第17話 意外な二人

 木曜の放課後。光陰矢のごとし。月火と廃プレイヤーに付き合い、瞬く間に一週間の終わりが近づいていた。

 背後では翔子が席を立つ気配を感じる。イベントのノルマは終わっていた。

 だから、また消えるように教室を出て行くのだろう。


「みなっち!」


 だが、帰り支度をしていた悠斗の横を珍しく通り過ぎたと思えば、聞き慣れない呼び名が耳に入る。


「み、みなっち……??」


 悠斗は思わず振り返った。


「どしたの?翔ちゃん?」


 翔子が駆け寄った先には美奈の姿。まるで友人同士の掛け合いに、悠斗は驚きを隠せずにいる。


「今日もバイトなら一緒に行かない?」

「あっ、ごめーん。今日は別の用事入ってんだよね~」

「明日は?」

「配達のバイト……」


 美奈は苦笑いを浮かべながら、申し訳なさそうに両手を合わせる。


「みなっち居ると音ゲーのメンテ頼みやすいのに」

「すまねぇ翔ちゃん。明日は予約で稼げる日なんだ」

「歩合制のボーナスだっけ?」

「あぁ!最短ルートで制限時間により多くのポイントをゲットする!翔ちゃんならわかるよね?」

「……激アツイベントって事だね」

「そそ!ってわけで、ごめんね?」


 美奈は両手を合わせながら、翔子に向かってウインクを飛ばす。


「わかった」

「次出る時にメンテしとくからさ」

「一番端の筐体、ボタンの反応悪いよ」

「おっけ〜。いつもやってるコウニズムね?」


 翔子が頷くと、美奈はスマホのメモ帳に「翔ちゃんのメンテ案件!」と打ち込む。


「100円で3プレイの設定にする、も書いて」

「ははっ、それは店長になってから〜……任せな」


 美奈は親指を立てると低い声で囁いた。


「うん、期待しないでおく」

「そこは期待してくれてもいいんだぜ?うちの店、売上主義らしいから」

「だって、店長いるじゃん」


 翔子の言葉に、美奈はチッチッチッと指を振った。


「店長もバイトの叩き上げ。前の店長にクレーンゲーム大量導入させて、今の座をゲットしたらしいから」

「あの人なんだ……余計な事したの」

「ははは、でも売上ガツンと上がって前の店長はエリアマネージャーになったんだって」

「へぇ……」


 翔子は興味なさげに相槌を打つが、


「なら、良い情報があるよ」


 何かを思い出したように指を鳴らす。


「10月の新作の音ゲー5台は置いて。オトゲキってやつ」

「え?5台?ハズレたら大赤字じゃね?」


 美奈は腕を組みながら首を傾げる。一方、翔子は珍しく微笑んで頷いた。


「みなっち知らないんだ」


 翔子はスマホを素早くフリック入力し、画面を見せる。そこにはオトゲキの名前と新機能についての紹介文が書かれていた。

 そして、そこに大量のコメントがついている。


「カードガチャ要素に可愛い絵柄、開発会社は聞いた事ないけど、コウニズムの開発スタッフが独立したとこらしいんだ」

「……ふむふむ」


 美奈はよくわからないと言った様子だが、コクコクと頷いている。


「音ゲーマニアから凄く期待されてるって事。でも新規だから、1台置いて様子見って店ばっかで、取り合いになりそう」


 翔子は説明を終えると、今度は意味ありげに美奈に視線を送った。


「じゃあ、うちも1台入れて評判良かったら台数増やせば……」

「たぶん、その時は在庫ないよ。下手すると1年待ち」

「……なるほどなぁ。店長に話してみるぜ」


 美奈は真剣な表情で頷くと、翔子の肩を叩く。


「あとメダルゲームの怪獣物語、撤去した方がいいよ」

「え?おじいちゃん達がいつもやってるよ?」


 美奈は不思議そうに首を傾げる。稼働率の高いゲームを撤去しろと言うのだ。翔子はまたスマホの画面を見せる。


「メダルが減らない攻略法が見つかった」

「うわぁ……これも店長にっと」


 美奈はメモ帳に『怪獣物語は要注意!』打ち込んでいる。そんな彼女に翔子は、


「みなっち、わかってるよね?」


 と、意味ありげに微笑んだ。

 その笑みに、美奈は手の甲を頬に当てながら、


「クレーンゲームの位置……じゃのう?」


 と小さく囁く。翔子は満足そうな顔を見せた。


「ひっひっひっ……おぬしも悪よのう」

「いえいえ、お代官様ほどでは……」


 ノリノリな悪代官の美奈に、翔子が珍しく悪乗りする。悠斗はその奇妙なやり取りを傍目で見ていた。

 そんな悠斗の視界に同じく二人のやり取りを見ている小鳥遊の姿が入る。


 壁に寄りかかり、教室の時計を気にしているようだった。そして、深く息を漏らすと、


「佐々木!もう時間が無いんだぞ!」


 痺れを切らしたように、二人の間に割って入る。


「あっ、やば!もうこんな時間!?」

「まったく君ってやつは……」


 小鳥遊は呆れたように溜息を吐く。


「じゃあ、バイトのシフト出たらラインするね!」

「うん、分かった」


 美奈はそう告げると、小鳥遊と一緒に教室の扉に足を向けた。


「また僕の家で作業とはな……」

「いいじゃん~、仕上げの確認ついでに撮影だし」

「お前の一番の目的はタダ飯だろう?」

「あっ、バレた?こばとママの料理めっちゃ美味いんだもん!」

「……母さんに餌付けはするなと言っておかねば」

「ふーんだ、こばとママはウチの味方だもーん」

「何度も言わせてもらうが、たかなしだ!」


 廊下に響く二人の会話に、悠斗は苦笑いを浮かべながら、翔子の側に寄る。


「あいつら……付き合ってんのか?」

「さぁ、興味ない」


 悠斗の疑問に翔子は興味なさげに答えると、 鞄を手に歩き出す。


「佐々木といつから仲良くなったんだ?」


 翔子を追いかけながら、悠斗は尋ねる。二人が仲良く話しているところを見たことが無かったからだ。


「昨日。いつものゲーセンにみなっちがいた」


 翔子は歩きながら、少し嬉しそうに答えた。その省略されすぎた回答に悠斗は困ったように頭をかくと、後をついて行くのだった。


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