第11話 そこの君、普通の青春をくれ

「好きだ」


「ごめんなさい」


「好きかも」


「ごめんなさい」


「好きだった」


「ごめんなさい」


「なんでだ」


 教室には、告白を続けている彼女と一生断っている裕也の姿があった。

 裕也は困った顔で断り続ける。


 どうして俺なんだ? 違う、問題はそこじゃないこれはいつまで続くんだ? もしかしたら終わらないかもしれない。


「ストップ! 一回落ち着こうよ」


「嫌だ、私だけが振られて負けヒロインみたいのは嫌だ、嫌だ」


 体を横に揺らし、可愛い仕草をする。しかし、その仕草は裕也にとってはうざく感じてしまった。


 そんな、仕草で落ちる男子はいるのか? 多分いるな。例えばあいつとか。

 頭の中で考え事をしていると、彼女は俺のネクタイを掴み、顔を近付ける。


「そもそも、負けヒロインとかないと思うよ」


「いーや、あるね」


「どうして?」


「世の中そんな綺麗に回っていないよ」


 顔を近付けてぎゃふん言ってやったぞのような表情を浮かべる。

 たしかに一理あるけど、あるけど、そんなこと気にするか?


「だから、私が負けるのは嫌なの」


「ほう」


「だから私と付き合って!」


 ネクタイをがっしりと掴み、笑顔で言う。


「ごめんなさい」


「な」


「ん」


「で」


 ネクタイを離し、おぼつかない足で後ろに歩く。

 謎の彼女は、まるで明日世界が終わるかのような表情を浮かべながら倒れそうになる。


「私が負けヒロインだと...」


「...」


 裕也はこの状況を非常にまずいと思っていた。


 理由は簡単、ここから入れる保険がないからだ。


 もうそろ、戻らないと麻衣が来そうなんだよな。


 この状況で会ってしまったら言い訳がないし、信用も失う。

 てか、俺と麻衣に信頼とか多分ないな。


 まだ知り合って短いし。


「私は、私は負けない」


 彼女は裕也に向かって指を指す。


「私と付き合うんだ」


 今度は命令口調だと、これは、これは。


「ごめんなさい」


 もちろん、無理である。


 だいたい、付き合うってさ好きな人に限るんだよ。


「一回、膝をついて座ってくれないか?」


 彼女は裕也に指示をする。


「分かったよ」


 俺は従うしかなかった。なんせ、断ってもするしか道がないから。

 そして、謎の彼女は俺に向かって手を指し伸ばす。


「私の手を取るんだ、必ず、幸せにする」


 今度は、王様口調だと。これは、さすがの俺も落ちて....。


「ごめんなさい」


「そんな」


 悲しい顔を浮かべる。


 どうするべきか、何をしたらこの地獄から抜けらさせるんだ。

 そうだ、そうか。


 俺は立ち上がり、彼女に向かって手を指し伸ばす。


「?」


 彼女は驚く。


「俺の手を取るんだ、必ず彼氏を見つけてやる」

「え、えーー」


 彼女は驚く、そして、ゆっくりと俺の手を握る。


 良かった。これなら、もう、問題は解決したな。


 彼女は裕也の手を優しく握り、引っ張る。


「そうだったのか、なら、最初から言えば良かったのに」


「えーと、え?」


「まさか、私のことが好きだったなんて」


 前言撤回、問題が増えただけだ。


「えーと、多分勘違いだと思うんですけど」


「そんな、照れるな。私まで照れてしまう」


 頬を抑える彼女。


「えーと」


「さ、来るんだ」


 彼女は手を大きく広げる。


 ハグを求め始める。


 俺は額に手を当てる。


 神様、いや、普通のヒロインをくれ。


 大きく手を広げる謎の彼女と、額に手を当て時が止まっている裕也。


 この問題を解決できる人間はただ一人。そう、彩音しか居なかった。


 さっきから、後ろのドアから俺たちを眺めている彩音に助けを求める。


 視線を送ると、彩音は中指を立てる。

 どいつもこいつも終わっているな。

 彩音はただ中指を立て続ける。

 何も考えずに。


 裕也は中指を立てる彩音と、手を広げハグを求めている謎の彼女をチラチラみて考える。


 おい、そこの君、今この状況を見て楽しんでるならさ、普通の青春をくれ。頼むから。

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