第19話 聞いてみたくなるのが人の性
「辺境伯ご夫妻、この度はご結婚おめでとうございます」
結婚のお祝いを述べたのはユリウスの父リカルド。そう、この御方は歌劇でも有名な王女様のハートを射止めたヴィロラーナ公爵だ。―――――今、この場にその元王女である母と兄も同席している。
ユリウスがビアンカに手伝って欲しいことの一つ目は、ヴィロラーナ公爵家との顔合わせだった。花婿の親と顔合わせをするのは当たり前とビアンカは二つ返事で引き受けたのだが・・・。
(ユリウスが遠慮がちに顔合わせへ出て欲しいというから何事かと思えば・・・。これは・・・、そうだな・・・、色々と想像してしまう・・・)
今、ビアンカが困惑しているのは、ユリウスの兄マリウスのことである。ビアンカがマリウスと会うのは今回が初めてだ。そのマリウスなのだが、彼はビアンカの友人であり、上司でもある王太子マクシムと瓜二つの姿をしていたのである。そう、まるで、双子のように・・・。
(いや、従兄弟だからな。別に似ていてもおかしくはない。だが・・・、それにしても・・・。これ、そのままで影武者が出来るレベルだぞ・・・)
色々な疑惑がビアンカの脳裏に浮かぶ。
(まさかマクシムと双子だとか言い出したりしないよな?――――仮にそうだとしても何故、王家と公爵家で二人を分ける必要がある?―――――いやいやいや、ここまで考えたら、ダメだろ!不敬どころじゃない話だ。たまたま、二人が似ているだけ。きっと!そうだ!!多分!!!)
ビアンカは窓の外へ視線を向け、気持ちを整える。――――外は雲一つない良い天気だった。
「ビアンカさん、初めまして、レティアです」
優美なカテーシーをして見せたのはヴィロラーナ公爵夫人のレティアである。彼女は現国王の妹でもある高貴なお方だ。
「初めまして、ビアンカです」
ビアンカは利き手の拳を胸に当てて頭を垂れる。これは我が国の軍人がする礼だ。ヴィロラーナ公爵家のメンバーは彼女が軍人だということを承知しているので、特に驚く様子も見られなかった。
「ヴィロラーナ公爵及び夫人。祝いの言葉を受け取る」
ユリウスは能面のような表情で、両親を相手に堅い言葉を投げかける。隣に立つビアンカはユリウスの言動に驚いた。
(何故、ユリウスは両親を相手にピリついた空気を出した?――――この場は公式なものではなく私的なものだ。なのにこの態度は一体・・・。ユリウスは家族と上手く行っていないのか?もしかして、まだ反抗期!?いや、それは流石にないだろう。見た目は若いが一応、十七歳なのだから)
ビアンカが眉間に皺を寄せて考え込んでいると、マリウスが一歩前に出て挨拶を言い始める。
「ユリウス、ビアンカさん、ご結婚おめでとう」
「マリウス兄さん、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
ユリウスの言葉に続いて、ビアンカもお礼を伝えた。
(あれっ?マリウス兄上には穏やかな対応をした!?ということは、両親との間に何か確執があるということか?)
――――ヴィロラーナ公爵家はそもそも謎が多い。
先ず、ユリウスの父リカルドがヴィロラーナ公爵家の初代当主であり、この国で一番新しい公爵家なのである。それも功績を上げて、爵位を賜ったのではなく、王女と恋仲になったことで公爵位を得た。これは異例中の異例だ。国内外で問題視されなかった一番の理由は前国王の尽力で王女レティアとリカルドの恋物語が世に広く知れ渡ったからである。
しかし、領地も持たず、大した商売をしているわけでもないヴィロラーナ公爵が公の場に出る機会は殆どなく、社交界からは忘れ去られているような状況が長く続いていたが故、子息が何処でどのように育ったのかということも知られていない。
貴族女性たちも条件のいい縁談を求めるため、歴史も浅く、資産も期待出来ず、姑は元王女という厄介な物件には食指が動かなかったのだろう。
――――だからこそ長年、放置されて来たとも言える。
(ヴィロラーナ公爵家の情報は世の中に殆どない。この場でしっかりと観察しておかなければ・・・)
そんな世間もヴィロラーナ公爵家の後継者がマリウスだということだけは知っている。ユリウスがコントラーナ辺境伯として、リシュナ領を治めることになったからだ。
(そういえば、ユリウスが辺境伯に選ばれた理由は、彼が昨年のサルバントーレ王国との小競り合いで功績を上げたからだ。それを伝え聞いた私は、すっかり彼のことを武人と思い込んでいたから昨日魔法使いと知ってかなり驚いた。今更ながら、ヴィロラーナ公爵家の情報は国がかなり統制しているということだろう。こうなってくると功績を上げたという話も本当かどうか分からない)
ビアンカが疑いの眼差しで隣にいるユリウスを眺めていると、横からマリウスの声がした。
「ユリウス、ポリナン公国の公子夫妻がこの城へ残っているとマクシムから聞いた。私の力が必要ならいつでも言ってくれ」
「ああ、あの夫妻が残っている理由は分かっているので大丈夫です」
「そうか・・・。それなら、いいのだが・・・」
協力を申し出たマリウスはユリウスにバッサリ斬り捨てられる。マリウスはあからさまに悲しそうな表情を浮かべていた。ビアンカは隣にいるユリウスへ肘打ちをする。直ぐに彼女の方を向いたユリウスの肩を掴んで彼の耳へ唇を寄せた。
「そんなに冷たく断らなくてもいいのでは?凹んでいますよ、絶対」
小声でボソボソと囁く。
チュッ。
「なっ!?」
ビアンカは頬を手で押さえた。ユリウスが突然、頬へキスをしたからだ。
「――――申し訳ありませんが、本日は予定が詰まっているため、そろそろ失礼します」
ユリウスは何事も無かったかのように、冷静な声で三人に向かって言う。
(まっ、待って!!このタイミングでそんなことを言ったら、私が急かしたみたいじゃないか!!最悪―!!)
地団太を踏みたい気分だったが、何とか引き攣った笑顔を浮かべて耐えるビアンカ。勿論、顔は真っ赤のままである。
「承知いたしました。私達はここで失礼いたします。本日はお時間をいただきありがとうございました」
三人を代表して、ヴィロラーナ公爵が挨拶を述べると、アンナは出入口のドアを即座に開く。
(い、いや、アンナもそんな・・・、あからさまに追い出すようなことを・・・)
あまりに歓迎していない雰囲気を隠そうとしないユリウスや侍女の行動にビアンカは動揺してしまう。
(ここまでしたら、失礼だろう。相手は親である前に元王女と公爵閣下だぞ!?)
――――と、ここでレティアがビアンカへ話し掛けた。
「子供たち共々、今後もどうぞよろしくお願いします」
「――――いえ、こちらこそ、よろしくお願いいたします。本日はありがとうございました」
ビアンカは態度の悪いユリウスの代わりに、しっかりと笑顔で感謝の気持ちを伝える。レティアはビアンカに優しく微笑んだ後、ヴィロラーナ公爵たちと部屋から出て行った。
――――――――
アンナも三人と一緒に退室した為、ユリウスと二人だけになったタイミングで、彼女は早速、口を開く。
「ユリウス、どういうことですか!」
「何のことですか?」
(とぼけた!?また何も教えてくれないつもりなのか!?)
澄まし顔で答えるユリウスにビアンカはイラっとする。しかし、追及の手は緩めない。
「色々聞きたいことがありますが・・・。ユリウス、家族と仲が悪いのですか?」
ビアンカは彼の顔を覗き込む。素直に答えてくれない相手なので、表情から少しでも本心を読み取れたらいいなという作戦である。
「――――そうですか?こんなものでしょう」
「いいえ、普通ではなかったです。かなり冷めた関係に見えました」
「そうですか。それは良くないですね」
ユリウスは他人事のようなことを言った後、顎に手を置いて考え込む。残念ながら、ここまでの発言と動きには全く隙がなかった。ビアンカは彼が何を考えているのか皆目見当も付かない、
(うーん、ダメ元でマリウス兄上のことでも聞いてみるか?)
「あのう、少し突飛な質問をしても?」
「どうぞ」
「殿下と兄上が双子だなんてことは・・・?」
「それは真の国家機密なので答えられません」
ニヤリと笑うユリウス。ビアンカは血の気が引いてしまう。
(絶対、知ったら命を狙われるクラスの秘密じゃないか!!!!何で、この質問には分かり易く答えるんだよ!バカ!!バーカ!!ユリウスのバーカ!!!)
腹は立ちながらも、一つ聞いたらもっと知りたくなってくるのが人の性。ビアンカはもう一段、掘り下げてみることにした。
「双子のお母さんって、誰?」
「さぁ、誰でしょう」
「ユリウスは何処の子?」
チュッ。――――ユリウスはビアンカの口を塞ぐ。
(ああ、これ以上は秘密か。――――というか、キスされることに慣れ始めている自分が怖い。まだ出会って一日なのに・・・)
「いつか教えてくれる?」
「そうですね。特別任務が終わってからにしましょうか」
「とっ、特別任務!?」
(うわ~、いつの間にか、この結婚が特別任務だと思って終わった気になっていた~!!まだ終わってなかったのか~!!)
「ビアンカ、その顔は・・・、終わったと思っていたのでしょう?」
「――――はい」
(ユリウスは何でもお見通し・・・)
「これからが本番です。私とあなたの結婚は特別任務とは別件ですからね」
(何!?今、聞き捨てならないことを言ったような・・・)
じーっと、彼の顔を見詰めてみたが無表情で何を考えているのか、さっぱり分からない。
「別件?」
「ええ、これは私的な結婚ですから」
「私的!?」
「そう、愛です。愛」
「愛???」
(ええっと、これは笑うところ?――――ユリウス、楽しそうにしているけど、『何で?』と聞いたら絶対、教えてくれないだろ。腹が立つ~!!)
ビアンカは二人しかいないので遠慮なく地団太を踏んだ。
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