水嶋くんは好きになった女の子の幸せな顔が見たい(たとえ、それがNTRだとしても)

中村 青

第1話 水嶋くんはクーデレ美少女がお好き

及川おいかわ先輩、初めて先輩を見た時から好きでした! よろしければ僕とお付き合いしてくれませんか!」

「ごめんなさい。ご好意は嬉しいですが、私にはお慕いしている方がいるので、お応えでき兼ねます」


 今日も勇気のある(無謀とも呼べる)男子校生が、孤高の美少女、及川おいかわ杏樹あんじゅさんに求愛を告げて撃沈していた。


 そう、クウォーターで色素の薄い肌と髪色を備えた才色兼備の美少女は、今日も容赦なくモブ男子を切り捨てる。

 そんなラノベの世界のようなイベントを妬んで陰湿な影口を叩く女子と、夢を抱きつつ羨望の眼差しを向ける浅はかな男子達。——とは言え、俺も後者に近い立場なので、人のことをどうこう言える立場ではなかったのだが。


(今日も綺麗だな、及川さん……。あんな美少女と付き合えたら、幸せすぎて死んじゃうだろうな)


 だが、あまりにも冷静沈着で無表情なクールビューティーさに、デレた顔が想像できない。

 お慕いしている人がいるって言っていたってことは、好きな人がいるってことだよな? やっぱり彼氏か? 彼氏なのか?


(彼氏にも微笑すらしないクールビューティーなのかな? 見てみたいな、彼氏と一緒にいる時の及川さん)


「ストーカーは犯罪です」と言われてしまえばそこで終わりだが、好きになった人のことを知りたいと思うのが人間の生まれ持った性だと俺は思うのだ。

 こうして俺、水嶋みずしま真白ましろは好きな女子を尾行することにしたのだった。


 ———……★


「あれぇ、及川先輩。もう帰るんですか?」


 放課後のチャイムと共に支度を始めて帰った及川さんに声を掛けたのは、下級生の香坂こうさかミヨさんだった。

 彼女は気性が荒く浮気性で有名な前薗まえぞの鳴彦なるひこの彼女らしい。——っと言うのも、前薗自身が不特定多数の女子と遊んでばかりなので、あくまで香坂さんの【自称】らしいのだが。


「ミヨさんは鳴彦さんとデートですか? 相変わらず仲がよろしくて、本当に羨ましいです」

「そうだったら良かったんですけどねぇ。もう、聞いてくださいよ! ナル先輩ったら、また他の女の子と乱パに出かけちゃったんですよ? 今日はギャル二人と無制限ラウンドをするとか何とか。全く意味が分からないですよね? 他のギャルとしなくったって、私がいつでもノーリスク・ノーガードでお突き合いしてあげると言うのに」


 ——ん? おっと、お付き合いの間違いだよな?

 及川さんも呆れて苦笑を浮かべつつも、愚痴る香坂さんの話に耳を傾けていた。


「及川先輩は愛しの絋さんとデートをするんですか? ふふふっ、この前私が渡したマッサージ機は活用していますか?」

「それなんですが、せっかくミヨさんが用意してくれたというのに、絋さんに没収されてしまったんです。私達にはまだ早いって」


 ちょっと待って! ミヨさん、アンタ……! 及川さんに何てモノを渡しているんだよ!

 いや、もしかしたら健全で真っ当なマッサージ機かもしれないけれど、絶倫無法地帯野郎の彼女が渡したとなると、どうしても卑猥なものに思えてしまうんだ。


『絋さん……あの、私のコリコリしてる部分にマッサージ機を当ててくれませんか……?』

『あん……っ♡ そこは違……っ! 私が当てて欲しかったのは肩なのに、もうエッチ♡』


 思わずエロい妄想が脳内を支配した。

 恥じらいながらも可愛くねだる及川さん、イケる……!

 だが、表情がイマイチだ。どうしてもデレた顔が想像し切れない。


 ブンブンと低俗な妄想を消すように頭を振っていると、香坂さんが卑猥な言葉を追撃してきた。


「まぁ、及川先輩の彼氏さんの気持ちも分からないでもないですね。男性によっては『玩具どうぐなんかに頼らないで、俺が全部気持ち良くしてやりたい』ってイキる人も少なくないので。ちなみにナル先輩もこの類みたいで、あまり玩具は使わない派なんですよ♡ 玩具に嫉妬するなんて可愛いところもありますよねぇ♡」


(言っちゃったー! やっぱりそういうマッサージ機かよっ‼︎)


 ますますエロい妄想が繰り広げられてしまう。あの無表情に近いクールビューティーが快感で歪む瞬間を想像しただけで、下半身が熱く爆発しそうだ。


「あのミヨさん……。饒舌に語っているところを申し訳ないんですが、私は早く家に帰りたいので、これで失礼してもいいですか?」

「えぇー、せっかく及川先輩と一緒にランジェリーショップに行って、新しい戦闘服を仕入れようと思っていたのにィ」

「それは鳴彦さんと一緒に選んだ方が興奮すると思いますよ? それでは、また明日」


 マシンガンのように語っていた香坂さんを他所に、そそくさと歩き出す及川さん。このマイペースに行動するところも彼女の魅力の一つなのだろう。


(ぜひ、あの無慈悲な態度で問答無用に振り回されてみたい……!)


 その後も数人の男子校生に声を掛けられていたが容赦なくスルーして、及川さんは凛とした姿で帰路を歩き始めた。一心不乱に歩く姿は見知らぬ人すら魅了していくから、本当に敵わない美少女である。


 だが、あるコンビニに差し掛かった瞬間、無表情だった彼女の顔が喜びを隠すように歪んで見えた。

 どうしたんだろうと周囲を見渡すと、彼女の前方から近づいてくる一人の男性の姿が見えた。


 身長は一七〇前後で華奢な体格のせいで小柄な印象を受けたが、大人ならではの落ち着いた雰囲気と整った顔立ち、そして漂う色気に圧倒されてしまった。

 もしかして、彼が及川さんの彼氏だろうか?


「杏樹さん、おかえり。今帰りだったんだ」

「た、ただいまです。絋さんこそお買い物ですか? 何を買ったんですか?」

「ん、タブレットとビールを少々。杏樹さんも何か欲しいものがあった? 奢ってやろうか?」

「い、いえ! だ、大丈夫です……っ! あ、あの……もう帰るところなら、一緒に帰りませんか?」

「うん、そうしよっか。杏樹さんはベリー味は好き? これ美味いから食ってみ?」


 そう言って及川さんの口にタブレットを入れてきた。恥じらいながらも控えめに口を開いて受け入れる及川さんが健気で可愛くて、胸がギューっと締め付けられた。


 唇に触れた彼氏の指を愛しそうに舐めて、幸せそうに頬を紅潮させる彼女。

 苦しい、切ない。嘘だろう? あの及川さんが恥ずかしそうに顔を赤らめている。


「絋さん、美味しい。もっともっと欲しいです」

「えー、今あげたばっかじゃん。ちゃんと上げるから、今のを舐め切ってな?」

「また絋さんが口に入れてくださいね? 何なら口移しでもいいですよ……♡」


 彼氏の腕にギューっと胸を押し付けて、腕を絡ませて。な、なんて羨ましいシチュエーションだろう! 変わってほしい! 俺も柔らかな及川さんの胸の感触を堪能したい!


「いやいや、杏樹さん。ここ外だから……。頼むから俺を社会的に抹殺しようとしないで?」

「私と絋さんは恋人同士で将来結婚の約束までした婚約者ですから。何一つ問題ないですよ?」

「待って、気が早いって……。杏樹さんはまだ若いんだから、そんなに急いで将来を決める必要ないし。俺以外にもいい男はたくさんいるんだから、じっくり選べばいいよ」

「嫌です、私は絋さんじゃないと……絋さんでないとこんな気持ちになれないですから。だからお家に帰ったら、たくさん可愛がってください♡」


(可愛がる⁉︎ 何をするつもりなんだ⁇ っていうか、彼氏といる時の及川さん、可愛すぎる! 好きな人の前ではあんなとろけた表情をするのか……!)


 他の男にデレる好きな人を目の当たりにして、俺は悔しさと切ない気持ちでいっぱいになった。

 だが、それと同時に彼氏にデレながら甘える及川さんの姿を想像すると、下半身がギンギンに固くなって手がつけられなくなってしまった。


「……ねぇ、絋さん。少しだけでいいので、その……キス、してくれませんか?」


 彼氏の服の裾を引っ張りながら上目でねだる及川さんに、俺も彼氏さんも戸惑いつつ、心臓をバクバクさせながら周囲を見渡していた。


 慌てて建物の影に隠れた俺は、何とか見つかることなくやり過ごせたのだが……、数秒後、後をつけたことを酷く後悔する結果が待ち受けていた。


 彼氏さんは観念したように視線を動かして、そのまま及川さんの唇に触れて——……。

 ほんの数秒の出来事だったはずなのに、その瞬間から俺の身体が石のように硬直して、微動だに動けなくなってしまった。


「ったく、杏樹さんは……! こんなところでキスをねだるなんて」

「だって絋さんのことが好きなんだもん。早く絋さんに甘やかされたいです……♡」


 どんどん明らかになっていく好きな人の甘い表情……。ヤバい、脳が——バグりそう。


 ショックなはずなのに、彼女の幸せそうな表情ととろけそうな雰囲気に、かつてない程の興奮を覚えていた。

 自室に帰り着いた俺は、そのままベルトを外してベッドに腰を下ろし、妄想を繰り広げた。


———……★(水嶋妄想タイム)


 玄関の鍵を開けて中に入った瞬間、我慢できなくなった及川さんは彼氏さんに抱きついて、背伸びをして唇を覆い出した。

 普段の大人しい彼女からは想像もつかない大胆な行動にも関わらず、大人である絋さんは優しく受け止めて、しばらくキスを続けていた。

 荒くなる吐息。あまりの激しさに口角から涎が垂れる。気付けば彼女の太ももの間に足を入れ込んで、刺激が与えられていた。


「ん……っ、あっ、んン……ッ! 絋さん、ダメ。エッチ……♡」

「何を言ってるん? 先に誘ってきたのは杏樹さんだろう? 早くこうして触って欲しかったくせに」


 彼女の胸元のラインに沿って、スッっと指を滑らせる。そして頂きのあたりで爪を立ててクルッと円を描いた。服越しにも関わらず、刺激に甘美な反応を示した及川さんが、恥じらいながら口を開いた。


「あんっ、絋さん……、そんな触ったら私、欲しくなっちゃう」

「欲しくなるって何が? ちゃんと言わないと分からないよ」


 あんなに大胆に行動していたにも関わらず、卑猥な言葉を口にすることに抵抗を覚えていた及川さんは、恥ずかしそうに顔を手で覆って、上目で覗き込んでいた。


「絋さんにたくさん触ってもらって、可愛がってもらいたいです……」

「最初はどこを触ろうか? 太もも、それとも……?」


 そう言いながらもシャツのボタンを一つ、一つ外して肌を露出させていく。真っ白な谷間を覆う純白の下着が公となってしまった。


「は、恥ずかしい……、絋さん、そんなにマジマジと見ないで」

「いやいや、こんな綺麗なのに隠す方が勿体無いって。あー、早くイチャイチャしてぇ」


 そしてそのまま野獣と化した彼氏に襲われつつも、悦びの声で喘ぐ及川さん——……。



「……うっ、ヤベェ……俺」


 思わず彼氏とまぐわった及川さんの姿を想像して、そのまま果ててしまった。

 追いよせる罪悪感。後悔、虚しさ。


 ボロボロと溢れる涙。だが、正直今までの中で一番興奮して滾ってしまった。


「あぁ、だよなー。あんな幸せそうな及川さんを見たら、諦めるしかないよなー」


 そう、この時の俺はまだ、自分の隠れた性癖に気付いていなかった。まさかNTRに興奮する変態だなんて、認めたくなかったんだ。到底受け入れられない屈辱的な問題だった。



 ———……★


「ハロー、新しい自分。そしてグッバイ。今までの我慢していたお利口さんなボク」



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2024年12月2日 06:40 毎日 06:40

水嶋くんは好きになった女の子の幸せな顔が見たい(たとえ、それがNTRだとしても) 中村 青 @nakamu-1224

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