第19話 アニメゲームフェス2024
晴天の青空にドンッ!ドンッ!と号砲花火が鳴り響く。時刻は朝9時。産業支援センターは『アニメゲームフェス2024』の会場となっていた。
入口は開場を待ちわびる人々の熱気に包まれている。
「おせーな……」
悠斗は長蛇の列を気にしながら、スマホの時計を確認する。時刻は待ち合わせ時間を5分過ぎている事を知らせていた。
ラインを開き30分前のメッセージ「今から行く」を確認すると、「まだか?」と送る。すると、すぐに「服選んでて遅れる」と返事が返ってきた。
「なんで今から行くの後に服選んでるんだ?あいつ」
悠斗は「わかった」とだけ返事を返す。それから15分後、ようやく翔子の姿が見えた。
「お待たせ」
髑髏のTシャツに黒デニムのジーンズ。初めて私服を見るが、イメージ通りの格好だ。
「9時待ち合わせだったよな?」
「うん」
悠斗の疑問に翔子は小さく頷くと、
「新しい服買ったんだけど、ちょっと着た事ないタイプのでさ。やっぱいつものにした」
「いや……それはいいんだけどさ」
時間は守れよと思うのだが、悪びれる様子もない翔子に思わず苦笑いを浮かべる。
「まぁ、並ぼうぜ」
「この列に並ぶの?……もう帰りたくなってきた」
「何言ってんだよ。限定スキンの為だろ?」
「……だよね」
二人は最後尾に並び、イベントの開始を待つ。そこから数分、開場のアナウンスが流れ、列が動き始めた。
二人は入口に置かれたパンフレットを貰い、中に入っていく。
「えーっと、羅神のブースは……」
「東館だって」
翔子が一足早く見つけると、東館へと歩きだす。館内はアニメやゲームのキャラTシャツを着た人で溢れている。中には何かのコスプレをしている人もいた。
「みんな気合入ってんな」
「あれ小鳥遊の好きなキャラだよ」
翔子の口から珍しく小鳥遊の名前が飛び出した。指差した先には金髪ツインテールの女の子。
「……全然わからん」
「布教されてたじゃん」
確かに色んなギャルゲーやアニメを語られたが、初心者の悠斗には情報量が多すぎるのだ。
「翔子ってギャルゲーやるの?」
「……あのキャラはアニメ」
悠斗の問いかけに、翔子は大きく溜息を吐く。
「……はは」
悠斗が苦笑いを浮かべていると、羅神のブースへと到着した。
「おぉ」
「うわぁ」
目の前には巨大モニター。スマホの小さな画面に見慣れている二人は、大画面に映し出されるゲーム映像に思わず声を漏らす。
「ご来場ありがとうございます。どうぞー」
モニターの前で立ち尽くす二人に、奇抜な衣装と髪色の女性が声を掛けてくるとパンフレットを手渡してきた。
「あの人、紫苑だよね」
「ああ、めっちゃカッコいいな」
悠斗はパンフレットを受け取りながら、素直な感想を漏らす。紫苑とは羅神のキャラクターの一人だ。
モデルのようなスタイルの美人が紫苑の姿で行き交う人にパンフレットを配っている。
「あっちはミッシャルだぜ」
「写真撮っとこ」
翔子はスマホを取り出すと、紫苑にカメラを向けた。すると、紫苑のお姉さんはこちらに視線を向けて手を振ってきた。
「良いのかよ……」
大胆な行動に苦笑いを浮かべながら、パンフレットに目を移す。そこには限定スキンのシリアルナンバーが記載されていた。
これをゲーム内で打ち込む事で、限定スキンを入手する事ができるのだ。悠斗は「よっしゃ!」と心の中でガッツポーズした。
「どうしたの?」
「ああ、ここに……ってもう写真良いのか?」
悠斗はパンフレットのシリアルナンバーに指を差しながら、微妙そうな表情を浮かべる翔子に首を傾けた。
「……紫苑はあんな風に笑わない」
翔子の言葉の意図を理解するように、紫苑のお姉さんを見る。
「確かにな……」
髪型も衣装もスタイルも完璧だが、大事な何かが抜け落ちている気がした。
「よし、限定ゲット」
「おい、はえーな」
紫苑を眺めている間にもうシリアルナンバーを打ち込んだらしい。悠斗も羅神を起動すると、ナンバーを打ち込む。
周囲を見れば同じような動作をしている人が何人もいた。
「じゃあ、帰る?」
「せっかく来たし、少し見て回ろうぜ」
「なら……あ、ここ行きたい!絶対行きたい!」
翔子はパンフレットを眺めると、珍しくテンションを上げながら指を差した。
それは、
「うわぁ!オトゲキじゃん!」
羅神ブースから少し離れた場所。ゲーム音が鳴り響く中、人だかりに向かって翔子は走りだす。
後を追いかけると『オトゲキ 10月に始動!』の文字と『先行体験』ののぼり旗が見えた。
「やるの?」
「うん!……あ、やっぱやめる」
翔子は一段高い体験ステージを見て、テンションを下げるように肩を落とした。
「なんで?」
「あんな目立つのは嫌だ」
翔子らしい理由にステージを確認して「確かにな」と思う。
「あとは……11時からトークショーか」
「如月カレンって誰?」
パンフレットのイベント欄には、青髪の美少女の写真と紹介が載っている。テレビで見覚えのある顔で、モデル活動をしているようだ。
「有名人なんじゃね?」
「興味ない。気になるなら行ってきたら?」
「俺もそんな興味ないから、いいや」
二人はイベント欄をスルーして、他に目を通す。
「アニメはわからないしなぁ。あとはコスプレエリアか」
「それ見て帰ろ」
「ああ、そうだな」
二人は東館を後にして、野外のコスプレエリアへと向かうのだった。
***
強い日差しに熱せられた空気。カメラのシャッター音と、それに合わせてポーズを撮るレイヤー達。
悠斗達の目の前には、アニメやゲームのコスプレをした人達で溢れかえっていた。
「あちぃな」
「うん」
もう帰りたいと思いながら、翔子に同意を期待したのだが、意外にもコスプレイヤー達に熱い視線を送っている。
「うわぁ、可愛い」
翔子の視線の先にいるのは、猫耳に尻尾を付けた露出度の高いレイヤー。
「翔子ってアニメとか好きなの?」
「……悪い?」
悠斗の言葉に翔子はムッとしながら答える。その反応に「意外だな」と思いながら、翔子の視線の先を目で追った。
「いや、悪くねーけど」
「あ、あれなら悠斗もわかるんじゃない?」
翔子はそう言うと壁際で荷物を漁っている白髪の女を指差した。黒いローブを纏い、取り出した小さなスタンド看板を足元に立てている。
そこには「天星るきあ」と書かれていた。
「あれって……」
真紅の瞳。左手には十字架が垂れ下がり、右手には大きな鎌が握られている。そして、見覚えのある動きで、見慣れたポーズを取った。
「……アリスじゃん、すげぇ」
ゲームと同じ仕草と表情。そのクオリティに悠斗は目を奪われた。
「ほんとだ。アリスまんま……」
翔子も感嘆の声を漏らす。
「なぁ、あの鎌、本物か?」
「……段ボールで作ったんだと思う」
「えー!?あれ段ボールなのか!?やべぇな!」
翔子の言葉に思わず驚きの声を上げる。すると、その声が聞こえたのか、アリスのコスプレをした女性がこちらに視線を向け、大きく瞳を広げた。
「馬鹿悠斗、声デカいよ」
「わ、わりぃ」
二人が頭を下げると、アリスは冷たい視線を送り、薄く笑みを浮かべる。その見下すような表情に、悠斗はゾッと背筋を震わせた。
自分の知っているアリスなのだ。そして恐ろしい程、整った顔の美人。
「るきあちゃんだ!」
「おー!?」
悠斗が思わず見惚れていると、彼女に気づいた周囲がざわめき出す。
「撮影お願いします!」
近くにいた男が彼女に声を掛け、カメラを向けると、すぐに長い列が出来上がった。そして、彼女の真横に飛び込みカメラに収まる1つの箱。
長方形の箱には足が生えており、前面に描かれた吹き出しには『もう終わりですか?退屈ですね』と書かれている。それは、アリスのセリフだ。
「なんだあれ?」
「アリスのセリフ」
「それは分かるけど、なんで吹き出しのコスプレなんだ?」
「さぁ?」
アリスを現実に召喚したかのようなクオリティの横にギャグとしか思えない吹き出しのコスプレ。悠斗達の頭上には、クエスチョンマークが乱立していた。
その間にも次々とシャッター音が響き、「SNSにあげてもいいですか?」とカメラマンが声を掛けている。るきあという女性は、それに静かに頷いていた。
「……あの人、話さないんだね」
「ああ、そういえば……」
床に置かれた看板には、『撮影はご自由にどうぞ。話せませんが、耳は聞こえます』と書かれている。そういう障害を持っているのだろうか?
「人数多いし、囲みにしませんか!?」
悠斗がそんな事を考えていると、一人の呼びかけに周囲の人達が横に広がり始める。
「なぁ?俺も撮っていいのかな?」
るきあを囲む人達は高価そうなカメラを構えており、悠斗は取り出したスマホを片手に翔子を見た。
「良いんじゃない?なんか視線こっちに向けてくれてるし」
悠斗がスマホを手にしたタイミングで運良く彼女はジッとこちらに視線を送り、カメラに収まるようにポーズを変えていた。
「うちも撮っとこ」
翔子はそう言って、スマホのカメラをるきあに向けるとシャッターを切った。
「俺も……っと」
生き写しのようなアリスと吹き出しが、悠斗のスマホに保存される。
「これ結構良いかも」
「ああ、なんか良いな」
増える囲みを横目に、二人はその場を離れる。
「この人、キャラに愛があるね」
翔子の口から、似つかわしくない単語が出た。
「……愛か」
悠斗にはピンとこない感情だが、羅神のブースで見たコスプレイヤーと違うもの感じたのは確かだった。
——紫苑はあんな風に笑わない
「翔って小鳥遊みたいな事言うよな」
「あれと一緒にされるのは心外なんだけど?」
「はは、あいつも来てそうだよな」
「いるでしょ、絶対」
翔子は呆れた表情を浮かべるが、悠斗は楽しそうに笑う。
「なぁ、ファミレスで飯食おうぜ」
「うん、いいよ」
翔子は素直に頷いた。そして、二人はコスプレエリアを後にするのだった。
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