1章 16話

「本当に、暴走してごめんね……。忘れて」


 止める間もなく彼女は、背を向け走って行ってしまった。

 唇を引き結び、涙目を浮かべてた。


 何で……。そんな顔をするんだよ。

 利用する都合のいい駒が、一つダメになっただけじゃないか。

 君の願いには、わけが分からないし分不相応だから応えられないけど……。

 俺は、君の笑顔を遠くで見るモブでありたかった。君の悲痛な泣き顔なんて、見たくなかったのに。胸が痛い。頭が……ぼうっとする。


 痛む頭で冷静に、彼女と俺が恋人になる姿を想像して……。顔が歪んだのを自覚した。


 俺が、彼女の隣に並び立つ? ありえない。


 そんな日々を考えただけで、自分をさらに嫌いになっていく。

 俺が原因で上手くいかないのが、簡単に想像できる。

 彼女がどう思ってようと関係ない。全て、ひねくれた俺が抱える心の問題だ。

 実績と自信のなさが、彼女を受け入れられないと告げてる。

 それなのに、何で……。彼女といる姿を否定すると、こんなにも胸が痛むんだよ? 矛盾してるだろうが……。


 ズキズキと痛む胸を押さえ、美穂の元へと向かった。

 美穂の「今日は遅かったね。大丈夫?」と心配してくれる優しい言葉が、救いだった――。


 翌日から、彼女の様子がおかしい。

 俺の方を、ちらちらと見てる視線を感じる。目線を返すと、あからさまにバッと視線を下に向けられてしまう。

 無視より、更にキツくなった気がする。何よりもキツイのは、だ。


「……笑ってよ。君みたいな輝く人は、俺みたいな凡人に元気を与えてほしい」


 何より――俺は、笑った顔の方が好きなんだ。

 他のクラスメイトたちと話しているときも、表情に陰りが見える。

 彼女の笑顔を奪ったのは、間違いなく俺だろう。

 切っ掛けは、俺と校舎裏で会ってからなんだから。


 でも――原因が分からない。元々、婚約だの親に会ってだの……。都合がいい男と言われる俺でも、無理な願いばっかりだった。

 いくら彼女だって、断られる可能性を考えてなかったはずはない。多分。


 それなのに、あんな元気がなくなる理由が分からない。

 最後、校舎裏から立ち去る寸前に彼女の見せた――悲痛で儚げな表情が、頭を離れてくれない。

 どうしても、悶々としてしまう。


 頭を悩ませつつ、自分が平均以上になれるよう真剣に授業を聞いていて――昼休み。


 食事に誘われたので、食堂にきたんだけど……。一緒にきた友達が、急に頭を下げてきた。


「すまん、凛空! 今日の掃除当番、変わってくれ!」


「また?」


「いや、これも人助けだと思って! 彼女に振られそうなんだ!」


「それは、まぁ……」


 どういう理由かは聞かない。他人の恋愛事情に深入りしたって、いいことがないから。

 まぁどうせ、この男子が相手の子を寂しがらせたとか……。そういう理由だろう。


「本当なら、僕だって今日だけは代わりたくないんだよ!」


「毎回そう思ってほしいけど。なんで今日に限ってなんだ?」


「今日は女子の方のペアが河村さんなんだ! あの子と一緒に掃除できる日なんだよ!」


「ごめん、俺もダメな理由ができた。他の人に頼んでくれ」


 食事に手を伸ばす。ムダな相談だったな。


「待って待って! 僕にもね、凛空の友達として手助けって気持ちもあるんだよ!」


「振られたくないだけだろ。河村さんに色目使ってるから、別れそうになるんじゃねぇの?」


「正論を言うなって! 違うんだ、凛空と河村さんって、その……。険悪じゃん?」


「まぁ……。そう、だな」


 多分、思ってるのとは違う理由でな。

 最初の日、無視された件は……よく分からないけど、解決した。

 今は、もっと謎に険悪だ。視界に入れない無視より、なおキツイ。


「初日、凛空が無視されたときからさ。機会を整えてやりたいと思ってたんだよ」


「そうか。……もう少し早ければ、感謝したかもな」


「なんだ、それ? とにかく、頼む! マジで彼女キレてて……」


「……自業自得だと思うけどな」


 彼女がいるのに、他の可愛い女の子と掃除ができるって喜んでるとか、振られて当然だろう。

 彼女さんの方に同情するよ。まぁ……。河村さんが可愛いのは分かるけどな。

 それ以上に、強烈な印象が強すぎる。

 無視されたかと思えば、絡んできた子を格好よく撃退。

 そうかと思えば、ハイテンション以上の暴走で婚約だの親への挨拶だの……。 


 そして急なトーンダウン。

 もうわけが分からないよ。

 俺としても喧嘩をしたいわけじゃないし、このままが気分悪いのは確か、か……。


 涙目で反省しながら頼み込む彼に負けて、紙パックジュース一本で引き受けた――。


 そうして放課後。

 教室には、気まずい沈黙が流れた。お互いに、黙々と作業。

 視線は感じるけど、明らかに沈鬱とした表情だ。


「……その掃除用具は、こっちに」


「うん、ありがとう」


 視線を合わせずに、儚げな笑みで言う彼女。


―――――――――――

ここまで読んで下さり、誠にありがとうございます! 本作はカクヨムコン10に参加中の作品です。 楽しかった、続きが気になる!  という方は☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいです! 読者選考やランキングに影響&作者のモチベーションの一つになりますので、どうぞよろしくお願いします!

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