、リリアが守ってくれなかったら、ぼくは5年前のあの日に死んでいたのだから。




 ぼくとリリアが生まれ育ったのは、北の果ての山に囲まれた小さな村だった。狩猟と小さな畑を耕して村人全員が協力しあって暮らす、そんな村だった。

 ぼくとリリアは、同い年で同じ日に生まれた。たったそれだけで、リリアはぼくを『運命の人』と決めつけ、何かとぼくの世話を焼いた。

 13才になったばかりの夏の夜。ぼくは村を出て、街で働くように言いつけられた。

「街に行けば、おまえでも役に立てる仕事があるはずだ」と、父は言った。

 ライ兄のような狩猟の腕がなく、ルカ兄のように優れた罠を張ることができないぼくは、いずれ村を追い出されるのはわかっていた。それが、早いか遅いかの違いだけだった。

 その年の秋。父は行商人のおじさんに、手近な街まで乗せて行ってくれるように頼んだ。ぼくを哀れに思ったおじさんは、ぼくの肩に手を置いて「できるだけ大きな街まで連れて行ってやる。そうすれば、おまえさんでも雇ってくれるところがあるはずだ」と、言ってくれた。

 出発の日。まだ夜も明け切れない早朝。ぼくとおじさんは、ひっそりと出発した。ぼくが村を出ることは、家族以外には内緒だった。もしリリアに知られたら、付いて行くと言いかねないからだ。

 リリアは、特別な子どもだった。かわいい容姿に明るい性格。頭が良くて、器用で俊敏。女の子なのに、ライ兄に負けないくらい狩りが上手い。その上、目と耳がすごく良く、獲物を見付けるのが誰よりも早い。村の人たちはみんなリリアが大好きで、リリアをとても大事に思っている。

 そんなリリアを、村から出すわけにはいかない。ぼくたち家族は、ぼくの出発を家族以外に知られないよう、細心の注意を払っていた。なのに

「ロキー!」

 馬車が村の出口に差し掛かった時、リリアの声がぼくの耳に届いた。

「待って! あたしも一緒に行く!」

 旅支度をしたリリアが、すごい速さで迫って来る。

「リッ……リリア!」

「どう、どうっ!」

 おじさんが、慌てて馬車を止める。馬車が止まりきらないうちに、リリアはひらりと飛び上がり、ぼくの足の上に着地した。

「いたいっ! ちょっと、リリア……」

「話は後よ! おじさん、早く出して!」

「リリア。ちょっと、何言って……」

「ロキは黙ってて!」

「!!」

 リリアに一喝され、慌てて手で口を塞ぐ。リリアに強く言われるとつい従ってしまうのは、小さい頃からの習慣のせいだ。

「お礼は必ずします! だから、あたしもロキと一緒に連れて行ってください!」

 リリアは、真剣な目でおじさんを見る。おじさんも黙ってリリアを見返している。

 張り詰めた空気を破くかのように、後ろから別の声がした。狭い御者台で体を捻って後ろを見ると、複数の大人が走って来るのが見えた。リリアの両親と、ぼくの兄2人。4人はすごい形相で、口々に何かを叫びながら走ってくる。

「リリア。みんな、すごく怒ってるみたいだけど……」

 リリアの両親が怒るのは当たり前だ。大事な娘が、ぼくみたいな取り柄のない男に付いて行くのを見過ごすわけがない。分からないのは、兄たちの方だった。

「リリア、兄さんたちに何を……」

 怖々口にした質問は、行商人のおじさんに遮られた。

「よし、分かった! 愛する2人を引き裂くなんざ、俺にはできねえ」

「いや、ぼくとリリアは……」

「2人とも、しっかり掴まってな!」

「はい!」

 リリアの元気な返事とともに、止まっていた馬車が動き出す。動き出した途端、馬車は速度を上げていき、あっという間に、兄たちとリリアの両親の姿は見えなくなった。

 こうして始まったぼくたちの旅は、最初から受難に満ちていた。

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