余話・ある男の末路
こんな筈では無かったと思う。
三十近くなるのに一切妊娠しない出来損ないの妻を捨て若い娘と可愛い子供とやり直すつもりだった。
しかしシェリルが産んだのは私たちとは全く似ていない髪と目の子供。
曾祖父が同じ髪色だったと言われ子爵家に確認したところシェリルはそもそも娘と認識されていなかった。
彼女を赤子ごと追い出し再度結婚相手を探す為社交を始めた私は嘲笑に迎えられた。
「三十過ぎて十代の娘に騙された情けない男爵」
「十年尽くした妻を捨てた人でなし」
「不妊だと言いふらしたのに、元男爵夫人は再婚してすぐ妊娠した」
「子供がつくれないのは、自分が原因だった癖に」
散々に言われ、貴族の娘は私に全く寄り付かなくなった。
母が縁談を探しても下級貴族からも断られる始末。
「お前が出来損ないだから!」
ヒステリックに叫ばれ叩かれる日々に子供時代を思い出す。
そうだ、父だけでない。母だって俺に厳しかった。
レティシアと結婚した十年の間ですっかり忘れていた。
「お前のせいで私まで嫁を甚振る人でなしと言われたわ!」
「あの女が隠し事をしたいたのが悪いのに!」
「いいえ、お前が種なしなのが一番悪いのよ!」
悪魔のような母から逃げ、自室に閉じこもる。
改めてレティシアが、あの母から自分を守ってくれていたのだと気付いた。
「レティシア……優しい君なら、俺を許してくれるだろう」
そう呟き、彼女が再婚した伯爵家に会いに行った。
しかし何度訪れても決してレティシアに会うことは出来なかった。
ある日、セドリック伯爵が門の前に出て来て私に告げた。
「アルノー男爵、いや元男爵だな。君はレティシアに守られて来た。しかし守ろうとしたことはあったのか」
「そ、それは……」
「無いだろう。レティシアは私の妻だ。君が求めている母親にはなれない」
「……母親?」
不思議なことを言われ聞き返す。伯爵は気づいていなかったのかと憐れむように言った。
「君はレティシアに母親の役割を求めた。甘やかし優しく自分を守ってくれる存在であれと願った」
「お、俺は……」
「だから簡単に裏切ることが出来たのだろう、いい加減母離れしたまえ。色々な意味でも」
そう溜息とともに言われ、俺は伯爵家から遠く離れた場所に守衛によって放り出される。
俺が欲しかったのは理想の母で、でもレティシアはもう俺のものではない。
「レ、レティシア……ううーっ」
泣きながら家まで帰る。
その数日後、実母に役立たずと叫ばれ殴り倒した俺は精神病と判断され、田舎へと送還された。
俺はその時初めて自分が既に男爵で無くなっていたことに気付いた。
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