第47話 巫女と悪魔が交わした約束
「サクラ! サクラ!」
「姉ちゃん!」
「お姉ちゃん!」
朦朧とする意識の中、声が聞こえ目を開くと、家族みんなが心配そうにこちらを見下ろしていた。
どうやら家に帰って来れたらしい。
「サクラ!」
お母さんは涙を流しながら私を抱きしめた。
あれ? お母さんってこんなに小さかったっけ?
身体も震えているし、心配かけちゃった。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
私はお母さんにしがみつき、子供みたいにわんわん泣いた。
それから数日間、私は再び眠ってしまっていたようだ。
その間、お母さんとベラドンナがつきっきりで回復の力を使ってくれていたそうだ。
数日ぶりに起き上がった時、身体は驚くほど軽かった。
すぐに仕事にも行けそうなくらいで、血まみれになって倒れた人間とは思えないほどだった。
さらに一晩休んだ後、朝から家族で会議をするとのことで、居間に呼ばれた。
みんなが食卓につく中、私はソファに座るように言われた。
辛くなったら横になっていいとの配慮だった。
参加者の中にはトウキがいた。
トウキは床に座っており、久しぶりに見たその顔にはアザが出来ていた。
お父さんに一発殴られたそうだが、一切抵抗しなかったらしい。
最初に口を開いたのはお父さんだった。
「トウキ、こちらが複雑な心境なのは理解してくれるな? 能力で強制的に従わされていたとは言え、サクラを連れ出して、あんな悲惨な姿にしておいて、素直に助けてくれてありがとうとはいかない」
お父さんの声は怒りに震えている。
「結局、お前は誰の味方なんだ」
お父さんの言葉に間髪入れずに言った。
「トウキはずっと私の味方だった! シャガに従わされながらも、私が一番安全な方法を選択してくれてた! あんなの抵抗しようがないよ。それにこの怪我だって私が勝手にやった事だから!」
「お前には聞いてない。俺はトウキの口から聞きたいんだ」
お父さんはトウキの目を真っ直ぐに見ていた。
「ストロファンツス様。この度はサクラ様を危険にさらし、傷つけてしまったこと、深くお詫び申し上げます。全ては自分の責任です。ですが、サクラ様への想いに嘘偽りはございません。サクラ様のことを愛しています。この命に代えてもお守りします。ですから、どうかこれからもサクラ様のお側にいることをお許しください」
トウキはお父さんの顔を見て話した後、床に頭をつけた。
その姿を見て私も立ち上がり、トウキの隣に座った。
「お願いします。私もトウキを愛しています。どうか一緒にいさせてください」
私も床に頭をつけた。
しばらく経ってからお父さんは落ち着いた声で言った。
「俺と契約しろ」
私たちはその真意を聞くために顔を上げた。
「俺はお前を信じたい。だがそれ以上に俺は大切な娘を守りたい。お前が俺と同じ想いだと言うなら証明しろ。お前にサクラを預ける代わりに、お前は何を差し出せる?」
お父さんはトウキと目線の高さを合わせた。
そして、静かにその返答を待っている。
「何でも差し出します。全て差し出します」
お父さんの問いかけに、トウキはお父さんの目を真っ直ぐに見ながらそう答え、再び頭を下げた。
「お父さん。それじゃトウキは今度はお父さんに支配されるだけじゃない! それに、私は物じゃないでしょ? そんな時代錯誤なこと言わないで!」
私はお父さんに訴えかけた。
「悪魔の世界では父親が娘の結婚相手と契約を交わすことは成り立つ。とりわけ娘が
そう説明するサフランはいつもと違い、真剣な表情をしていた。
サフランの言葉は胸に深く突き刺さった。
違う。お父さんに疑われているのも、覚悟を問われているのも、けじめをつけないといけないのもトウキじゃない。
私だ。
"危険すぎる"が口癖のお父さんには、幼い頃から毎日のようにあれが危ない、これが危ないと言われ続けて来た。
でもお父さんはある時から、その言葉をほとんど使わなくなった。
私が大人になったから、私の判断に任せてくれるようになったんだ。
本当は心配で仕方なかったはずなのに⋯⋯
私がお父さんの信用を失ったから、もうこんな方法でしか守れないと思わせてしまったんだ。
私がけじめをつけないといけないんだ。
「⋯⋯それは出来ませんね」
静かに話を聞いていたサルビアが口を開いた。
みんなが一斉にサルビアの方を見る。
「今のサクラ様の所有権は私にありますので、ファンツス様とトウキの間に契約は成り立ちません⋯⋯」
⋯⋯へ?
「サルビアは突然何を言っているの?」
私は状況を飲み込めていないようだ。
「幼い頃、サクラ様は私に全てを差し出すとおっしゃいました。その時の契約が保留状態です。そのため新たに契約を交わすことはできないのです⋯⋯」
確かに私の初恋はサルビアだったけど⋯⋯
どうやら物心つく前の軽はずみな発言が、とんでもない効力を発揮していたらしい。
「保険をかけておいて正解でした。今回のケースや前回のケースの場合、この方法ですと私が生存している限りは、お力を奪われずに時間が稼げます。保留状態ではサクラ様の行動に制限は発生しませんし、保留の解除はいつでも出来ますので⋯⋯」
サルビアは懐から契約書を取り出しながら説明してくれる。
だから私にはシャガの束縛が無効だったのか。
以前、私の力を一緒に守るのは自分の役目ではないとサルビアは言った。
けど今日この時までサルビアは、静かに私の事を守ってくれていた。
「今、全てをお返しします。サクラ様がご自分の意思で、お望みの条件で、契約されるのがよろしいかと⋯⋯大人になられたサクラ様なら、それができますね?」
サルビアの眼鏡の奥の瞳は、私のことを優しく見つめていた。
私がうなづくと、サルビアは書きかけの契約書を破り捨てた。
それを確認した私は、トウキに向き直る。
「トウキ、あなたに私の全てを差し出します。あなたは何を差し出しますか?」
彼の真っ直ぐな目を見ながら尋ねた。
「サクラに俺の全てを差し出す。命に代えてもサクラを守る。サクラの守りたいものを守る」
トウキは私の手を握りながら言ってくれた。
「私はこの命の限りあなたを守り、支えると誓います。けど、私の命はあなたの命よりも遥かに短い。だから、いつか私がこの世からいなくなったら、あなたが私に捧げてくれた残りの人生でこの一族を守ってください。正しい力の扱い方を一緒に考えてください」
「約束する。この命は最期の瞬間までサクラのものだ」
本来なら、人間である私の全てでは、悪魔であるトウキの全てとは釣り合わないだろう。
これは私にとって、かなり有利な契約だったと思う。
それでもトウキはこの条件を何のためらいもなく受け入れてくれた。
お父さんは複雑そうな表情をしていたけど、最後はうなづいてくれた。
こうして私たちは家族を証人に契約を交わし、互いへの想いをここに証明した。
それから私たちは日常を取り戻した。
帰らなければならない場所が無くなったトウキはこの家に住むことになった。
この日も二人仲良く、私の部屋で過ごしていた。
「できた! かわいく描けた気がする!」
私は最近、絵を描くのにハマりだした。
タブレットPCのアプリを使って、初心者なりに自由に楽しんでいる。
絵のモデルはトウキだ。
色々な動物に変化している姿を描かせてもらっていて、今までに、シロちゃんやオオカミ、フクロウの姿などを描かせてもらい、この日は真っ白なウサギになってもらっていた。
「本当に可愛い! ふわっふわだね!」
愛らしいウサギ姿のトウキを抱き上げる。
指でおでこを撫でると、まるで私の指を迎えに来るように身体を反らせた。
背中をずっと撫でていると、うっとりとした表情で目を閉じる。
「あぁ〜癒される」
その小さい身体に自分の顔をくっつけると、ベリーのような果実の甘い香りがした。
つまみ食いでもしたのかな?
「あ! そうだ!」
この時のためにペット用の小さい帽子を通販で買っておいたんだった。
机の引き出しに入った袋からピンクの帽子を取り出し、うさぎの頭に被せる。
ちゃんと耳を出す用の穴も空いているし、黄色いリボンもついていて、最高にキュートだ。
「この状態で絵も描いたらよかったな〜もう一回描いていいでしょ?」
再びタブレットを手に取ろうと振り向いた瞬間⋯⋯
「時間切れだ」
トウキは悪魔の姿に戻っていた。
「え〜! もうおしまい? 可愛かったのに!」
突然の中止に抗議するとトウキは私をベッドに押し倒した。
「好き勝手いじくり回してくれたな」
トウキは怒っているような、照れているような表情をしている。
「えぇ! あんなに可愛いのに、お触りなしは無理だって!」
「可愛ければ何をしてもいいんだな? なら俺も好き勝手させてもらう」
そう言うとトウキは私の頭や背中を撫で始めた。
「いやー! 無理無理! くすぐったいから!」
しばらくじゃれ合っていると、トウキは急に動きを止めて、悲しそうな表情をした。
「この傷、すまなかった」
トウキは私の腕の傷跡を見ていた。
トウキに噛まれた傷はすぐに塞がったものの、近くで見れば跡があるのは分かる。
「もう何回も謝ってもらったから。手も元通り動くし大丈夫。これは私がトウキを守った勲章だから。それに、私のことはトウキが責任取ってくれるんでしょ?」
女の人の中にはこういった傷を気にする人もいるかもしれない。
袖がない服は着れないかもしれない。
けどこの傷がついたことに後悔はない。
これがなければトウキは今ここにいなかったかもしれないから。
「そうだな」
それでもトウキは暗い顔をしている。
「もう⋯⋯悪いと思ってるなら、私への愛を証明して」
トウキの首に腕を回してキスをした。
「前は私を落とすためだったんでしょ? だからこれからは本当のトウキがいい」
彼を見つめながら甘えるように言った。
「落とすためとは言ったが、あの時だって気持ちに偽りはなかった」
トウキは真面目に答えてくれる。
「わかってるよ」
しばらく見つめ合ったあと、トウキは私の頬に手を添えて優しくキスをしてくれた。
この日初めて悪魔の姿のトウキと愛を確かめあった。
何度も好きだと、愛していると言ってくれた。
こんなにも愛されて、大切にされて、もう何も不安なことはない。
これからずっとこの悪魔と生きていく。
その幸せを噛みしめながら、熱い背中を抱きしめた。
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