罪人とは

のねのら

第1章 第1話 終わりの始まり

 夕暮れ時、女は仕事以外のことは誰とも話さず、いつもと変わらず手際よく仕事を終えて、黒髪の間から覗かせている眼鏡を終業間近に外し、リュックサックにしまう。

 終業を知らせる鐘の音と共に席を立ち上がり、

 「お先に失礼します。」

 誰にも聞こえないほどの掠れた声で囁くと、自身のロッカーへ向かう。透明のビニール傘を取り出すと、鍵の閉め忘れがないか確認する。

 フロアの廊下へ出て両腕を上げて体を伸ばしてから、皮に詰め込まれる餃子の餡のようにエレベーターに身体をねじ込ませて乗り込む。


 「7月1日、火曜日の天気予報をお伝えします。前線を伴った低気圧が日本海を進行している影響により、九州~東海、北陸は午後から雨、関東~北海道は午後から次第に雨が降る見込み。

 東海、東北では非常に激しい雨も降る見込みです。

 北海道、沖縄では日中、強い日差しが照りつけ、札幌の最高気温は31度9分と、2日連続の真夏日となるでしょう。」


 女は今朝に朝食のパンとコーンスープを頬張りながら見ていたテレビ番組終了間際のお天気コーナーをふと思い出す。


 高温多湿となったエレベーターから解放されて高層ビルから外へ出ると、大粒の雨が降り注いでいた。

 そんな空を見上げた彼女は、さそうとしていたビニール傘を手から落とし、その場に立ち尽くす。

 「ありがとうございます。感謝します。」

 彼女は笑いながら涙を流し、追い越していく人の群れをよそ目に繰り返し感謝を口ずさみ、両手を空へ伸ばして空に見蕩れていた。

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