第20話 所属は?

 大斧を持って仁王立ちで待っていたビアンカの前に、ユリウスはミッドナイトブルーのローブを羽織って現れた。


 彼の二つ目の頼み事は、昨日の刺客の取り調べを一緒にして欲しいとのこと。


(マクシムはこの捜査を中止してくれと言った。だが、ユリウスは彼の指示を完全に無視するつもりらしい)


 正直なところ、ビアンカもこの件を有耶無耶にして良いことはひとつもないと感じていたので当然、引き受けた。


(狙われた当人たちが納得していないのに、打ち切れという一言で済まそうとしたマクシムが間違っている。もう少し丁寧に経緯を説明してくれたら私たちの気持ちも違ったかも知れないが・・・。――――それはそうと、ユリウスはまた一段とカッコいいな。しかし、あのローブは一体、何処の・・・)


 ローマリア王国では王国魔法師団は深紅のローブ、王宮魔法師団は漆黒のローブを纏う。帝国が滅びてから五百年、昨今は魔法使いが一人生まれれば、その家門が繁栄すると言われるくらい魔法使いは希少な存在となっており、わが国だけではなく諸外国も彼らを大切に扱う。――――要するに魔法使いは生まれた時からエリート街道を歩めるということだ。


 一方、誰でも入れるが故、地位も名誉も大してない国軍にビアンカは入隊し、日々の努力と豪傑さで多くの武勲を積み上げ、まあまあな地位を得た。ここは相手が超エリートの魔法使いだとしても、堂々自信を持って聞こう。


(質問をはぐらかされないように、自然な感じで聞くのが一番!)


「ユリウス、所属は?」


(おそらく、私の知らない組織だろうけど・・・)


「魔塔に所属しています」


「――――まっ、魔塔!?本当に!!!」


「はい」


 ビアンカが驚愕するのも無理はない。魔塔とはイリィ帝国時代まで存在したと言われる魔法研究所のことである。歴史書は帝国が解体された際に魔塔は解散したと彼女に教えてくれた。しかし、目の前の夫がいとも簡単に魔塔の存在を肯定してくれたので、ビアンカは混乱する。


(魔塔。―――現代に魔塔が存在していたとは・・・。とても興味深い話だが、掘り下げたら怖い話が出て来そうだし、何より面倒なことになりそうな気がする。よし、聞き流そう!!)


「それで刺客は何処にいるのですか?」


 急に話題を変えるビアンカに、ユリウスは違和感を覚えた。


「魔塔のことは聞かないのですね」


「・・・・・」


(折角スルーしたのに何故、こういう時に限って話を蒸し返す?)


 ユリウスは黙り込むビアンカをジーッと見詰めながら、彼女の言葉を待つ。


(これ・・・、私が何か言うのを待っているってこと!?)


「――――いや、聞いたらいけないような気がしたから」


「分かりました」


 彼はあっさりと引き下がった。ビアンカは拍子抜けしてしまう。


(えっ、それだけ?聞かなくて正解だったってこと!?)


「捕らえた刺客はこの城の地下牢に居ます。早速、向かいましょう」


「――――はい」


 二人は地下牢へ向かった。


―――――――


 辺境伯の城の地下牢は入口に魔法でカギがかけられており、番人は置いていないのだという。


(これは始めて見るタイプの牢だ。番人なしで本当に大丈夫なのか?魔法のカギとはそんなに信用出来るものなのか?)


 ビアンカは聞きたいことが次々と思い浮かんでくる。


(今は質問なんかしている場合ではないな。後で聞いてみよう・・・)


 ユリウスは迷いのない足取りで薄暗い廊下を突き進んでいく。置いて行かれないようにビアンカは歩く速度を速める。――――今、彼女はユリウスが用意してくれていたリシュナ領軍の制服を身に纏っているので、大斧を担いでいても足取りは軽かった。


「ここです」


 彼は頑丈な金属製のドアの前で立ち止まる。ドアノブの周りに古代文字のようなものがゆらゆらと浮遊しているのが見えた。


(魔法のカギ・・・、眺めていても全く原理が分からない)


「ユリウス、番人なしで本当に大丈夫なのですか?」。


「はい、安全です。脱獄の隙を作らせません」


(確かに番人が買収されたり、敵の一味が番人として入り込み脱獄の助けをするというケースは多い。しかし、このやり方だと罪人の管理は誰がするのだろうか?遠隔で確認する方法でもあるのだろうか・・・)


「入りましょう」


「あっ、はい」


 考え事をして警戒を緩めていたビアンカは牢の中へ入る前に大斧の柄を固く握り込み、大きな深呼吸をひとつして気持ち落ち着かせてから、足を踏み入れた。


―――――牢の中はただの広い部屋だった。鉄格子も無く、天井から六本の鎖が吊るされ、その先に罪人が繋がれている。ただし、互いに干渉しないよう、一定の距離は取られていた。


「私はコントラーナ辺境伯爵だ。昨日、教会で襲撃事件を起こした五名と、パーティー会場で襲撃事件を起こした一名の取り調べをこれから行う。助手はリシュナ領軍所属のビアンカが務める」


 ユリウスは淡々と彼らに向かって告げる。しかし、彼らは何の反応も示さない。――――ハッキリ言って、かなり態度が悪かった。


「返事をしろ!」


 ビアンカは返事をしない六人を大声で怒鳴りつける。


「チッ」


 六人のうちの一人がビアンカに向かって、舌打ちをした。次の瞬間、ビアンカの大斧がビュンと風を切る。


「ウギャー!」


 ビアンカの放った一振りは舌打ちをした男の額を横一文字に切り裂いた。当然、血しぶきは隣にいた罪人たちにも派手に飛び散って・・・。――――罪人たちの恐怖心で場の空気は凍り付く。


(よし、良い顔になったじゃないか。しっかり口を割れ)


 彼女はこちらを小ばかにしたようにニヤニヤしていた男どもの顔が一気に青ざめてくのを見て満足した。これで取り調べがし易くなる。


「答えよ。お前たちの目的は何だ?」


 ユリウスは懐から小さな杖を出し、一番右に吊るされている男へ突き付けた。


(おおお、杖だ!杖が出て来た!!エレガントな魔法をこんなに間近で見られるなんて!!)


 不謹慎にもビアンカはユリウスがどんな魔法を放つのかとワクワクしてしまう。――――しかし、期待はあっけなく崩れ去った。


「う、うわぁ~!!言います、言いますから・・・、ぎゃあ~!」


 ユリウスは男の足元に無数の蛇を出現させたのである。そして、蛇たちはユラユラと彼の身体を這い上がっていく。


(うっわ~、気持ち悪っ!!全然、エレガントな魔法じゃなかった・・・)


「た、大公からあんたの女を始末しろと言われたんだ!!!」


「大公では分からぬ」


 慌てふためく罪人に対し、ユリウスは冷静に返す。


(あれっ?ユリウスはツィアベール公国の大公が首謀者だと昨日話していたじゃないか。彼らを取り調べるのはこれが初めてなのか?ならば、あの情報は何処から得たのだろうか)


 胸元まで蛇たちが這い上がって来て、今にも気絶しそうな男が最後の力を振り絞って叫んだ。


「ツィアベール公国の大公ボブソンだ。王太子妃の父親が俺たちに依頼した!それ以上のことは分からない!!」


(よし、言質は取った!しかし、何とも言えない気分だな。リリアージュ様の父上が私を狙う理由が・・・。いや、ちょっと待て!犯人は『おまえの女を始末しろと言われた』と言った。ということは、狙われたのは私というわけではなく、ユリウスの女・・・。んんん、でも花嫁は私で・・・。どういうことだ!?何故、名前ではなく女?――――あーあ!もしかして、襲撃してくることが事前に分かっていたから当日まで花嫁の名を伏せていたということか?だとしたら、辻褄が合う。――――フフフッ、相手はまさか女戦士ビアンカが結婚式に登場するとは思ってなかっただろうな・・・)


「では、次はお前が答えよ」


 ユリウスは左から二番目の男に話し掛ける。


「ちょっと待ってくれ!俺は答えただろう!!先にこの蛇をどうにかしてくれ~!!」


 一番右にいる男は首筋まで蛇が上がって来て焦っていた。ユリウスは大声を上げた男へ杖を向けて、チョンと軽く振る。


 ガタン。――――――突然、男の力が抜け、天井から吊るされている鎖に負荷が掛かった。衝撃で蛇たちは床に投げ出され、それを見ていた隣の男はこれから訪れる恐怖を想像し、顔を歪める。


(あ、あの技!パーティーでご令嬢方にしていたやつだ!あれ、気を失わされているだけなのかも知れないが、実際にされたら・・・)


 ビアンカは想像した。戦闘中にあの技を食らい簡単にとどめを刺され、あの世に送られる自分の姿を・・・。――――ユリウスとは絶対に戦いたくないと本気で思った。














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