第24話 屋上とヤンキーとゲーマーと美少女

 あれから数日、仕事で忙しいカレンが学校に姿を現す事はなかった。またいつもの日常が戻り、美奈の呼びかけで机を囲んだり、屋上で翔子と羅神に没頭をする日々が過ぎていく。


 そして、今日は後者の日だ。悠斗は屋上のフェンスにもたれ掛かり、翔子は床で寝転びながら羅神に勤しんでいる。


「悠斗!」

「わかってる!」


 ボスのHPが三割を切ったところで、翔子の声を合図に必殺技を発動する。鮮やかな属性エフェクトが咲き乱れる中、ボスのHPがゼロになり討伐完了だ。


「ふぅ」


 ゲームのクリア画面をぼーっと眺める二人。無駄な会話はない。二人の間ではいつもの事なのだが、その空気を壊す様に足音が近づいて来た。


「ゆうちゃん」


 その声に顔を上げると、屋上の入口にカレンが立っていた。その姿を捉えた翔子は、嫌そうに顔をしかめて「チッ」と、舌打ちをする。


「今日は仕事は休みなのか?」

「うん、そろそろ仕事セーブしないと進級に赤信号なのよね」


 カレンは翔子をチラリと見る。翔子は関わりたくないのか、背を向けてスマホをいじっていた。


「ねぇねぇ、聞いていい?」

「ん?」


 カレンは悠斗の横まで来ると、フェンスに肘をつく。彼女から漂うフローラル系の香りが、ふわりと悠斗の鼻腔をくすぐった。

 こんな美少女が間近に来れば、心臓の高鳴りは止まらない……そんなシチュエーションだ。だが、露骨に不機嫌さを隠さない翔子に違う意味でドキドキしていた。


「その……二人が付き合ってるって噂なんだけど……」


 カレンは翔子を見ながら、おずおずと口を開く。


……え?


「はぁ?」


 その言葉に真っ先に反応したのは翔子だ。


「付き合ってるわけないじゃん?馬鹿なの?」


 まるで汚物を見る様な目で翔子が睨みつけると、カレンはあからさまに怯えて悠斗の服の裾を掴む。


……まあ、付き合ってはいないよな。


 悠斗は悠斗で、そこまで断言されると何故か複雑な気持ちになっていた。


「そ、そうだよね。変な事聞いてごめんなさい」


 カレンは慌てて、翔子に向かって頭を下げる。見た目やイメージと違い内気な性格らしい。


「いや、そんな頭下げなくていいけど」


 その様子に翔子も毒気が抜かれたのか、たどたどしく返答した。


「みーちゃんがね、二人は羅神友達だって教えてくれて、花蓮も仲間に入れて欲しいなぁって……」


 カレンはそう言うとスマホを悠斗達に見せる。そこには、見慣れた羅神の画面が表示されていた。


「へぇ~、カレンも羅神やってんのか」

「うん!ゆうちゃんがやり込んでるって聞いたから、すぐ始めたの」

「ってか、キャラ結構揃ってんな」

「えへへ、ちょっと課金しちゃった」


 まだレベル18で初心者帯ではあるが、キャラや装備はしっかり揃っている。


「ウェンディ使ってるのか?」

「うん!使いやすいよね、この子。キャラデザも好き」


 カレンが使っている弓キャラのウェンディは、以前、悠斗も使っていた。序盤に強いお手軽初心者キャラである。


「……ウェンディ後半から火力足りなくて器用貧乏って感じだけど」


 さすがに羅神の事となると翔子も興味が湧いたのか、会話に参加し始める。


「あ、だから総合評価は低かったのね」

「まあ、初心者なら間違ってないけど、他になんのキャラ持ってる?」

「えーと……」


 翔子の質問に答えようと、カレンはスマホをフリックする。


「あー、こいつと……」

「……なるほどね。じゃあ……」


 圧倒的な知識量を誇る翔子は、一方的に語るのだが、カレンは的確に答えていた。


「よく理解できるな」

「悠斗の頭が悪いだけ」

「はは、翔ちゃん辛辣だね。ゆうちゃん、どんまいだよ」

「……翔ちゃん?」

「あ、ごめん。馴れ馴れしかったかな?」

「いや、別にいい」


……ん?


 悠斗は何か違和感を感じるが、二人の止まる事のない会話に流されていく。気づけば翔子とカレンはフレンド登録を済ませていた。


「カレンの口調ってわざと?テレビと全然違くない?」


 翔子は思った事をストレートにぶつける。悠斗もテレビで見た時と、印象がまるで違う事に疑問を抱いていた。


「うーん、テレビの方って言うか仕事の時が作ってるのかなぁ。もう馴染んじゃったから、どっちも私かも」

「へぇ、ネットニュースで見たよ?アイドルグループのセンターに加入なんだってね」


 翔子の問いにカレンはバツが悪そうに頷く。初めて知った悠斗はスマホの画面を切り替えるとニュースを検索する事にした。


「それね、観測記事なの」

「なんだそれ?」


 悠斗と翔子は聞きなれない言葉に首を傾げる。


「まだ決まってないけど、情報を出して世間の反応を見るってやつ」

「そんなのあるんだ」


 『如月カレン!モデルからアイドルグループへ転身か!?』と書かれたタイトルを見る悠斗。確かに断言しているわけではない。


「じゃあ、まだ決まってないんだな」

「うん、でももう決めてるよ」


 カレンは悠斗を羅神のフレンドに登録すると、そっとその袖を摘んだ。


「みんなのアイドルにはならないから」


 それは悠斗が知っている如月カレンの笑顔だった。


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