第10話
「私、両性具有なんですよ」
真祈はさりげない調子で言う。
「宇津僚は稀ながら両性具有の形質を顕す家系です。
私は、心も体も、男女どちらにも全く帰属しない。
妻として娶るのも、男だろうが女だろうがどうでもいいのです。
言ったでしょう、私たちの結婚には理由があると。
目的を達成するためなら、島のソトでタブーとされる重婚もインセストも行うのが宇津僚のやり方です」
これで必要事項は言い終わったとばかりにフォークを持ち、真祈は再びケーキに集中する。
その傍らで艶子は、最初に見せた温和な表情を失い、心を閉ざしたように突っ立っていた。
しかし真祈が喋り終わって間食に戻ると、突如我に帰ったようになって、意味の無さげな笑みを浮かべると母屋へ戻って行った。
鎮神は今の今まで、得体の知れないものへの恐怖と、かつての生活には戻れないという諦めで一杯だった。
だが今そこに、真祈は新たなるものを喚び起こした。
つい昨日まで、自分はいずれ同年代の少女と恋をするものだとなんとなく思っていた。
それが、年上の女に、美しい同性に、妻帯者に、唯一のはらからによって覆された。不思議とそれが心地良かった。
もちろん、真祈を、宇津僚を心から許した訳ではない。ゴシックロックのライナーノーツに書いてあるような有り体な言葉を使えば、この気持ちはきっと背徳だとか倒錯だとか表すのだろう。
真祈の胸には確かに、薄く脂肪が乗っている。
しかし言われてみれば、何故今まで気付かなかったのだと自嘲したくなるほど、目前の白い首には喉仏が浮き出ていた。
華奢な指のわりに角ばった手首、肘の骨の武骨さ、ドレスに透ける臍の位置の低さ。
男らしい部分だけ拾っていくと、姉だと思っていた相手が、だんだん兄のようにも見えてくる。
「そうだ、鎮神」
突然真祈が目線を上げるので、鎮神は慌てて目を逸らす。
「何ですか」
「そろそろ朝靄も晴れてきた頃でしょう。高い所から、二ツ河島の全体をお見せします」
特に断る理由は無いので、鎮神は真祈と共に東屋の下を出る。
向かったのは正門であった。
庭門をくぐって中庭から前庭に出ると立派な長屋門がある。
中門と表門が直角を描いて連なっており、その空間を塀で閉じているため、簡素ではあるが虎口が形成されていた。
「なんか、武家屋敷の門みたいですね」
「宇津僚家の家屋は、後から多少の改装はしていますが、基本は島のソトの武家屋敷を真似て建てられた築二百年のものらしいですよ」
「変な言い方ですね……二ツ河島には武士は居なかった、とか言いませんよね」
「おや、言いますよ。
二ツ河島にある身分は神の僕たる宇津僚家と、さらにその僕たる島民たちのみ。
島のソトの歴史的出来事とは、ほぼ無縁だったもので」
この短時間で、真祈の言い回しを少しは理解できるようになってしまった気がする。
門の脇に付いた遠見番所の二階に昇りながら、さらに問うてみた。
「宇津僚家の信じてる神って、何ですか」
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