第2話 夢
気がついたら私は、廃教会にいた。
月明かりに照らされて、壊れかけの女神像の前に立つリリアーナは、妙齢の女性へと成長しており、ぞっとするほど美しかったが、それと同時にどこか禍々しい雰囲気も感じた。
「お願い。リリアーナ、一緒に帰ろう」
「本当に愚かな人。まだそんなことをおっしゃっていますの?」
「当たり前だよ! 私はリリアーナのお姉ちゃんだもの」
「姉……ですか」
嘲笑するような声音で呟いたリリアーナは、カツンとわざとハイヒールを踏み鳴らしながら、ゆっくりこちらへ歩いてくる。
「私、初めてお姉様にお会いした時から、ずっと思っていたことがございますの」
成長したリリアーナは私よりも背が高く、全身から放たれる圧迫感に思わず後ずさりたくなるが、縫い付けられたようにその場から足を動かすことが出来なかった。
「愚鈍そうな姉でよかった。使い捨ての手駒にするには丁度いいって」
「ひぎゃああああああああああああああ!!!!????」
ガバリッと上体を起こし、辺りを見渡すとそこはいつもの見慣れた自分の私室だった。
「えっ、は、何!? 夢!?!?」
バクバクとうるさい心臓を抑えながら呼吸を整えていると、廊下を駆ける音が近づいたと同時に、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「どうかなさいましたか!? お嬢様!!」
メイドを連れた侍女長と衛兵がこちらへと駆け寄る。衛兵が警戒するように部屋の内部を見回し、メイド達が心配そうにこちらの様子をうかがう。
「ごめんなさい、ベラ。怖い夢を見てびっくりしただけなの」
私の顔をじっと見て、大丈夫そうだと判断した侍女長のベラは、その場で膝をつき穏やかな笑みを浮かべた後、優しくゆっくりした声で話しかけてきた。
「それは災難でございましたね。でも、もう大丈夫ですよ。ご安心ください。……そろそろご起床の時間ですが、どうなさいますか?」
「少し考え事をしたいから、準備は1人で大丈夫」
「承知いたしました。では、落ち着けるように寝覚めのモーニングティーをお淹れしますね」
そう言って、周りのメイドにテキパキと指示を出したベラは、ベッドサイドに紅茶を置き、優雅に一礼してからメイドや衛兵を引き連れて部屋から出て行った。
「はぁ」
淹れてもらった紅茶を飲んでいるうちに、少し気分が落ち着く。昨日は、この世界が何の作品かを知るために、前世で読んだ小説を片っ端から思い出していた。
「だからあんな夢を見たのかな……」
廃教会にいた女性は、美少女を通り越して美女に成長していたが、間違いなくリリアーナだった。
しかし、私の思い出せる範囲ではどの小説にもあんなシーンはなかったはずだ。というかあんな美女、一度見たら絶対に忘れるはずがない。
「……ただの夢、だよね?」
そう思いたいが、それにしてはやけに鮮明な先ほどの映像が引っかかる。仮にあれが将来起こり得ることだとしたら、やっぱり私はリリアーナの使い捨ての手駒にされるらしい。
「昨日、リリアーナに愚鈍そうな姉だって思われていたのかな……」
あんな天使のような笑顔の裏でそう思われていたと考えると泣きたくなってくる。いやでも、3歳児が普通そんなこと思うだろうか……。
「はっ!! もしかしてリリアーナも転生者とか!?」
乙女ゲームのヒロインに性悪な転生者が転生して、主人公である悪役令嬢を嵌めようとする展開の小説を前世で見たことがある。
もしリリアーナがそのパターンの転生者なら、私と違いこの世界に関する知識を持っている可能性も高い。
そして、そんなリリアーナと仮に対立することになったらかなり不利なのではないだろうか……。昨日の私は、5歳児らしからぬ言動を結構してしまった。こちらが転生者だとバレた可能性もある。
「あーもう! やめやめ! 余計に混乱する!!」
とにかく今は情報が足りない。私はリリアーナのことも聖女やこの世界のこともまだ何も知らないのだ。知らなければ正常な判断などできるはずもない。
というか、美少女に嫌われているかもと考えただけで既に気が狂いそうだ。
「よし、今日はとにかく情報を集めよう! 図書室で聖女のことを調べて、いろんな人にリリアーナの話を聞く! そして、敵か味方か分からないリリアーナには極力近づかない!」
自分のガラスハートを守るためにもそれが最良だと判断した私は、ベッドから降り、先ほどメイドが用意してくれたであろうお湯とタオルで顔を拭き、髪を軽く梳かしてドレスへと着替えた。
ウェーブがかった私の髪は、自分でやると中々まとまらないため、最終的なセットはいつもベラがやってくれる。
姿見の前に立ち、ベラを呼ぶ前におかしなところがないか最終チェックをする。
「うん! 今日もお母様似の可愛い美少女ね!! 自分が成るよりプロデュースしたいくらいだわ」
リリアーナと系統は違うが、エルーシャも十分可愛い美少女だ。しかし自分が美少女であると、その姿を側から眺めることができない。やはり美少女は成るより見るに限る。
しかし、先ほどの夢で見たリリアーナは、桁違いというか何と言うか……この世のものではないような、まさに美の化身だった。
(でも、あの雰囲気は聖女というより、むしろ──)
──コンコンコンッ
そんなことを考えていると、部屋の扉が控えめにノックされた。ベラが何か用事でも伝え忘れたのだろうか?
「はーい、どうぞ」
私が扉の前へ移動すると、静かに扉が開かれる。
そこに立っていたのは侍女長のベラではなく、何とも申し訳なさそうな顔をした新人メイドと──、
「おはようございます、おねえしゃま。ごいっしょに ちょうしょくを たべにいきませんか?」
花のような愛らしい笑みを浮かべて、朝食の誘いにきたリリアーナだった。
「おひゃっ!? お、おはよう。リリアーナ……わ、わざわざ誘いにきてくれたの?」
予期せぬ天使の登場に思わずキョドり声が裏返ってしまう。
「はい! ぜひ、おねえしゃまと ごいっしょしたかったので」
そんな不審者気味の姉にも臆せず、マイスイートエンジェルは太陽のような明るさでそんな嬉しいことを言ってくる。はあああああ可愛い!!!可愛すぎる!!!!
いやでも待て、もしかしてこれがパシリというか、破滅の始まりなのか……!? 骨の髄まで利用されてからポイと捨てられるやつなの!?
リリアーナの真意を探るべく恐る恐るその顔を覗き見るが、まとまりのない今の髪型のような頭では、語彙力を失うほどに顔が良いという事実以外、結局何も分からないのだった。
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