第2話 リメモア
あの日、アムネスがパーティを追放された日。
私───リメモアは、今でも思い出す。
ゴブリンを倒した後、何にもないただの日常のはずだった。突然、リーダーがアムネスを追放すると言い出した。
理由を聞き出そうとしたが、リーダーは「君たちには分からない」の一点張り。
でも、私には何となく分かる。きっと、アムネスがあまりにも足手まといだったから。寛容なリーダーでも、遂に限界を迎えてしまったのだろう。
でもね、アムネス───アムネス君。
私は、私だけはあなたの事を見捨てない。あなたがパーティを追放された後も、私は手作り料理やら何やらを匿名で贈っていた。
例え、あなたが私たちに恨みを持っていようと、私だけは、あなたを理解してあげる義務がある。
もし、もしもまたあなたに会えたら、
その時は────
「なぁ、モア
「んぁっ....え?なに?」
そんな考え事をしていたら、間の悪いで有名なブランカが私に話しかけてきた。
ブランカは私たち勇者パーティの一員であり、炎魔法を得意としている。
緑色の鎖骨辺りまで伸びていて顔を隠している長い髪は、彼のファッションなんだそう。正直、私はダサいと思っているけど、パーティの皆は触れないでいるから私も同じようにしている。
1本のナイフを腰に携えており、肩身離さず常に持っている。その執着心は異常で、トイレに行く時も風呂に入る時も、何なら食事をする時にもそのナイフを普段使いにしている。
そんなブランカだが、私がパーティメンバーの中で1番に仲良くしたからなのか、いつの間にか私のことを「モア姉え」と呼ぶようになっていた。
初見では絶望的な第一印象だったが、今では可愛さすら感じている。
「ちょっくら2人で話したいことがあっからよォ、酒場でもいかねェか?」
「酒場ぁ?あんた酒飲めないでしょうが」
私は、過去のブランカの酒場での惨劇を思い出し、露骨に嫌な顔をした。それに対し、ブランカは
「イイだろォがァ。 男にゃあカッコつけてェ時もあんだよォ、行くぞォ」
「相変わらず"いい"の発音がおかしい.....ふぅん、まあ、変な探りはせずに着いてってあげますかね!」
ブランカの明らかにおかしい発音に小声でツッコミながら、何となくで察した雰囲気をこわさないであげた。
多分、ブランカは私に告るんだろう。
まあ、何年も一緒にやってきたし、夫婦ノリも何回かやってきたからこうなるのは必然なのかな。
パーティの皆も何故か私たちを2人にしたし、そういう事なのか。
でも、何だろう。今まではブランカの事を"相方"としか見ていなかったのに、何故か情が入ってしまった。
情が入ってしまったらまともに戦えない。
まともに、人を守ることも出来ない。
だから私は、人に情を出さないことにした。
でも、今の私には、ブランカからの告白を素直に喜んでしまうくらいには情が入っている。
「おいおい辛いぜ、恋される乙女ってのはよーぉー?」
「....そりゃァ俺の真似かよォ」
「その喋り方自覚あったんだ」
と、ここに来て初情報を得られるとは夢にも思わず、私はたじろぐ。
「おぉ、昔と変わってないねー」
「ヤな感じだぜェ」
酒場に入り、まず思ったのは昔と全く変わっていないということ。せいぜい、変わったのは誰かも分からないサイン色紙が増えたことぐらいか。
「あっ、カナリー・ヤベヤーツのサインあんじゃん」
唯一知っている名前を発見し、私はこの店のセンスの良さを賞賛する。
私たちは適当な席に座り、ブランカと向き合う形になる。
席に座った途端に会話がなくなり、私は猛烈な気まずさを感じる。前まではこんな事は無かったのだ。私たちぐらいの関係になると、最早隣にいるだけで会話は不要となってくる。
しかし、今はどうだ。
「いやぁ、何だかねぇ....そういや、店主はいないのかね」
私は、その気まずさを紛らわすために、苦しい話題を出す。ブランカは、私に目を合わせずに頬杖を着き、私の話題に反応する。
「さァな。それで、だなァ」
ブランカの話題の流し方に少し引っかかり、爪を噛みたくなるような衝動に駆られる。
それはさておき、いよいよブランカの本題が来るのだ。私の心臓は動きをより一層高め、手汗が出てくる。顔をなるべく平静に保ち、今だけは無駄に可愛く飾りたくなかった。
周りで騒いでいた野郎共でさえ、私とブランカだけの世界には入れていないようだった。
そして、
「俺ァ、その.....モア姉えとずっとよォ、一緒にいてェっつーか...モア姉えの事ォ!他の誰よりも好きなんだよォ!!」
「────。」
私は、ブランカの言葉を黙って聞いた。
「だからよォ、モア姉え.....俺と付き合ってくれねェか!?」
ブランカが言葉を言い終えてから、しばらく沈黙が流れた。その間にも、周りの音は聴こえず、ただ2人だけの世界が広がっていた。
「も、もしモア姉えが断るんなら、俺ァ」
「───あのさぁ。」
私は、ブランカの言葉を遮り、震える口を開いた。そして、深く深く深呼吸をして、次の私の発言の為に、肺に大量に空気を溜めておいた。
「ブランカは遠回しの告白なんてしねぇんだよ。あいつは、好きなんて言わねぇ。あいつは俺だけを見ろ、とか俺以外見んなよ....は言い過ぎだけど、とにかく!あいつは、私の相方はなぁ!最っ高にかっこいいけど、最っ高に可愛いとこもあんだよ!!お前ブランカの偽モンだろ?バレバレなんだよクソヤロー!! .....あとなぁ!あいつはあんな強そうな口調しておきながらめちゃくちゃ奥手だから、自分から告白なんて、世界がひっくり返ってもしねぇんだよ!!そんな事も分からないで、私の!ブランカを!騙ってんじゃねぇ!バカヤローー!!!!」
蓄積した怒りを全てぶちまけ、私は息切れを起こす。必死に呼吸をしながら、目の前にいる緑髪の男を睨みつける。
私の相方を騙っている偽物に、明確な敵意を向ける。
その直後だった。
今まで、気配を消していた酒場にいた全員が、ブランカと共に襲いかかってきたのだ。
1人は棍棒を、1人は素手で、私に向かって走ってきた。緑髪の男は両手を私に向け、何かを呟いている。
(ブランカの魔法!それも使えるの....!?)
「仕方ねぇ....【
私はスキルを発動し、領域を私を中心に3m程広げる。酒場の床が黒色に染まり、私の身体を影が纏う。そして、領域の定義を設定しようとしたその時だ。
「───ッッ 酒場のやつらが....消えた!?」
私の目の前まで迫っていたあの男たちが、一瞬にして消えてしまったのだ。
そして、私の前には緑髪の男のみ。
(いや、好都合だけど.....何がしたいんだ....?)
違和感を覚えつつ、緑髪の男の魔法発動を待つ。
何故だろう。先程まで私を苦しめていた心臓の鼓動も、ドキドキ感も、今ではすっかり無くなっている。
何故だろう。これ程まで、目の前の相手に違和感と、既視感を覚えるのは。
「炎魔法ォ」
緑髪の男がそう言い放った直後、酒場の天井に付くほどの巨大な炎の塊を空中に出現した。
炎の塊を視認し、私は領域の定義を────。
私のスキル【絶対支配域】は、スキル発動直後に私が設定した範囲に領域が広がり、スキルを発動している間は、私に与えられる一切の攻撃を"私が行った攻撃"として相手に反射させることが出来る。
このスキルの弱点と言えば─────
「領域定義、魔法無効化」
私は、頭を支配する違和感を振り払い、自分の考えで押し切る。
炎の塊は、私の領域に入ろうとする。もし、この炎が領域に踏み入れば、たちまち私の攻撃として受け取られ、あの緑髪の男の方へ反射していくはずだ。
そうして、炎の塊が領域に入る寸前で、私はようやく気付く。
「───この炎、光ってない....?」
つまり、見せかけの炎。攻撃では無い。
しかし、何のために?
このハッタリの炎で、私に何が出来る?精神を惑わす系統の魔法なのか。
それとも、
『哀れな小僧共よ 本当に、哀れでならぬ』
あの、忌々しい魔王の姿が、言動が、蘇る。私たちがやっとの事で掴み取った勝利。
あの魔王のスキルはたしか、
「炎が....消えた....」
炎の塊は、私の領域内に入った瞬間に、酒場の男たちと同じように消え去ったのだ。
何がしたかったのだろうか。
私は、緑髪の男の方向を見て、ふと気付く。
「───お前、ナイフはどこに....!?」
違和感の正体に気付く。
そして、酒場の男たち、あの炎の塊、
その全てが、この為の"嘘"だったのだと。
「────クソ。やられた」
───私は、後ろからナイフで一突き、左胸を刺されていた。
口から飛び出る赤い液体、全身から血液が抜けていく感覚が、確かに分かった。
身体は思ったよりも熱くならず、偽ブランカから告白される寸前の方が熱かったくらいだ。
痛いものは痛いのだが、激痛という程ではなく、それでも確かに、もうすぐ死ぬということが分かるぐらいには、かなり危ない状態だろう。
「あんたの【絶対支配域】の弱点。それは、領域は物理か魔法のどちらか片方しか認識できない。 ──まるで、あんたとブランカみたいだな」
そんな中、私は私を刺した相手を呪ってやろうと、後ろを振り返る。
そこには、
「久しぶり、だな。モアさん」
「アムネス....君」
最期に見れたのは、それだけである。
あぁ、最期に、彼に伝えたかった。
今まで話せなかった事を、彼に。
最期に、どうか───
「───ありがとぉねぇ.....ブランカを、拾ってくれて.....」
それが、私が彼に言いたかった本音。
もし、彼に会えたら、と。
そう夢想していた。
彼に対する感謝はしてもし切れない。
後のことは、全部仲間に任せる。だから、
私は、精一杯の笑顔を彼に贈った。
次の更新予定
2024年11月29日 14:00
スキル【摩り替え】が弱いと言われパーティを追放されました。なので復讐しようと思います! ふつうのひと @futsuunohito0203
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