引っ越し先が山の中から異世界に変更になりました

爆滓

第1話



「・・・・・・なんで車で寝てんだ?」


気が付くと自分の車の運転席にいた。だが俺の車は軽トラでだ。狭く横になることも出来ない車内で寝ることなんてまずありえない。大体にして俺の車は後ろにはキャンピングシェルが積んであるので、眠かったらどこかに停めてそっちで寝るはずだ。車は草のまばらに生えた平地のど真ん中にとまっていた。


「ここどこだ?・・・落ち着こう。まず何で車に乗っていた?」

記憶をたどっていくと・・・


早朝。愛車の軽トラに乗り込む。

俺は週末になると、家から2時間ちょっとの山に通っていた。

昨年山の中の土地を買って、友人たちにも手伝ってもらいながら整地してきた。

今の状況は資材なんかを入れる物置と仮設トイレがあるキャンプ場といった感じだ。ある程度整地した土地が広くなったので小屋を建てることにしたってわけ。

それとコツコツ貯めた貯金が目標額に達した俺は先日仕事を辞めた。そういや親父が定年退職したのも55歳だった。俺ももうそんな歳かぁ。

軽トラの荷台にはキャンピング・シェルが積んである。今日からは数週間泊まり込みで作業する予定。小屋の完成後はほとんどこっちで過ごすので半分引っ越すくらいの荷物でシェルの中は満載だった。


隣県に抜ける国道から細い道を入って数百m。そこが俺の土地。もうすぐ到着だ。

今日は荷下ろしした後は作業はしないでゆっくりしよう、などと考えていたら突然視界が真っ白に染まった。


「うわっ!」


視界が遮られて急ブレーキをかけたのは覚えている。その後すぐに俺の意識は途絶えた。




意識が戻ると、そこはただひたすらに白い部屋?世界?


「ここはどこだ?」


それに応えるように声が響く。


「気が付いたかの?新藤祐樹よ」


全てが白い世界で老人?の声が聞こえた。


「ここは?俺は何を・・・すみません、よく思い出せなくて。何がどうなっているのやら」


「わしはそなたら人間が言うところの神じゃ。まずはそなたに謝罪しなければならぬ。世界からそなたの存在を消してしまった」


・・・え?


「すみません、おっしゃる意味が理解出来ないのですが・・・いやそんな・・・」


「本当じゃ」


そんなことあるか?俺今ここにいるじゃん?


「TVのどっきりって言われた方がまだ納得てきるんですけど」


「今のそなた、普段と違っているのがわからぬか?」


確かに今の状態、立っているようでもあり寝ているようでもあり、宙に浮いている感覚もあったり。体を動かしてみるが、その感覚もあるような無いような・・・・ふと手を見てみる。


「あれ?」


手が・・・と言うか身体全体、どこをどう見ても見ることができなかった。


「そなたは今意識だけの存在になっておるのじゃよ。」


もし身体があったなら、ショックで倒れていたかもしれない。


「俺は・・・・死んだのですか?」


愕然としながら問いかける。


「いわゆる死とは違うのじゃが、実質は死んだとも言える。本当に申し訳なく思う」


「もうみんなに会うことはできないのですか?」


頭に兄夫婦や姪、友人たちの顔が浮かんだ。


「わしがぬしたちの世界のバランス調整をしていてヘマをしてのう、もう元の世界に戻してやることは出来ぬ。神の決まりごとのせいでの。本当にすまぬ」


俺は泣きたくなったが、身体が無い状態でそれは叶わなかった。

そうなると次に湧いてきたのは怒りだった。


「なんで・・・なんでだよ!そりゃ俺はあまり良い人間じゃなかったかもしれないけどさ?なんでこんな目に合わなきゃいけないんだよ!戻してくれ!みんなのところに戻してくれよ!」


俺は姿の見えない自称神さまに当たり散らした。怒りを買って地獄行きになろうが知ったこっちゃない。そりゃそうだろう?いきなり今まで生きて築いてきた何もかもが無くなっちまったんだ。この先どうなろうがどうでもよかった。

そうやってしばらく当たり散らしていると、スーッと怒りが消えて心が落ち着いた。


「本当は気が済むまで全て吐き出させてやりたいところなのじゃが、わしもいろいろと忙しい身でな。無理矢理ですまぬが落ち着かせてもらった」


怒りや悲しみは消えて、落ち着いて話ができる状態になっていた。


「・・・・・・取り乱してしまい申し訳ありません。それで俺はどうなります?」


元の世界に戻れないのなら、神は俺に何をしてくれるというのだろう?


「うむ、どうじゃ?別の世界で生きてみる気はないかの?今までも何度か同じようなことがあっての、ぬしら人間のいうところの神隠しという奴じゃな。その者たちもわしの罪滅ぼしで異世界に送ってやったのじゃ。それでどうか許してもらえぬかの?」


今まで何回ヘマしたんだよこの神様?異世界かぁ、ラノベかよ。ラノベ・・・それならここは少しでも良い条件を引き出すことを考えた方がいいんじゃないか?


「それは異世界転移ってやつですか?もう元の世界に戻れないんですよね?それならいろいろと特典がなきゃ納得できませんよ!」


「そなたからすればそうであろう。希望を述べてみよ。可能な限りのことはしてやるつもりじゃ」


「そうですね・・・・・」


少し考える俺。


「まず乗っていた車は持っていきたいです。異世界って魔物とかいそうだし、争いごとに巻き込まれるかもしれません。車と後ろのシェルはそんなことがあっても破壊出来ないようにしてください。部品も手に入らないでしょうから経年劣化しないように。それとガソリンも手に入るかわからないし・・・そうだ!一日に一度、車体の劣化や積んである荷物で消費された物は元に戻るようにしてもらえますか?俺異世界のことなーーーーーーんにもわからないので、それでも何とか食っていけるようにはしていただかないと。それと運転席のタブレットとシェルにあるPC、スマホ、こっちの世界とネットつないでもらえますか?できれば楽〇やAma〇onで買い物できてそれを異世界でも受け取れると嬉しいです!」


遠慮してあっちで苦労する羽目になるのは嫌だから、無理そうだと思っても言うだけ言ってみた。


「・・・・おぬしちと欲張りすぎではないかの?」


少しあきれたような神の声。


「やっぱり無理ですか?」


「ネット接続は可能じゃ。だが見るだけじゃな。元の世界と連絡がとれてしまうとまずいでのう。買い物も無理じゃ」


何があったのか、兄夫婦や友人に連絡したかったが無理らしい。だが異世界でネットに接続出来るのはかなりありがたい。


「そうですか、残念ですが仕方ないですね。じゃあそれでお願いします」


「先ほどおぬしは良い人間ではなかったかもしれぬと言うたが、ぬしのこれまでの生き方はわしから見れば概ね好ましいものであった。じゃから大サービスじゃの!ほっほっほっ」


酒も煙草も中学からやってたが、他は悪いことはしてこなかった。神様に悪い印象は持たれない程度の生き方はしていたらしい。まあ酒や煙草の年齢制限なんて人間が勝手に決めたことだしな。


「そう・・・ですかね?自覚無いっすけどね(笑)」


「ほっほっほっ、さて、それでは異世界に送ってやろうかの」


「送られるのがどんな世界か教えてもらえないんですか?」


「その世界に送って少しの間は悪人に出会うことは無いようにしてやろう。あとはおぬしのよく読んでおった異世界もののラノベの知識で多分なんとかなるわい。一応運は上げておいてやるかのう」


「いやラノベって・・・・・・」


そして視界は暗転し・・・・・




あー、なんか思い出したわ。けど異世界?神様に会ったなんて夢みたいで現実感が無い。


「神様は夢だとしても、マジでここはどこなんだ?あの辺りにこんな場所あったか?」


その時あの神様の声が聞こえてきた。


「夢ではないぞ」


「神様!!じゃあここは本当に異世界なのですか?」


「そうじゃ。車もおぬしの言ったようにしてある」


車体に触れてみる。何かが変わった感じは全くしない。


「神様ぁ、これほんとに壊れたりしません?」


「大丈夫じゃ信用せい!それとこの車、この先使っていくうちに改良などもするのであろう?普段は元の状態なので加工は可能じゃ。また加工などの手を入れても、使った物が戻る機能が失われることは無いので安心するがよい。元に戻るのは夜明けじゃ。それとこの世界の物を積んでもそれは戻らぬ。元に戻るのは前の世界から持ち込んだ物だけじゃから忘れぬようにの」


「それだけで十分ありがたいです」


「さて、そろそろお別れじゃ。この世界でもできれば元の世界と同じように好ましい生き方をしてくれると嬉しいが、どう生きるかはおぬしの自由じゃ、好きなように生きるがよい。わしの不始末であちらでの最後を不幸なものにしてしまった。こちらでの人生に幸多きことを願っておるぞ」


「神様・・・・ありがとうございます!」


神様の不始末でこうなったわけだが、新しい人生を用意してくれたことに感謝せずにはいられなかった。


「では、さらばじゃ!」


俺はしばらくの間、頭を下げ続けていた。


「・・・・・さーて、これからどうすっぺ?」


神様の言いようからして、おそらくこっちは異世界もののラノベ的な世界なのだろう。とは言っても異世界ものにもいろいろあるからな。まずはどんなとこなのか把握しないとね。この近くに町とかあるかなあ?


「まさかナビ使えたりしねーよな?」


試しに運転席にあるタブレットでアプリを起動。


「おお!神様ありがとうございます!」


ネットにつなげてくれとは頼んだが、異世界でナビが使えるとは思わなかった。

一番近いのは・・・・ズヴェルダーツ?距離は100km以上ある。車で行って大丈夫か?騒ぎになったりするんじゃ?

そうだ今の時間は・・・10時20分?元の世界の時間のままな気もするが、こっちでも同じでいいのかな?

植物の状態や気温から季節は初夏って感じだが、世界が違うからあまりあてにしない方がいいかもしれない。

ナビからするとこっちが南で太陽がここ・・・・時間は大体時計の表示でよさそう。ってナビの示す方角も元の世界と同じかわからん。太陽の動きも逆だったりするかもだし、何もかもそのまま信用は出来んな。


とりあえず今日はこのままここで過ごすか。そういや魔物とかいるのか?神様が俺の希望通りにしてくれたのなら、車に籠ってれば大丈夫だろうけど。

少し周辺探索、その後はシェルで酒でも飲みながら今後の方針を考えるか。行動は明日からにしよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る